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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

04 動乱の結婚式

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「花嫁さまのご入場です」

 アコースティックパイプオルガンの先導の元、聖歌隊のコーラスが幾重にも連なって聖堂内を響き渡る。重厚な音色に乗せられた祝福の調べ。
 談笑に興じていた参列者たちの視線が、自然とひときわ大きな扉へとむけられた。そっと本日の主役である王太子が、レッドカーペット……本日はその意味をヴァージンロードとしている……の半ばほどまで進む。
 王も王妃も、わずかに緊張をはらませた王太子の姿を静かに見守っている。親であり、国のトップである彼らの姿勢に倣うように、参列者たちも本日祝言を挙げる主役を静かに見守っていた。
 ゆっくりと、扉が開く。

「おぉ……!」

 開いた扉の先に佇んでいたのは、純白のドレスを身にまとった、美しい金色の髪の娘。長いまつ毛に縁どられた紫色の瞳は伏せられ、その表情はわからない。眩い金色の髪に飾られた真珠と花の飾りが揺れる影が、彼女の顔の陰影をつけているかのように思えるほどに、彼女は白く、神々しさを放っているかのような雰囲気を発していた。

 まるで作り物のような美しさのようではないか。
 身分も知れぬ娘を娶ったと聞いていたが、女神のようなものではないか。
 噂ほど当てにならないものはないと思ってはいたが、これは……。

 花嫁の姿を目に映してから、参列者たちの口から感嘆の声が零れ落ちる。それぞれが小声でも、数が多ければそれはさざ波のように広がってゆく。
 聖歌隊のコーラスに、参列者たちの感嘆の声。
 人魚の尾ひれのように伸ばされたドレスの裾と、繊細なレース刺繍のヴェールを揺らして、花嫁はゆっくりと歩を進み始めた。

―…コツリ。

 目の前で待っているのは、大好きな貴方。

―…コツリ。

 右手の人の壁の奥にいるのは、お母さま。

―…コツリ。

 貴方の後ろで、怖い目をしているのは、あなたの弟さん。

―…コツリ。

 貴方の後ろに座っていらっしゃるのは、私の新しい家族。

―…コツリ。

 ここにいるのは、わたしたちを祝福してくれる人たち。

―…コツリ。

 そっと、顔をあげた。
 まっすぐに彼の金色の瞳が、彼女の紫色の瞳と重なる。

「来い、ラプンツェル」

 彼が差し出した手に、彼女はぱちりと瞬きをした後に、小さく瞳を揺らした。右手側の紫の瞳を、太陽のような金色を探しかけて……微かに首を揺らした。

―…コツリ。

 ゆっくりと、進む。
 彼の手を取るために。
 彼を選ぶために。他を選ぼうとする自分を戒めようとでもするために。
 それが最善だと、納得させるように。
 静かに、ブーケを掴んだ片手を離した。
 緊張で震える指先を、彼の手へと伸ばす。
 その手が重なりそうになる、そんな時だった。

「本当に、それでいいのかしら?」

 それぞれの心を揺さぶる、そんな声が聞こえたのは。
 花嫁の手が、ぴたりと止まった。
 花婿は忌々しそうに虚空を見上げた。
 淡褐色と灰色の兄妹は自然と手を取り合った。
 琥珀色の瞳の騎士は、臨戦態勢を自然ととっていた。
 桃色と緑色は、屋根の上からタイミングを見計らっている。
 そして、紫色の魔女は……

「やっぱり、来たわね」

 瑞々しいリンゴの香りをあたりに漂わせながら表れた彼女の存在に視線を鋭くして、忌々しそうにその名を口にした。

「林檎の魔女」

 林檎の魔女は、やけに赤々とした唇に弧を描き、ゆっくりと笑った。

「祝いの場に、今回の戦争での一番の功労者たる私を呼ばないなんて、全く以てなってない国ね」
「何故、お前を呼ばねばならないと言うのだ?」

 くすり、と嘲笑した林檎の魔女に、約束が違うぞ、と小さく呟いた王太子。
 その言葉は周囲の動揺というさざ波にかきけされてしまったけれども。

「ねぇ、花嫁さま。あなた、本当にそれでいいの?」
「?」

 笑みを浮かべ続ける林檎の魔女に、捕らえよ! と押さえ掛かりに向かったものは、悉く見えない障壁に阻まれ、近づくことすらできない。
 一体何事か、と動揺する参列者たちだが、国王が動かないこと、得体の知れない力が彼女から発せられていることから、己らも動けないでいる。
 ラプンツェルが、問いかけられた言葉に、小さく首を傾げた。

「それで、本当に後悔はしないのかしら?」
「魔女っ!」
「邪魔よ」

 気が短い王太子が、光弾を林檎の魔女に放ったが、彼女は小さく赤い爪に口付けた瞬間、それは王太子自身に跳ね返っていった。
 殿下! と琥珀色の瞳の弟が、すぐにそれに対応したものの、時すでに遅かった。

「あれが魔女だと!? 何故このような場所に魔女がっ!」
「ふざけるな! あの花嫁は厄病者の間違いではないのか!」
「この国を魔女に捧げるつもりだったの!?」
「っ!?」

 悪意ある混乱の中に聞こえてくる声。
 それがラプンツェルの心をひどく揺らした。
 くすり、と林檎の魔女の声が、よく通って聞こえる。

「ねぇ。それでよかったのかしら? 本当に」
「ラプンツェル!」

 くしゃりと、泣きそうに顔を歪めたラプンツェルの耳に、懐かしい母の声が聞こえた。反射的に「おかあさま」と唇が動いたものの、その口からは音は発せられない。

「ラプンツェル!」

 貴方の声が聞こえる。でもおかあさまの声も聞こえる。
 助けて。助けて。
 わたしは、どちらを選べば……どちらも選びたいのに。
 どちらかを選べなんて。どうすれば、ねぇ、助けて。
 誰か、私の代わりに……。

「迷っているのなら、私がもらってあげる」
「ダメよ!」
「だってあなたは」


 美しいもの。


「ラプンツェル!」

 ちゅ、とリップ音が聞こえた。同時に、王太子がラプンツェルを引き寄せようと、手を伸ばした。
 ただただ真っすぐに向けられる金色の瞳。
 ラプンツェルが好きな彼の体温。大好きな母の髪の色と同じ、太陽のようなその色に向かって、ラプンツェルも手を伸ばした。
 だが、

「――――っ!!」

 届かなった。伸ばされた手は重なることがないまま、ラプンツェルの体は宙に浮かび、勢いよく林檎の魔女が作り出した虚空へと吸い込まれていった。

「ラプンツェル!!」
「殿下、お下がりくださいっ!」
「林檎の魔女! アンタ」
「あは、あははははっ!」

 にやりと弧を描いた彼女が、狂ったように笑う。

「美しいものは、全て私のもの! 私のものよ!」

 ちゅ、と愛おしそうに赤い爪に口付ける。

「なんだなんだ!?」
「わ、私の宝石がっ」
「何が起こっている!?」

 ラプンツェルと同様に、参列者から、いやこの会場にあるありとあらゆる“美しいもの”が虚空へと吸い込まれていった。
 宝石を初めとする装飾品はもちろん、彼女が美しいと思っていたもの、全てが。

「うわああああっ!?」
「ゼルッ!」

 淡褐色の美しい瞳を持つゼルも、例外ではなった。
 グレイが伸ばした手もすり抜け、抵抗もむなしく虚空へと姿を消してしまう。
 王太子やグレイが膝をついて掴めなかった手を握りしめる姿を脇目に、紫色の魔女は林檎の魔女の前に静かに立ち塞がった。

「林檎の魔女……、アンタ、もう終わりよ」
「そうね、分かっているわ」
「魔女協定に反した結果、分かっててやってるの?」
「当然でしょ? 私はそんなことよりも、美しいものが大切」

 あぁ、あなたにも何度か邪魔されたわね。

「美しいものを、守るには仕方ないでしょう?」

 だからそう、もう誰にも渡さない。
 私だけの美しいものは、私だけのものだ。

「今よ!」
「覚悟っ!」

 天井から勢いよく飛び降りてきた桃色と緑色の影が、一直線に林檎の魔女へとぶち当たる。その手に握られてる使い込まれた剣と黒い闇で作られた傘の先端に、林檎の魔女の体は貫かれたかのように思われた。
 オディールとジークの頭に手加減などと言う言葉なかった。むしろ、魔女相手に手加減などしたら逃げられるに決まっている、そう思っているからこそ、全力で、それこそ殺す気で一撃を放ったつもりだった。
 ロッドバルトからの命だとは言え、林檎の魔女には一矢報いたい気持ちがあったことは否めなかったのだから。そう、確信していたのだ。冷静にタイミングも見計らっていたのだから、外すはずはないと。一撃を与えたと思っていたのだ。
 ガキン、と言う己の武器が折れた音が聞こえるまでは。

「なっ!?」
「嘘でしょっ!?」
「……悪魔の使いね。貴方たちも、悉く邪魔をする……」

 どいつもこいつも、と煩わしそうに林檎の魔女がうっとおしそうにその瞳を細めた。そうして、小さく己の赤い爪に口付ける。

「きゃあ!」
「オディール!」
「防御しうわあああああ!?」
「ぎゃああああ!!」

 林檎の魔女を中心として、素早く対応した紫色の魔女を除いた者たちが、全て吹き飛ばされた。ガシャン! ときらびやかに輝いていたステンドグラスが、吹っ飛ばされてきた人たちがぶつかった衝撃で無残にも割れた音が大きく反響した。
 耳をふさぎたくなるような音が響く中、林檎の魔女は笑った。

「教えてあげるわ、紫色の魔女。魔女協定を破りつつある貴方にも。未来の魔女になる可能性を秘めているグレイにも」
「何をっ」

 彼女は今一体何を言った?
 紫色の魔女とグレイは、大きく瞳を見開いた。まるで、お前らの未来を見せてやろうとでも、そう言われているようで。

「魔女は嘘をつかない。魔女は魔力の源を所持しなければならない。魔女は悪魔には逆らわない。魔女は俗世に囚われてはいけない。魔女は魔女協定を破ってはならない。以上の魔女協定を破るもの、これすなわち魔女失格。源を理に還元し、速やかに退場すべし。魔女の名を有するもの、魔女の矜持に従い、永久に魔女であれ」
「……魔女協定が、何よ?」
「ねぇ、知っているかしら? 源を理に返した魔女は“何処に”退場するか」
「魔女は人にはなれない。魔女でなくなるのなら、何としても生きていけないわ。それが、アンタの末路でしょう?」
「いいえ」

 哀れね、と吐き捨てた紫色の魔女の言葉を、林檎の魔女は強く否定した。

「私は源の最後の力まで使って、還元などさせないわ」
「アンタ、何を言って……?」

 紫色の魔女は気付いた。
 林檎の魔女の異変に。彼女を渦巻く巨大な魔力のうねりに。

「私は、私の美しいものを守ルタメ」
「ヴァイオレット……!」
「こっちに来るんじゃないわよグレイ!」
「っ」

 紫色の魔女の強い制止に、グレイもようやく異変に気付いた。
 これは、人でも、魔女でも、もはやなんでもない。

「私ハ私でアルことをヤメルわ」

 くすりと、林檎の魔女だったものは笑った。

「全テハ、私ノ美シイモノノタメニ」

 美しいものに固執した哀れな魔女は、人の姿を捨て、強靭な鱗と高い知識、長い寿命。そして別に魔力の源を必要としない、大きな体を持った、宝物を守る番人。ドラゴンへと姿を変えた。
 漆黒の翼を大きく広げ、ばさり、と羽ばたく。

「私ノ美シイモノヲ奪オウト思ウナ」

 そう言い残し、吠える。ビリビリと建物を揺らし、人の心に不安を残すような大声で。
 残された人々は、互いに何も言えず、ただ茫然と突如現れたドラゴンの姿を見つめ、見送ることしかできなかった。

「……あたしが勝手に大丈夫と思っているだけで、協定違反していた、そういうことなのかしらね」

 人非ざる彼女を除いて。

「残された時間は少ない、か」

 本当に、嫌になるわね。
 花嫁が大好きだと言った、くせのある長い金髪をかきあげ、紫色の瞳を持つ魔女は、深くため息をついていた。
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