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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

06 魔女への対価

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 アウトキリアの国は、この日を境に大きく揺れた。
 身元が確かでない者を王族に迎え入れようとした為、魔女に目を付けられたのだと喚く貴族たち。
 輝かしい貴金属類を奪われた、その補てんを王家に請求しようとする商人たち。
 突如王城から飛び立ったドラゴンの姿に、不安を隠せない民衆たち。

 騒乱の責をとらせる為に、その騒動の中心にいた王太子キースを廃嫡。キースへは奪われたモノの奪還を命じ、次席である第二王子アンバーを王太子へ繰り上げることで、アウトキリアの王族としての体裁を整える決定を下した。
 だが、それを良しとしなかったのは、貴族たちだけではなかった。廃嫡されようとキースを慕うアンバーは、王太子の座を拒否。第三席の者を持ち上げようとするも、直属の血統ではない者となり、貴族たちの反発が持ち上がる。
 決定が覆され続け、今後の方針も決まらないまま、次席が空席となっている状態のアウトキリア国。
 権力の座が空席であること、ドラゴンについての対策がしっかりととられていないこと。揺れる上層部の状態の煽りを受けて、民衆の不安は益々増長させられていった。

 そのような状態であるアウトキリア国から、ひっそりと姿を隠した二人の人物。
 正しく述べるとしたのならば、一人の少女と、一人の魔女。
 ヴァイオレットとグレイは、魔女の力を以て、その身をアウトキリアの国から移していた。
 外見は今まで住んでいた三番街にあるお菓子の家と、ほとんど同じもの。だがその周りは深雪に囲まれた針葉樹の森の中。スノウベルクの国のはずれにある、ヴァイオレットのもう一つの住処……マリアと暮らしていた、お菓子の家である。

「それで、少しは落ち着いたかしら?」

 ぱちり、と薪の爆ぜる音が響く。ぼんやりと橙色の火を見つめていたグレイは、静かに顔を上げた。

「……おかげ、さまで」

 唯一の兄弟であるゼルを、義母でもあった林檎の魔女…―今ドラゴンへと姿を変貌させたが―…に浚われ、己の無力さに茫然としていたグレイ。声に力はないものの、浚われた当時のように悲壮感でいっぱいの顔色からは、普段通りの顔色へと戻っていた。

「アンタにとって柵がないこっちの家の方が頭を冷やすには良かったみたいでなによりだわ」
「別に、それだけが目的で移動したわけではないのでしょう?」
「そりゃそうよ。アンタだけのために、わざわざ動くはずがないじゃない」

 鈍い金色に輝く癖のある髪をさらりとかき上げ、グレイの灰色の瞳を覗き込む。林檎の魔女がゼルにしていたことと似た動作に、グレイは僅かに怯えた様子を見せるも、ヴァイオレットは気にせず灰色を見つめていた。
 怯えの中に広がる、昇華できない感情を読み取ろうと、紫色の瞳が細められる。

 ゼルを再び、彼女に捕らえさせてしまった。
 守ることですらできなかった。
 伸ばされた手を、掴むことですらできなかった。
 助けに行きたくても、力がなかった。
 どうすることもできない自分が、どうしようもなく嫌だった。

 そんな、生じては消える自己葛藤。現実的に考えて、自分がどう動くべきだったか。自分は今どう動くべきなのか。ぐるぐると考えては、無力さに打ちひしがれ動けずにいる。
 力ある者が目の前にいるのだから、手を伸ばせばいいものを。
 そうは思えど、魔女に力を求めると言う事がどういうことか分かっているからこそ、グレイにそれができないのだと、ヴァイオレットは正しく理解していた。

「ここに来たのは、自分のため。あの子のため。これからの……未来のため、かしらね」
「ヴァイオレット?」

 何が言いたいの? と首を傾げるグレイに、ヴァイオレットは自嘲して答えた。

「ねぇ、グレイ。ゼルを助けたいのなら、力をあげましょうか?」
「……私がヴァイオレットに渡せる対価なんて、ほとんどないわ。それは、雇い主であるヴァイオレットが一番わかっているでしょう?」
「えぇ、知ってるわ」
「それなら何? 以前のように気まぐれで、対価は淹れたての紅茶でいいとでも言ってくれるの?」

 怪訝そうに問われた言葉に、ヴァイオレットはゆるゆると静かに首を振った。

「アンタなら知っているでしょう、グレイ。魔女は気まぐれで、狡猾で、それでいて」
「とても自分勝手」
「そうね、本当にそう。だからこそ、敢えて。アンタに問うわ」

 ゼルを助けたい?

 ヴァイオレットはただそれだけをグレイに問う。ゆらりと、グレイの灰色が揺れた。
 助けたいかだって? そんなの当然ではないか。助けたくて、助けたくて仕方がないのに、その手段も力もない。そんな無力さを痛感している状態だと言うのに、今更彼女は何を言うのだろうか。
 ぱちりと、薪が爆ぜる。室内を温めている暖炉の温もりが煩わしく感じる程に、己の頭が冷えていくのが分かる。

「助けたいわ。助けたいに、決まってる。あの人のところに連れていかれても、何度だって連れ戻したいって思う。だって唯一の兄弟だもの。ゼルが望んだわけじゃないもの」

 グレイは、最初からそうだった。ゼルだって、最初からそうだった。
 互いが互いを守りたくて、もう一人の魔女の元へたどり着いた。助力を願った。
 最初はそれで上手くいった。グレイの力で取り戻せた。
 二回目はヴァイオレットが退けてくれた。
 だからこそ、立ち向かう勇気を持てた。

 でも、今回は、無理だ。
 あの姿を見てしまっては、隣の魔女ですら動揺を隠せなかったあの生き物には、グレイはただただ無力を思い知らされる他なかったのだ。

「でも、私に力なんかない。これ以上差し出せるものなんかない。だから、ヴァイオレットには頼めない。魔女ならまだしも、ドラゴンなんか私には立ち向かえない。助け出すことが、できない……。それが痛いほどわかってるの。分かっているのよ。それなのに、何故、敢えてそうやって繰り返すの?」
「差し出せるものならあるでしょう?」

 絞り出すように心の内を吐露するグレイに、ヴァイオレットは静かに告げた。

「グレイ。アンタ自身は、まだ対価として支払える」
「ヴァイオレット、何を言って」
「あぁ、まどろっこしいのは嫌いだわ。単刀直入に言うけど」

 ……グレイ、アンタ、魔女になりなさい。

「……は?」

 彼女は、ヴァイオレットは今、何と言ったのだろう?
 一瞬固まった頭は、耳から受け付けた情報を処理することを止めたようで、グレイはその意味を理解することが出来なかった。
 目を丸くして驚いた様子のグレイを一瞥し、ヴァイオレットは己の手を見つめながら言葉を続ける。

「アタシは、自分で思っていた以上に魔女協定を破っていたみたいで、もうすぐ魔女として終わりを迎える。アイツは魔力を全て使い尽くして変化することで、退場することは免れたようだけど。アイツと同じ末路を迎えるのは性に合わないし、絶対に嫌」

 何を。何を言っているのだろう。

「魔女は嘘をつかない。
 魔女は魔力の源を所持しなければならない。
 魔女は悪魔には逆らわない。
 魔女は俗世に囚われてはいけない。
 魔女は魔女協定を破ってはならない」

 歌うように告げる彼女の言葉は、一体何を意味しているのだろう。

「以上の魔女協定を破るもの、これすなわち魔女失格。源を理に還元し、速やかに退場すべし。
 魔女の名を有するもの、魔女の矜持に従い、永久に魔女であれ」

 くつりと、笑う。

「これが魔女協定。魔女が魔女であるために、その力を振るうために決して破ってはいけない協定。それなのにアタシは、あの子とさよならできなかった(嘘をついてしまった)。あの子だけじゃなく、アンタたちに情を持ってしまった(俗世に囚われてしまった)。既に、二つ。協定を破っている」

 あぁ、狡猾に生き抜くつもりだったのに。
 どうしてこう上手くいかないのだろう。どうしてこう、魔女として生きられなかったのだろう。
 ヴァイオレットの独白に、グレイはただ黙って聞いていた。口を出すにも、適当な言葉が思い浮かばない。

「アタシには、既に残されている時間が少ないのよ。それなら、後悔なんかする暇ないし、躊躇もしていられない。それでも問いかけたのは、時間をアンタにあげたのは、きっと思った以上にアンタに情を移していたからなのかもしれないわね。……あぁ、本当に自分が嫌になるわ。原因の一つに、アンタたちが含まれていたって言うのに」

 それでも、後悔なんかしていられないのだ。 
 ヴァイオレットはそっとグレイの手を取った。

「アンタなら、上手くやれる。アンタの意思に関係なく、二人の魔女から魔女の素質があると思わせたのだから」
「ねぇ、ヴァイオレット待って」
「取引よ、グレイ」
「っ!?」

 いつの間にかグレイの手には、紫色のサラダ菜ラプンツェルが握らされていた。
 場違いなその感触に思わず手放そうとするも、それを許さないとでも言うようにヴァイオレットが上から強く握りしめさせる。

「アタシの、魔女たるモノを全てアンタにあげるわ。だから、アイツにも終わりを与えなさい」

 優しい紫色の瞳で、断らせない断固とした口調で。

「アンタが救いたいのを救える力を、あげるわ。だから、アタシの大事なあの子を救ってちょうだい」

 ぱちん、と指を鳴らされた。
 何の魔法をヴァイオレットが使ったのか。理解したくなくても、理解させられた。思わず、手の中のソレを握りつぶしてしまうかのように握りしめた。
 だって、そんなの信じられないじゃないか。

「っ、ヴァイオレット!?」
「言ったでしょう? アタシには時間がないのよ」

 ヴァイオレットの体が、半分、消えていた。
 それこそ、最初に出会った時のように。下半身はもうない。胸元ですら反対側が透けて見えるくらいに、存在感が薄れてきている。
 グレイに応と言わせるための自作自演かと一瞬思ったが、そんなまだるっこい真似を好まない魔女だというのは、雇用主に仕えてきたこの数か月で嫌でも分かっていた。だからこそこの光景は、ありえない光景だとしても事実なのだとじわりじわりと脳が理解し始める。
 異常な光景だと言うのに、ましてその異変がわが身を襲っているのだと言うのに、ヴァイオレットはただただ優しくグレイを見つめていた。

「グレイ」
「そんなの、卑怯よ」
「なりふり構ってられないもの。仕方ないでしょう」

 こんなの、取引に応じる他ない。
 じわりと視界がゆがむ。
 アレを失ってこれを失って。立て続けに失うものが増えるなんて、そんなの嫌だと心が叫ぶも、グレイにはもうどうすることもできないのが理解していた。
 ヴァイオレットが足掻くことを諦めている。いや、託そうと足掻いているのか。
 その思いを継ぐには、弱った心にはひどく重荷でしかないのだけれど。

「あの子って誰」
「ラプンツェル。アタシの魔力の源を宿した、アタシの義娘。あのクソ王太子の花嫁」
「自分で助ければよかったじゃないの」
「そうね。助けるだけ助けて、あとは丸投げでもよかった。でも、アンタたちまでそうするわけにはいかないでしょ?」
「お人好し。だから魔女失格になんかなったのよ」
「根本的原因アンタにそれ言われたくないわね」 

 ぽろりぽろりと零れる涙をぬぐうこともせずに、グレイはただただ、ヴァイオレットを見つめた。
 あぁ、もう喉元も消えそうだ。
 このまま消滅を見送るのは嫌だ。
 それ以上に、彼女に後悔を残したまま消えられるのも嫌だ。

「取引に、応じるわ」

 絞り出すように告げると、ヴァイオレットが安心したように優しく微笑んだ。
 なんだそれ、最後に優しさを振りまくだなんて。どうかしている。魔女らしくない。いつもはもっと皮肉っぽくて、斜に構えてて、上から目線で自分勝手なくせに。
 想いを口にしようとしても嗚咽が漏れるばかりで、言葉にはならなかった。

「魔女に最も影響を受けた者が魔女の力を継ぐと、聞いたことがあるの。アンタは十分、アタシに近い。源を食べれば、あの子よりも近くなると思うわ」

 もうすでにない手で、握りしめてくたくたになった源を口元へ押し上げられた気がした。
 しゃくりあげながら、えいっと口の中へ押し込む。口いっぱいに、一口で頬張れば、もう余計なことを彼女に言わなくて済むような気がした。
 満足そうに微笑んだヴァイオレットの姿は、涙に押し出され、見ることが出来ない。

「アタシみたいな魔女になるんじゃないわよ、グレイ」

 ごくりと飲み込んだしなびたサラダ菜ラプンツェルは、涙の味しかしなかった。
 頷くことも、否定することもできずに、グレイはただしゃくりあげている。その様子に、ヴァイオレットが苦笑したのがなんとなくわかった。

「あの子のこと、頼むわね」

 あぁ、これで、本当にさよならね。

「っ!」

 ヴァイオレット! と叫ぼうとしても、その存在はすでにない。
 誰も、いない。気配すら、ない。

 ダメだった。お別れなんかしたくなかった。
 押し付けられた願いの重みが、酷く重かった。

「あ、あぁ……あぁああっ……!」

 体の内側からくすぶる熱を抱えて。勝手に零れ落ちる涙を床に零して。どうしようもない感情を、嗚咽と共に吐き出して。
 グレイは、ただ一人で、泣いていた。

 ぱちりと燃える暖炉の暖かさが、優しくグレイを包み込んだとしても、その涙が止まることはなかった。

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