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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

05 変化する者たち

 ←04 動乱の結婚式 →06 魔女への対価

「私の傍にいた人は、みんなみんないなくなっちゃうのね」

 ぽつりと、彼女は呟いた。
 雪のように白い肌。黒檀のように黒い髪。血のように赤い唇の、美しい容姿をした姫君。いや、元姫君とでも言うべきか。
 黒の喪服を身にまとった彼女は、もはやスノーベルクの王女ではない。彼女の目的のために、帝国へ嫁いだ、ただのマリア。
 雪景色が美しいスノーベルクとは異なり、磯の香りと波の音が心地よい場所……それでいて、他のどの国よりも技術と軍事力が発展している発展都市国家の帝国。その帝国の要となる要塞の窓辺にて、マリアは物憂げそうに頬杖をついていた。

「私が生まれて、お母様がいなくなった」

 潮騒の音が聞こえたとしても、その瞼に映るのは、母国の雪景色。

「お義母様によって……ううん。私のせいで、お父様とスノーベルクは、なくなった」

 美しさを永遠にされるのは御免だと、城を飛び出してからの祖国の様子は、情報でしか知らない。

「私がはいと答えたから、王子様は知らない女の人に刺されて死んでしまった」

 マリアが王太子の求婚に応えたからこそ、彼女の名も知らぬ誰かに、王太子が刺されて死ぬことなどなかっただろうに。

「気が付けば、王子様の側近って言ってた人たちは、みんないない」

 それもマリアが義母たる林檎の魔女に固執したせいだと、マリアは気づいていないが。紹介されたものも、困ったらこの者たちを頼れと言われた者たちも、彼女の傍にはいない。

「誰も、いないの」

 ぽつりとつぶやいた言葉は、潮騒にかき消されて、消えた。

「私のせいで、誰かを失ってしまうのなら、私は一人の方がいいのかもしれないわ」

 だって、ずっとずっと寂しいままだもの。いつまでたっても、スノーベルクは返ってこないんだもの。
 さらりと、マリアの長い黒髪が肩を滑って零れ落ちた。

「魔女さんは言ってたわ。『魔女の掟でも力でも、敵わないような力を利用すればいい』って」

 だからマリアは“帝国の王子”を利用した。その力が及ぶ場所は、魔女に支配された国スノーベルクの王女の肩書よりもはるかに大きいと信じて。|悪しき魔女(お義母様)をあぶり出し、その脅威を退けるために。彼女マリアの、母国スノーベルクを取り戻すために。
 そのためには、どんなものでさえも利用すると決めていたのだ。
 たとえそれが……。

「お義母様の力だったとしても」
「報告いたします!」

 扉の向こうで、誰かが大声を上げた。潮騒の音など微かに聞こえるほどの声。マリアはゆっくりと頭を持ち上げた。

「なぁに?」
「隣国アウトキリアにて、林檎の魔女の出現が認められた模様です!」
「そう……。それで? それだけじゃないんでしょう?」
「はっ、はい! 林檎の魔女は、その場の美しいものを全て奪い、ドラゴンの姿となって、飛び去ったとのこと!」

 すっと、マリアの目が細くなった。
 それは、聞き捨てならないことだ。お義母様が現れたのは喜ばしいこと。それを補足できたことも良いとする。
 だが、そのあとがいただけない。
 ドラゴンになって飛び立っただと? 美しいものを奪っただと?
 魔女となって強奪するだけでは満足できないのか。
 ドラゴンへと姿を変えてまで執着するものなのか。
 スノーベルクだけでは、物足りないというのか。
 それは、とても。

「許されないことだわ」
「はっ! いかがいたしましょう」

 伝令の者からしてみれば、当然の問だった。王太子亡き今、林檎の魔女を追えという命令は、彼女からのもの。王や王妃は関与していない。
 だからこそ、マリアへと問いかけたのだが……、マリアの答えは、淡々としたものだった。

「手を、出さなくていいわ」
「は、はい?」
「放っておいて」

 気怠そうな様子のマリアは、小さく頭を振った。静かに瞳を閉じる。
 それ以上の問答は認めない、とそう言っているかのようで。伝令の者はそれ以上は何も言わず、静かにその場を立ち去った。
 ふぅ、とマリアは小さく息をついた。
 そしてゆっくりと己の長い髪を手に取り……、口付けた。ちゅ、とリップ音を響かせる。

「やっぱり、私の国だもの」

 パキリ、とどこかで音が聞こえた。

「自分で何とかしなくちゃね」

 それは彼女の髪が徐々に色を変える音。艶やかな黒から初霜のような白銀の色へと。
 冷気を漂わせ、艶やかに微笑んだマリアの唇は、林檎の魔女の唇と同じように、とても赤かった。

「だから、今度こそ返してね。お義母様」

 ちゅ、と義母を真似て口付けると、彼女は氷の粒を残し、その場から姿を消した。
 それはまるで、彼女がこれから会いに行く義母……魔女のように。



 *  *  *



 その日、蒼の姫君が住まう城に、大きな争う声が響き渡った。

「待って! 待ってピーター、違うの!」
「うるさいっ!」

 悪魔ロッドバルトに連れてこられた元孤児たちは各々の作業を中断し、一体何事かと目を丸くして、騒ぎの方へと顔を向ける。

「お姫様の言う事なんか、全然わからない! 分かりたくもないっ!」
「今は分からなくても、でも! 大人になればわかるから、だから……!」
「それなら! 大人になんか、なりたくない!」
「ピーター…」

 そこには、彼らの慕う蒼の姫君が、どこかおぼつかない足取りで一人の少年を追いかけていた。ピーターと呼ばれた少年は、顔を真っ赤にしながら怒りつつ、蒼の姫君から走り逃げている。
 一体何があったのだろうか。双方をよく知る者は、いつものようピーターが蒼の姫君に構ってほしくて悪戯して、追いかけられているのだろうとでも思ったのだが、それともどこか様子が違う。

「大人になんか、ずっとずっとならなくていい! 嘘つきな大人になんか、なりたくないっ!」
「違うのよピーター…。お願い、分かって」
「嫌だっ! そんなの分かりたくないっ!」

 必死に説得を試みようとしている蒼姫に対し、ピーターは拒絶の姿勢を貫いている。どんな言葉も耳に入れようとしない、それでいて、蒼姫の言葉の全てを否定しようとそれだけに必死になっている。
 つるりと磨き上げられた廊下に、きゅっと高い音を響かせてピーター少年はくるりと振り返りながら立ち止まった。真っ赤な顔で、眦には涙をためて。蒼の姫君を見ていながら、その瞳にその姿を映さないで。
 それが蒼の姫君に対する反抗とでもいうように、ピーターは叫んだ。

「俺は、ずっと子どものままでいる!」
「それならば、永遠に子供のままでいればいいでしょう」

 子供の為の楽園ネバーランドへ招待して差し上げます。
 突如ピーターの後ろに現れたロッドバルトはそう言って、彼の頭上へと手を翳かざす。

「っ!?」

 次の瞬間、顔を真っ赤にして叫んでいたピーターの姿は消え、茫然とした様子の蒼姫と、遠巻きに目を丸くしていた元孤児たちだけが残された。
 どこか不快そうに眉をひそめているロッドバルトに、蒼姫は大きくため息をついた。

「ロッドバルト」
「我が愛しの蒼姫に、我が名を呼んで頂けるとは恐悦至極」
「ピーターを何処へやったの?」
「あのような幼子だとしても、男は男。貴女に思いを寄せるのであればどんな者であれ、恋敵となりえましょう。そう思ってしまうのは私が狭量な男だと、貴女は思われるでしょうか。それでも」
「ロッドバルト」

 強く彼の名を再び呼ぶと、ぴたりと言葉を止める。
 時折、蒼姫をおちょくっているのではないかとも思うロッドバルトの言葉は、酷く回りくどい上に質問の答えをまともに返さない。そのことに苛立ちを通り越して呆れる蒼姫は、同じ問いを繰り返した。

「あの子を、何処へやったの?」
「勿論。彼が望む場所へ。子供のままでいられる、子供の為の楽園ネバーランドへ」
「何故……」
「それは、他でもない彼が望んだためですよ。蒼姫もお聞きになっていたでしょう、彼の言葉を」

 ロッドバルトは唇を震わせる蒼姫を見て微かに目を細め、それから大きく両手を上げた。

「望むなら、送りましょう。ここに幸せを見いだせないというのなら。蒼姫と共に幸せになれないと言うのなら! 大人になりたくないというのなら! それも選択肢の一つでしょう。人には選択する自由があるのだから!」
「ロッドバルト、待って……」
「ここに用意されたのは、二つの選択肢。この場に残り、蒼姫と共にこの場で幸せになることが一つ。彼のように子供のままでいたいというのなら、新たな幸せを手にすると意気込み続くのが一つ。さぁ、選択の答えをお教えなさい。私がそれを適える力を振るいましょう」

 遠巻きに見ていた子供たちが、ぽつり、ぽつりと言葉を零す。
 ここにいる、と言うもの。新たな幸せを見つけに行きたいというもの。大人に等なりたくないもの。蒼姫と共にいると言うもの。
 様々な言葉で選択する子どもたち。その様子を、眉を下げながら蒼姫は悲しそうに見つめていた。
 子供たちの意思だ。それを止めることなどできない。でも、その選択肢はいつか選択されるであろうと思っていたことで。いつか、子どもたちは、彼女の贖罪ですら不要になる。それがいつかではなく、今になった子がいるだけのこと。それだけだ。
 蒼姫はそう、自己暗示をしようと唇をかみしめる。ロッドバルトを制止しようとしていたその手は、無意識のうちに彼に縋るようにその上着をつかんでいた。

「どうぞ幸福をお掴みなさい」

 まぁ、人間はいつだって選択を間違える生き物ですがね。
 そう不適な言葉と共に、別の道を選んだ子らの姿を消した。彼の言葉を借りると子供の為の楽園ネバーランドへと送り出した、とでもいうだろうが。それがどこであるか、本当にそうなのかを確かめるすべなど持ちえない蒼姫は、ただ彼を信じるしかなった。

「蒼姫様、私たちは蒼姫様と一緒だよ」
「姫さま、しょんぼりしないで。大丈夫だよ、人数は少し減っちゃったけど、でも僕たちが一緒にいるよ」
「蒼のお姫様、あったかいから好き」
「でも、やっぱり。ちょっとだけ、寂しいね」

 口々に子供たちが蒼姫の周りに集まり、慰めるかのように言葉を掛ける。
 集う子らをぎゅっと抱きしめ、蒼姫は小さくありがとうと呟いた。

「さて。人は良く言いますね。不平等は諍いの元であると」
「ロッドバルト、今度は何を……」
「蒼の姫君も、どうぞお選びください」

 どんな選択をしたとしても、私が全力で適えましょう。

「アウトキリアの国の王太子の花嫁が、悪しき魔女に浚われました。悪しき魔女に対抗できる、良き魔女はもう間もなく力を失くすでしょう」
「一体、何を……」
「悪しき魔女は、偶然にも白き姫君の宿敵でもあるようで。彼女は悪しき魔女が失った力を手に入れ、帝国を捨て、彼女の母国へ経ちました」
「帝国を捨て……って。待って。待ってロッドバルト!」
「物語の主人公も、ヒロインも、ライバルも、登場人物がいなくなった帝国。幸せの結末を奪われた隣国の王太子。故郷を取り戻そうと、貪欲に力を求め使用する白き姫君。さて、どの物語に介入致しましょうか?」

 混乱する蒼姫に、ロッドバルトは言葉を重ねる。
 蒼姫が理解しようともしなくても、それはどちらでもいいのだから。
 彼女が選択した。その事実があればいい。
 ロッドバルトにとって、周りがたとえどんな結末を迎えようとも、彼女が幸せであれば、それでいいのだから。

「我が愛しの蒼の姫君。貴女は、どの選択肢をお選びしますか?」
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