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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

09 取引と説得

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「何を言っているの?」

 怪訝そうに、グレイは眉をひそめた。
 誰に向かって、何を言っているのか、本当に分かっているのだろうか。
 そう強調するかのように、繰り返し問う。
 だってそうでなければ、信じられない。キースならばまだしも、魔女と実際に取引をしたことがあり、その魔女の元で生活をしていたアンバーがである。

「理解したうえで言っている。魔女となったグレイと、取引がしたいと、そう言っている」

 口もきけず、動くことさえロッドバルトに妨害されているキースを見ることもせず、ただ真っすぐにグレイを見つめてくるアンバー。
 国が関わっていることではなく、これは個人でのこと。そうした姿勢で臨んでいるのだと言外に言われているようで、グレイはゆっくりとアンバーへと向き直った。

「手短に、話だけは聞きましょうか」
「ドラゴンを倒すのに力を貸してほしい」
「対価は?」
「この身を」
「は?」

 今、聞き間違いでなければ、とんでもない言葉が飛び出さなかっただろうか?
 思わず聞き返してしまったが、アンバーの態度は変わらず、己の胸に手を当てている。目を丸くしたグレイにアンバーは繰り返した。

「あのドラゴンを倒した暁には、この身をグレイに捧げよう」
「ちょっとアンバー、何を言っているのか」
「猫の姿が良ければ、そのように変えればいい。実験体が必要になったのなら、この身を使えばいい。ゼル以外の誰かに頼りたければ、頼りなくともこの身を頼ればいい」
「アンバー!」

 お願い、待ってと懇願するかのようにグレイが叫べば、アンバーは素直に口を閉じた。
 ぐるぐると、アンバーの言葉が頭を回る。せわしなくグレイの灰色の瞳が動き回った。
真っすぐに見つめられる琥珀色の瞳。楽しそうにそれを眺めているロッドバルトの姿。僅かに瞳を伏せたキース。動揺を隠せない琥珀騎馬隊の面々。
 とにかく落ち着こうと、瞳を閉じて大きく深呼吸をした。
 ちらほらと舞い降りてきた粉雪が、いい感じに熱を冷ましてくれているような気がする。

「……それは、貴方個人の意思なのかしら?」
「あぁ」
「それは、周りの意見も取り入れた結果なのかしら?」
「……いや」
「だとしたら、取引に応じることはできないわ」

 あの場にいた貴方ならわかるでしょう?
 大切に思われていた子の、当人の意見を無視して外野ばかりが勝手に決めていくのは好きじゃない。残された方の気持ちを汲めないのならば、グレイは拒否する一点のみである。

「ふむ、ならばそれも今断ち切ろう」
「え?」
「おい、お前たち聞け! 今後琥珀騎馬隊は、王太子殿下直属となる。何、少し前ですら同じようなことがあっただろう? それが今後とも続くだけだ、何も問題はないだろう」
「しかし閣下!」
「そんな急に!」
「何か問題でもあるのか? 元々、引継ぎはほぼしている上に、副隊長とは名ばかりの実務隊長がいただろう? ……殿下の元ではくれぐれも、粗相ないように」

 決して近付くことなく、一方的に告げられた内容に動揺を隠せない騎馬隊隊員たち。だが、よくよく見ると、動揺しているのは一兵卒ばかりで、勲章を付けている者たちは動じていない。それとなく、このことを察していたのだろうか。恐らく副隊長にあたるのであろう男は、アンバーに対して静かに礼を返しただけであった。
 それに鷹揚に頷いたアンバーは、次に言葉を封じられたままのキースへと向き直る。意図に気付いたロッドバルドが、キースに向かって軽く指を振った。

「殿下」
「……ッ! アンバー何を考えて」
「そもそも、殿下が魔女たちの気に触れるようなことをしなければ、協力は簡単にしてもらえたと思うのですが」
「俺とて譲れぬものがあるからな、いや、できたからとでも言うべきか」
「それにより、愚かな方向に傾かないことを心より願いますが」

 呆れたように大きく息をついたアンバーを見つめ、キースは一転、真面目な口調で静かに問うた。

「俺の、廃嫡が原因の一つか?」
「……まぁ、一つではあります。アウトキリア国にこれ以上の混乱は不要かと」
「……すまない」
「殿下、臣下に謝罪してはなりません」

 困ったように苦笑したアンバーは、ゆっくりと半身をかえす。
 そっと手を伸ばして、グレイの手を取る。目の前の光景に困惑していたグレイは、大きな抵抗をするでもなく、大人しくアンバーに腕をとられた。

「殿下、彼女は、魔女です」
「あぁ、引き継いだみたいだな。紫色の魔女から」
「魔女は、世俗に関わってはいけない。そう言った決まりが本来ならばあるのです。だからこそ」
「皆まで言わなくても分かっている、許す」
「寛大なお心と、これまでに感謝を」

 互いの金色の瞳と琥珀色の瞳を合わせ、ゆっくりと頷いた。
 それからキースは、琥珀騎馬隊に向かって待機の命を新たに下して、ロッドバルドが空けた穴から城へと侵入していった。
 たった一人で。黄金色の彼女を探して。
 何故、彼に先を越される羽目になっているのだろうと、落ち着かない頭でグレイはぼんやりとその背を送っていた。ちらほらと頬を滑って溶ける粉雪が心地いい。

「と、言うことだ」
「何が、と言う事だ、よ」
「グレイの憂いはなくなったように思えるが?」

 確かに、この数分でこの場にいる者の同意は得てしまった。
 どうしてそう簡単に同意してしまうのか、許してしまったのかと問い詰めたい気持ちでいっぱいだが、掴まれたアンバーの手が、それを阻止してしまう。

「えぇと、アンバー。自分をもっと大切にした方がいいわ」
「そうだな、ドラゴン退治の際には気を付けよう」
「そういう意味じゃなくて。私は、魔女よ?」
「そうだな、魔女の考え方も持ち合わせるようになったな」
「それが分かっているのなら」
「だが、グレイはグレイだろう?」

 続けようとした言葉は、空気に溶けて消えた。
 真っすぐに見つめられた琥珀色に、思わず視線が吸い込まれる。丸くなった己の灰色の瞳がよく見えた。

「ゼルを助けたいと思い、ここまで来た。ゼルがグレイを助けたいように、グレイもゼルを助けたい。それは私たちが出会った時から変わらないことであったろう?」
「でも」
「もしここにいるのが私の知るグレイではなく、ただの魔女であったのなら、私はこのようなことを言い出すまい。それに、私にだって下心の一つや二つもあるのだ」
「それは、あの馬鹿王太子に反感を持つ貴族たちの旗印となってしまわないようにするためかしら?」
「う、うむ。それもある」

 混乱しているように見えて、意外とそう言ったことにまで思い至るのだな、と面食らったようにアンバーは同意した。
 だが、それだけではない。とどこか照れ臭さを隠せないまま続ける。

「まぁ、その、なんだ。あの家は、あのような外見だったが、とても居心地が良かった。ゼルやグレイとのやり取りも、ヴァイオレットのそれもそうだ。上下関係のない、自然に呼吸ができたように思えた。城に戻ってからも、ふと、またあの空間に戻れたら、なんてそんなことを考えたりもしたのだ……。くっ、なんだか照れ臭いな」
「例えそう思ったとしても、今のアンバーには、無理よ」
「だが、王位を捨てたのなら、世俗から離れてしまえば、それも可能となるだろう?」

 ヴァイオレットはいないが、ゼルをここで取り戻せて、三人で、静かに暮らせたら。
 口やかましく付きまとってくるゼルと口論を交わしているアンバーを想像して、それを呆れたように眺めながら紅茶を飲んでいる自分を想像して。
 それができたら、どんなに幸せな光景になれるだろうと。
 そんなことを、グレイも思ってしまった。
 グレイがグレイであれば、それを守ることができる。魔女の掟に背かない限りは、それが可能になる。
 結局は、アンバーの言う通りなのだ。
 たとえ魔女となっても、グレイはグレイで。それは変わらない。
 一度、アンバーを親しい存在と認識してしまって、ゼルと同様な存在と思ってしまったのだったら、もう、距離など、置けないのだ。
 グレイがいかに離れようとしても、相手が寄ってくる。
 ゼルが離れてしまったのを取り戻そうとしているのと同じように。

「……怪我、なるべくしないで」
「善処する」
「ゼルの説得は、半分半分よ」
「それでも半分にしてもらえるのなら、ありがたい」
「……本当に、いいのね?」

 これが最後の確認、とばかりに念を押すと、アンバーはグレイの腕を取り直して、その手をそっと掴む。両手で包み込むように握って、琥珀色の瞳をやんわりと細めて笑った。

「あぁ。構わない」

 まるで求婚しているワンシーンみたいですね。
 そうロッドバルドが茶化さなければ、手の甲にキスでも落とされるかとでも思ってしまうような雰囲気だった。きょとんと己の状況を見つめて、それを理解して二人が真っ赤になるには、そう時間は掛からなかった。
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