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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

07 揃った舞台役者

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 ぱちり、と音を立てて燃えている暖炉の薪が、ぼんやりと室内を暖かく照らしている。失ったことでぽっかりと空いた穴が、やけに冷えて感じる。
 涙はもう尽きたのか、瞳からこぼれてはこない。涙の跡がひりひりと痛んだ。

『うええええええええええ!? ちょ、ちょ、ちょっとグレイ! なんで泣いてるの!? グレイを泣かした大馬鹿者の名前を言ってごらんよ! 可愛い妹のために、お兄ちゃん一肌二肌脱いじゃうから!』

 グレイが泣いていれば、いつもすっ飛んできて不穏なことを言う兄は、ここにはいない。いつもは煩わしくなるくらい絡んでくる兄は、いない。

『大馬鹿者はアンタよ、ゼル。たかだか涙の一つや二つで、大げさに騒いでいるんじゃないわ、五月蠅いのよ』

 それを本気で煩わしそうに戒める、あの魔女もいない。
 いや、今の魔女はグレイなのだ。体の中を駆け巡っている魔力が、そう分からせる。流れ込んできた魔女の情報が、使い方を分からせる。魔女とは何か、分からせられた。

 酷く重い、魔女の責。
 圧し掛かられているようにも感じる、ヴァイオレットの遺言。

 これからの平穏と引き換えに手に入れた力は、グレイの望むものではあったけれど、それ以上に課せられたそれらが重い。
 ぱさぱさに乾いた目元を袖口で乱暴に擦った。ちょっと痛かった。
 それからゆっくりと立ち上がり、戸棚の中から深いフードが付いたローブを見つけて羽織る。暖炉から少し離れれば、その寒さがやけに感じるが、ローブを着たらそれも多少は和らいだような気がする。目深のフードを頭からかぶった。
 ゆっくりと、大きく、深呼吸をする。
 そしてグレイは、ぱちんと、一つ指を鳴らした。

「スノウベルクの国城は、ここから北北西に。少女の足でも、半日は掛からない距離」

 脳内に流れてくる情報を整理するように、小さく口に出す。
 このお菓子の家から針葉樹の森を挟んでそびえ立つ、雪に覆われた白亜の美しい城。巨大な魔力によって造り出された、茨に覆われているこの城から、禍々しい瘴気が薄らと漂っている。
 ヴァイオレットは、柵のない場所で頭を冷やすにはちょうどいい場所と言っていたが、ゼルの気配を辿った先が、まさか目と鼻の先になっているだなんて。始めから自分に任せるつもりだったのか、と掌で転がされていた心地になって、グレイは眉をひそめた。それも今になっては、今更のことだけれども。

 意識を広域から絞り込んで、茨の中へと視界を映す。
 最も大きな尖塔。ぐるりと囲むようにそびえ立つ、六つの劣塔。そのどこかに、ゼルたちは捕らえられている。

「広い城内……あぁ、でもここから入れば警備兵がいなければいけるのね。ゼルと彼女が捕らえられているのは……っ!?」

 ばつん、と視界が突如切られた。
 魔法の力が無理やり閉ざせられたことを感じたグレイは、あの義母だった存在に勘付かれたかと、小さく舌打ちをした。
 再びぱちりと指を鳴らし、己の存在感を薄くするような魔法をかけた。気休めにしかならないだろうが、やらないよりはマシだろう。

 外へと向かう扉へと向かいながら、グレイは何度も指を鳴らした。
 この家の戸締りを済ませる魔法を。
 この家の結界を強化する魔法を。
 外の寒さを和らげる魔法を。
 目的地まで消耗せずに進めるような魔法を。
 魔法や瘴気に耐性を持てるような魔法を。
 何度も鳴らした指が僅かに痛む。こんなに指を鳴らすことになるなんて、思わなかった。右中指を摩りながら、お菓子の家を後にする。
 魔法で造り出した馬になんとか跨って、手綱を握った。

「よろしくね」

 馬の乗り方なんか分からないグレイでも、魔法の力でなんとか乗れるようになっているらしい。賢い馬は小さくいななき、やがて雪をかき分けるようにして歩き出した。
 ざっくざっくと踏みのけるごとに粉雪が舞う。グレイの高さにまで飛んではこないものの、随分な量が舞うものだとなんとなく思った。雪の厚さは、グレイが不通に立って膝くらいしかない。

 いつだったか、猫姿のアンバーが言っていたことがある。馬にしがみつくにはよくない。常に姿勢を正しく伸ばし、馬の動きに合わせることが騎乗する際に重要になるのだ。
 微かに残った記憶を頼りに、四苦八苦しながらも姿勢を正す。その高さに内心恐怖し、ぎゅっと蔵に片手を硬く掴んでしまったのは見なかったことにしてほしい。

 グレイの姿勢が安定したのを感じたのか、馬は速度を少しはやめた。歩くような速度から、駆け足の速度に。
 思わずこぼれ出そうになった悲鳴をのみ込み、風の抵抗を減らすように前のめりになって、馬の揺れに必死に耐えた。

 どれくらい進んだだろう? あとどれくらい耐えればいいのだろう?
 長く感じる時間はやがて馬が減速したことで終わりを告げた。
 ようやくついたのか、とほっと息をついた。馬の頭越しに、黒い茨の壁が見える。

 いや、見えるのはそれだけではない。
 何故彼らがここにいるのか。いや、彼らもここにいて当然であったか。
 手綱を引いて、馬を連れるそろいの制服を着た彼ら。その先頭に立つ、赤銅色の髪の男。鮮やかな赤い髪と言葉を交わす彼は、いや、彼らは。

「……アンバー」

 馬の歩みが完全に止まる。
 新たな気配に、顔を上げた彼らと目が合う。琥珀色の瞳が、大きく見開かれた。
 何故ここに、と声にならない声が唇を震わせていた。それは果たしてどちらが先だったか。それを確認することはできないけれど。

「これでようやく、舞台役者が揃いましたね」

 茨に背を向けて朗々と語る彼も、見覚えがある。見覚えがあるどころか、彼には直接言いたいことも問いただしたいこともあるが。
 剣呑なグレイの様子を知ってか知らずか、恐らくは知りながらも無視しているのだろうが、彼は口元に弧を描きながら笑う。

「さぁ、喜劇となるか、悲劇となるか。それは舞台役者次第となるこの物語の幕開け。いいえ、幕開けはとうにされていた。これは終幕。終わりへ向けての物語を、演じる主役は恋人を奪われた王子か、救いの力を持つ騎士団団長か。はたまた兄弟を奪われた新米魔女か、国を奪われた新米魔女か。もしかすると、傍役の誰かかもしれないこの演目。どうぞ、各々の結末を良きものにされてください。我が愛しき姫のために、どうぞ悲しい結末には向かわぬよう、お願い申し上げたい次第ですので」

 あぁ、口上が長くなってしまいましたね。
 そう言って彼、ロッドバルドはゆっくりと茨へと手を翳した。
 ぐねり、と魔力のうねりを感じる。彼が腕を下ろすと、そこには人一人が通れるくらいの小さな抜け道ができていた。
 まるで、茨がそこだけ抉り抜かれたかのような抜け道。魔女となった今だからわかる。悪魔の魔力で無理やりこじ開けたのだと。そしてそれは、悪魔だからできる荒業だと言う事。
 それゆえに、魔女は悪魔に逆らえないのだと言う事。

「進めるのは、舞台役者のみ。さぁ、どうぞ。最終章へお進みください」

 ロッドバルドが誘うように造り出した茨道を指し示す。
 グレイは、小さくごくりと息をのみ込んだ。
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