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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

10 囚われの者たち

 ←09 取引と説得 →11 幸せな二人

「行くか」
「えぇ」

 アンバーがゆっくりと歩き出す後ろを、グレイが追いかける。
 ふと、グレイは粉雪が舞う空を見上げ、片手を握りしめた。
 ぱちん、と指を鳴らす。
 そしてぐっと閉じられた手を、ゆっくりと開いた。現れたのは、何個もの青色の毛玉……小さな、青い小鳥たちだった。
 ぴちちちち! と高い鳴き声をあげて、何羽もの青い鳥が薄水色の空に飛び立って行く。
 グレイはぼんやりとそれを見送って、そしてぽつりと呟いた。

「誰もが皆、幸せになりたいだけなのよね」

 私だって、と続けられた声は果たして聞こえていたか。アンバーは何も答えず、ただじっと青い鳥が飛び去った空を見上げていた。

「青い鳥を源にするとは、愚かと言うべきか、賢いと言うべきか。それは悪魔たる私には理解しえませんが」

 こじ開けた入口をゆっくりと閉め、彼らの後ろ姿を見送ったロッドバルト。とん、と唇に手を当て、緩やかに笑う。

「青い鳥が幸せの象徴になるか否かは、今後の物語の結末次第になるでしょう。それを判断するのは、私ではありませんが。さて」

 薄く細められた瞳を、ゆっくりとずらす。

「国を奪われた新米魔女は、孤独な白の姫君は、どのように動くおつもりで?」
「随分失礼な言い方をするのね、レディに対してそれはどうかと思うわ」

 それは失礼を、と丁寧に礼をした先に現れたのは白銀の髪をなびかせる、美しきスノーベルクの元王女。現帝国王太子妃であったマリアであった。
 周りの雪景色に溶けるようにしてそっと姿を現した彼女は、ぷうと頬を膨らませていたが、まぁいいわと自分の中で区切りをつけて城を見上げた。
 かつて己が住んでいた白亜の城、美しいスノーベルクの城を。

「力ある者だけを通したのね」
「えぇ、それが彼らの意思であり、我が麗しの姫君のご希望ですからね。何、貴女との契約に、ほんの僅かでも反しているわけではないので、ご安心くださって大いに結構ですよ」
「ふぅん、ならいいわ」

 マリアは、とろんとした瞳を虚空へ向けた。
 まるで恋い焦がれるような、それでいて正気ではないかのような蕩けた視線。それを向けているのは白亜の城ではなく、ちらほらと粉雪舞う虚空。
 何も見えないそこに向かって、はぁ、と熱っぽい吐息を零した。

「悪魔との契約。知識にはとんでもないものだってあるけど、私にとっては別にそんなことないわ」

 白磁の肌を桃色に染めて、喜びに長い睫毛を震わせて。

「この国を取り戻せるのなら、あんな帝国なんかいらないもの」
「思うところは多々ありますが、まぁ、我が愛しの姫君の為なら、そう労力を必要としない取引ですからねぇ。悪魔たる私ですら、こんな旨い話に転がされてもらってもいいものか、持ち合わせてもいない良心がしくしくと痛むものです」
「そうね、私も何もしなくてもあの人が奪ったものを、それも一番取り戻したいものを取り返せるのだもの。あぁ、魔女さんが言っていた通りだわ。魔女の掟でも力でも、敵わないような力を利用すればいいって。もう魔女ではないお義母さまには関係ない話かもしれないけれど」
「使えるモノならば何でも使え、と言うのは言い得て妙でして。それでも保険を掛けてしまうのは、如何せん。私が臆病者に過ぎないからでしょうか。そんな私に幻滅されなければいいのですがね、心配性も極まってきて、本当にいけませんね」

 独自の価値観を持つ二人は、噛みあわないやりとりに特に気にすることもなく、ただただ唯一のそれに思いを馳せた。

「すべては、私のスノーベルクの為に」
「全ては、我が麗しの蒼姫の為に」

 彼らは唇をゆがませて、それはそれは楽しそうに笑っていた。
 雪はまだ、止みそうにない。


 *   *   *


 あの手を、掴めなかった。
 悩んでしまった。
 助けてと伸ばす先を、悩んでしまった。
 だから、これは選べなかったわたしに対する、罰。
 絵本に乗っているような怪物に浚われたのも、こうして捕らわれているのも。全部全部、わたしが悪いの。

 ぽろり、ぽろりと涙がこぼれた。
 あぁ、あの人には笑えって言われたのに。
 せっかく綺麗にしてもらったのに。
 昔にあこがれたお姫様にしてもらったのに。
 じゃらり、と重たげに鳴る鎖が邪魔で、うまく涙をぬぐえないの。
 こんなんじゃ、またあの人に呆れられてしまう。
 こんなんじゃ、またお母さまに仕方がない子ねと言われてしまう。
 こんなつもりじゃなかったのに。
 あの人にも、お母さまにも迷惑を掛けたくなかったのに。

 暗い暗い塔の上。
 わたしが住んでいたところよりも、もっと暗い場所。硬いベッドと天井から吊り下げられた鎖。カーテンのついていない小さな窓。ガラスの向こうに、ちらほらと白いものが舞っているのが見える。
 重たい空気。深く息を吸い込んでも、冷たくて痛い。

 あの人に会いたい。
 お母さまに会いたい。
 あの人が好き。
 お母さまが好き。
 どっちかなんか選べない。
 選べない私は悪い子。
 悪い子だから、ここに連れてこられた。
 いつまでここにいればいいんだろう。
 いつまでここにいなくちゃいけないんだろう。
 わたしの罰は、罪は、どうすれば償えるのだろう。
 わたしは、どうすればいいんだろう。
 声は相変わらずでないけど、誰かに聞きたくて仕方がなかった。
 誰かに答えを教えてほしくて仕方なかった。

 シン、と静まり返った室内。
 この空間に、あの怪物はいない。
 誰も、いない。
 わたしが少し動くと聞こえる衣擦れの音以外、何も。

「絶対お断りだって、ずうううううっと言ってるだろっ!」

 ふと、遠くから反響して、誰かの声が響いた気がした。
 重たい鎖を持ち上げて、窓辺まで移動する。
 誰か、いるのかしら?
 今の、人の声よね? あの怪物が喋った声とは違ったわよね?
 誰もいないわけじゃないの?
 声がしたと言う事は、誰かがいるということでいいの?

 じゃらりじゃらりと揺れる思い鎖を持ち上げながら、ゆっくりと窓を叩く。
 とん、がしゃん、とん、がしゃんと、わたしが窓を叩くのに合わせて、鎖が壁を叩く。
 誰か、気付いてくれないかしら?
 わたし、ここにいるの。
 声を出した人、どうか、気付いてくれないかしら?

「いってぇっ……!」

 窓を叩いていたら、不意に後ろから誰かの声が聞こえた。どん、ジャラジャラって音がしたから、わたしと同じ、鎖をしているのかしら?
 それなら、同じようにこの塔に閉じ込められた人?
 ゆっくりと振り返った。

「っ!?」

 思わず、息をのんだ。
 だって、その。酷いぼろぼろなんですもの。来ていたお洋服もあちこち破けて、髪だってざんばらに切られている。もしかして、少し焦げているのかしら? チリチリになっている部分だって見えるわ。
 その人は、やっぱりわたしと同じように重たい鎖で繋がれていて、それでも大きな怪我がないように見えるのが救いなのかしら?
 じっと見つめていると、印象的ないろんな色に見える瞳がわたしを捕らえた。

「あぁ、花嫁さんか」
「――」
「大丈夫かって? まぁうん、致命傷とか大きく跡が残る傷はめちゃくちゃ頑張って避けたよ、グレイが悲しむからね」

 重たい鎖を引きずって流れる涙をそのままに、ごろりと転がった人の傍へと近づいた。
 わたしのことを花嫁さん、と言ったのなら、あの場にいた人なのかしら?
 一緒に連れてこられた人なのかしら?
 彼も、わたしのせいで、ここに連れてこられたのかしら?
 ごめんなさい、と声にならない声で謝ろうと口を開いた瞬間、彼は鎖をものともしないでごろごろと、勢いよく床を転がった。

「もうさー、炎吐くとか反則でしょー。ドラゴンに変身するとかなんなのさもー! あー! グレイがたーりーなーいー!」

 え? えぇと?

「こちらとら一般人だよ? もっと手加減してくれてもいいじゃん! グレイの愛だけで避けた僕本当にもうすごいと思うから、絶対後でグレイにめちゃくちゃ褒めてもらうんだ。そんでもってお兄ちゃんすごい、って尊敬の目で見てもらいながら髪整えてもらうんだ! って、ねぇやっぱり焦げてるよね? 僕の髪ちりちりになってるよね? ……ですよねー! ふざけんなあのクソババア!」

 思わず聞かれたから、目をまん丸くしながらも頷いた。
 わたしが話せないことをものともせずに言葉を続ける彼。言葉と共にごろごろと冷たい床を転げまわって、鎖が痛くないのかしら?
 じゃらじゃらと煩いくらいに反響して、なんだか耳が痛くなってきたわ。
 そっと耳を抑えたら、彼はぴたりと止まった。

「グレイが好きだって言ってくれたこの目は嫌いじゃないけどさ。でもこれが原因でこうなったって、本当にもうお兄ちゃん失格かも……」

 情けないなぁ、と小さく零した彼は、その不思議な色の瞳をわたしに向けて、それからにっこりと笑った。

「でもとりあえず、グレイが足りなくて仕方ないから、僕の妹がどれだけ可愛いか語っていい?」

 拒否権はないから、と続けられた言葉に、わたしはまた、目をぱちくりと見開いた。
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