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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

17 二つの結末

 ←16 決着 →18 彼女の願い

 光の柱が、天を貫いた。
 まるでその場所だけに、天から裁きの光が降臨したかのような真っすぐな光。どおぉん、と地面を揺らす振動は塔にまで伝わり、見守っていた者たちの動揺を誘った。
 ラプンツェルは声なき声でキースの名を叫び、オディールは唇を噛みしめて顔を覆った。今にも飛び出していきそうなゼルをロッドバルドは抑え、静かに光が消えるのを待った。
 光の中心地は、先ほどまでドラゴンと戦っていた激戦地だったのだから。きっと今のは、決着がついたのであろう光の証拠。
 決着と言っても、遠目からしか見えないこの場所からでは、何が起こって終わったのかなんて、さっぱり分からないのだけれど。

「それでは、結末を迎えに行きましょう」

 ロッドバルドが腕を一振りすると、ラプンツェルとゼルを縛っていた鎖がボロボロと劣化して解け消えた。
 ぱん、と一つ手を打つと、暖かな室内とは打って変わり、気が付けば粉雪舞う外へと移動させられていた。

「ッ、ジーク!」

 茫然と空を見上げていた緑色の騎士を見つけ、オディールは華奢な丸い靴で彼の元へと駆けて行った。
 泥が跳ねようが、雪に服が濡れようが、オディールは一切それを気にも留めず、ただただ真っすぐに駆け寄り、彼に手を伸ばす。
 オディールが駆け寄ってくるのに気づいたジークは、ぱあと顔を綻ばせて腕を広げて待った。オディールはジークの元へ飛び込み、そして。

「このっ、馬鹿カエル男っ!」

 すぱぁんっ! と勢いよく頬を張り倒した。

「なっ、お、オディール……?」
「このアタシにっ! 心配かけさせるんじゃないわよ!」

 動揺して目を丸くするジークを他所に、オディールは顔を伏せたままポカポカとその胸を叩いた。

「なんでアタシが、アンタの心配しなきゃいけないのよ!」
「心配してくれて、ありがとうな」
「アタシを不安にさせないでよ!」
「あぁ、もうさせない」
「一人に、しないでよ……!」
「オディール」

 最後に弱弱しく叩かれたその手は震えていて、強張った手を無理やり開いてその胸元を掴んだ。ぎゅっと掴まれたそれに、己の手を重ねてやるも、オディールはジークを見上げない。

「アンタまでいなくなったら、アタシまた一人になっちゃうじゃない……。また、何百年も、一人になるのは。一人で抱えて生きなきゃいけないのは、嫌なのに。嫌なのにっ」

 オディール、と優しく促すと、彼女は勢いよく顔を上げて、泣きそうなうるんだ瞳で噛みつくように叫んだ。

「アンタのエゴで、失わさせないでよ! この馬鹿っ! 本当に、馬鹿でっ、馬鹿でっ! 仕方がないくらい馬鹿で!」

 今にも零れそうな涙を一つ撫でて、それからジークはゆっくりと抱きしめた。震えるオディールの体を宥めるように包み込んで、一言一言言い聞かせるかのように、耳元でささやく。

「教えてくれ、オディール。俺は、どうすればいい? どうすれば、お前の不安は消える?」
「……誓って」
「誓えばいいのか?」
「アタシに、誓って。他でもない、アンタが今見ている、アタシに」

 白鳥女と間違えたジークフリート様と同じにならないって、同じ結末を歩まないように、アタシに誓って。
 そう繰り返したオディールに、ジークはこつんと額を合わせた。
 唇に吐息が掛かるような距離で、互いの顔でさえまともに見れないような距離で、ジークは誓う。

「今目の前にいるオディールに、今オディールの前の前にいる俺が、誓う。もう不安にさせない。一人にさせない。ずっと一緒だ。一緒にいろ、オディール。俺はお前のもので、お前は俺のもの」

 愛している。
 吐息交じりに告げられた言葉。落とされる唇。
 それはオディールが望むような、愛の誓われ方ではなかったけれど、ジークからの嘘偽りのない言葉で告げられたソレに、再び涙がこぼれた。

「なんなら、この場で式でも挙げるか?」
「本当にアンタって、乙女心が分からない奴よね。お断りよ!」
「お前の不安が取り除けるのなら、なんだってしたいんだがな、俺は」

 そら、力を返すぞ。そう言って再び口付けてくるものだから、オディールは何も言えなくなった。力を返す、とはただの口実で、何度も口付けてくるものだから、振りかざした拳を再び下すには、そう時間が掛からなかったのだけれども。

「ば、バカッ」
「お前のそれは、その数だけ好きと解釈することにしたからな、いくらでも言っていいぞ」
「本当に、どうしようもなく、救いようのない」
「前置詞でそこまで貶められるのもアレだがな」
「ばか」

 大好き、と言葉にはしないけれども。
 その万感の思いを込めて、オディールはぎゅっと抱き着いて、唇を合わせた。


 *  *  *


 雪が、頬を撫でる。
 さわりさわりと触れては溶けるその感覚に、何故だか泣きそうになりながらマリアは静かにそれを受け入れていた。
 雪は、儚い。美しいけれども、一瞬で消えてしまう。
 この、かつては美しかった、愛していたスノウベルクの国のように。
 さらさらと風にたなびく髪を抑え、それからゆっくりと己の指先に口付けた。

「私の目は誤魔化されないわよ、お義母様」

 ぱきん、と常人の目には見えない何かが凍り付く音がした。

「体を捨てて、精神だけの存在になったのね。えぇ、ドラゴンの魔力があれば、精神だけでも存在することができる。魔女よりも芳醇な魔力だもの、できないはずがないでしょうね」

 でもね、とマリアの手は宙を滑る。

「お義母様は美しいものが大好きですものね。ここで逃がすと、また私の大事なものを奪いに来るでしょう? それは、許せないの。もう許すことなんかできないの」

 マリアの大好きなものは奪われた。
 愛していた人はいなくなってしまっていた。
 大好きだった空間は、この国は、なくなってしまった。
 形としては残っている。それでも、空虚なこの国には、人がいない。美しくないものとして排除されてしまったスノウベルクの住民たちは、跡形もなく消え去っている。
 そのことに、マリアがどれだけ絶望したことか。それでも、その縁よすがだけでも取り戻したいと切望してしまった。

 全部全部、原因は林檎の魔女。
 壊れてしまった硝子細工が元には戻らないように、マリアの心もこの国も、元のようには戻らない。
 それを分かってなお、マリアは続ける。

「あなたを義母と呼んだ私とあの子は、魔女になってしまったのよ。全部、あなたに立ち向かうための力を手に入れるために」

 目に見えないものを観ようとしているのか、ほっそりとした手を開いて掲げて見せる。まるで、この掌の中に力があるとでも言うかのように。

「ねえ、お義母様。あなたはたくさんの世俗に関わった。それにも関わらずに魔女であった。それは何故かしらね?」

 わたしには分からないけれど。
 静かに首を傾げたマリアは、ゆっくりと手を握りしめる。その手のひらからこぼれ出る冷気が、白い靄となって彼女の腕にまとわりつく。

「でも、私はあなたと同じにはならないわ。決して、絶対にならない。それだけは間違いないの」

 ふう、と白い霧を吹きつけると、それは意思をもつもののように、マリアが虚ろな視線を向けていた方へと移動し始めた。

「永遠にさようなら、最悪の魔女だったお義母さま」

 もう、二度と運命が交わることのないように。
 ちゅ、と念を押して赤い唇で口付けると、細かな光の粒子は白い霧に包まれて、やがて消えた。
 精神体をも消せば、これで彼女たるものはもういない。
 彼女たるものだった魔女の力はこの身にあるけれど、彼女はもう、この世にはいないのだ。理を外れた彼女は再び生まれ変わることもなく、当然としてマリアとも再び出会うこともない。
 感覚が麻痺しているのか、どこかあっけない終わり方に、マリアは小さくため息をついた。

「見事、見事。己の手で、本当に決着をつけるとは」

 ぱち、ぱち、ぱち、と乾いた拍手が聞こえた。

「あの状態の彼女は不可視ですからねぇ。悪魔たる精神に干渉できる私くらいしか視ることはできないものですから、まさかここで本当のピリオドを打たれてしまうとは思わなかったのですがねぇ。いやはや、裏の功労者は間違いなく貴方でしょう。物語の中でしか語られない、その活躍を知る者は読者だけの存在。登場人物たちは知らぬこの功績、僭越ながらこの物語の紡ぎ手たるロッドバルドが広めるのも」
「ねぇ、悪魔さん」
「なにか? 白の魔女殿」

 言葉を遮られたことに不満を言うわけでもなく、さらりと受け止めたロッドバルドに、マリアは頬に手を当てて小さく頷いた。

「私、ようやく魔女さんが言っていた言葉の、本当の意味が分かったの」
「言葉とは婉曲して伝わるもの。人は自分に都合よく受け止める生き物ですので、正確に伝わることなど、ほとんどありませんがね」
「えぇ、そうね。全く以てそうだったわ」

 でも、彼女と同じ魔女となった今は違う。

『魔女の掟でも力でも、適わないような力を利用すればいいのよ』

 かつて紫色の魔女は、マリアにそう言っていた。あの頃の愚かなマリアは、それを王族貴族の力を以て、帝国の力を使って国を乗っ取った魔女を排除すればいいと思っていた。そのための、スノウベルクの姫君という肩書だと思っていたし、そのためだけに初めて出会った名も知らぬ帝国の王子との婚儀も挙げた。
 国を取り戻せないことで、そこに幸せなんかなかった。ただ目的のために、大きな力を動かすにはどうすればいいのか。

 だがあの日、突然魔女の力を手に入れた時、それは間違っていたと理解した。
 魔女の掟でも力でも適わないものは、世俗に関わる国の力だけではない。それよりももっと、根本的に適わないもの。

「契約の通り、あの国はあなたにあげる」

 悪魔。目の前の、ロッドバルドと名乗っている彼である。
 魔女は悪魔に逆らわない。魔女の掟に、明確に記されている言葉である。そして彼は帝国の中枢部にまで手を伸ばしていた。いや、もしかしたら帝国だけではないのかもしれない。そんな世俗に大きな影響を与えている悪魔の力を利用できるのなら?
 それを理解したのは、彼から取引を持ち掛けられ、成立をした今だというのが、本当に愚かであると今更ながら思った。
 あんなに己を削ってまで行っていた行為が無意味だと思えるくらいには、彼の脚本は結末までほとんど順調に進んでいた。

「では、遠慮なく。帝国だったものは、手放していただきましょう。まぁ、私とてそこまであの国に愛着があるわけではないのですがね。いっそ滅びてしまえばいいと思ってしまうくらいには、嫉妬してしまうのですが、まぁ、我が愛しの蒼姫のためですから、哀れな恋の奴隷たる私は何もできないのですが」
「……そう」

 ロッドバルドの長い口上に、特に何か思うことがあるわけでもなく、マリアは淡々と聞き流していた。
 そんなつれない様子のマリアのことなど、別段気にするような様子を見せるわけでもなく、ロッドバルドは長々と語っていたが、不意に一つ手を叩いた。

「そうそう、忘れるところでした。白の魔女殿」
「私はマリアよ。白の魔女ではないわ。この誰もいないスノウベルクの女王様なの」
「左様でしたか。では、改めて白の魔女ことスノウベルクの雪の女王。私の目的のための布石の第一手を打って下さった貴方に、私から一つ贈り物を差し上げたいのですが、希望などはございますかね? 今なら贈り物として、何でも願いを叶えて差し上げるのも、やぶさかではないですよ?」
「それこそ、悪魔の囁きね」

 失笑したマリアに、心外なとお道化たように肩をすくめたロッドバルドは、やがて胸に手を当てて、華麗に一礼をした。
 何をするのかしら? と冷ややかに見下していたマリアに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「でしたら、貴方の望むものを。この国に、私は干渉いたしません。貴女が統治してる限り、この国に手を伸ばすことは致しません。魔女たる貴方に、悪魔たる私が何か言う事も、何かをすることもしない。これこそが、貴方の望みにもなると思うのですが、はて。如何なものでしょうかねぇ?」

 それは。そんなことを、他でもない悪魔から確約されるのならば、どれほど心強いものか。同じ道を歩まないと決めたのは良いものの、気付かぬうちに第二、第三のマリアを生み出していたら。
 悪魔に干渉されたら、間違いなくマリアはこの国を守れない。
 魔女になってしまったのだから、悪魔には逆らえない。
 それを、逆らうような状況にもしないし、手も出さない。不干渉を宣言されたのなら、これ以上にもないくらいに、マリアのこれからが保証されたのと同じ。

「そうね、それがいいわ。うん、そうであればいいわ」
「それではこれで、交渉成立と言う事で」
「えぇ、交渉成立ね」

 満足そうに微笑んだマリアは、ゆっくりと赤い唇に己の指先を当てた。唇に当て、リップ音を響かせようとしたその時、ロッドバルドに止められた。

「この国を閉じ込めるのは、今しばらくお待ちを。まだ役者たちがこの場にいるのなら、この国の物語を閉めるにはまだ早い。貴女が終わらせようとしている物語の舞台は、彼らが去ってからでも遅くはないはずですよ」
「そうかしら?」

 でも私には関係ないわ、と不思議そうに首を傾げたマリアに、苦笑を浮かべながらロッドバルドは待つように繰り返した。

「貴方がこれからこの国と過ごす時間はとても長い。それを閉ざしてしまうのだというのなら、これからが待っている彼らのために僅かな時間を浪費するのも良いのではないのでしょうか? 少なくとも、貴方と同じ魔女となった彼女のことくらいは、待って差し上げてもいいのでは?」
「灰色の瞳をした、あの子ね。同じ魔女に因縁を持っていたあの子」

 マリアはゆっくりと辺りを見渡して、グレイの姿を認めると、頬に手を当てて悩むような仕草をした後に、こくりと頷いた。

「いいわ、それくらいなら待ってあげる」
「雪の女王の寛大な御心に感謝を」

 ふわりと粉雪を舞い上がらせて、マリアはくすりと満足そうに笑っていた。
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