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「Hazel amd Gray」
黄金色を探して

19 幸せの青い鳥

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「ねえグレイ! グレイったら! どこにいるのさ! 返事をしてよ!」

 ゼルは瓦礫の山をかき分けて、グレイの姿を必死で探した。華奢で頑張り屋な自慢の可愛い妹。守りたいって、守るって決めたはずの、唯一の家族。
 オディールらの話を信じるのなら、魔女となったグレイなら大丈夫だろうとは思うけれども、それでもやはり心配なものは心配なのだ。

「少しでいいから返事をしてよ! 動けないならお兄ちゃん助けに行くから! すぐに行くから! だからねぇ! グレイ無視しないで! 今日のは本当にお兄ちゃん本気だから! 本当に心配しているんだから! グレイ! ねぇ、グレイってばっ! グレーイ!」

 声を張り上げてグレイの名を呼ぶゼルだったが、不意に近くでがらりと大きく瓦礫が崩れる音が聞こえると、大慌てで飛び退いた。がらがら、と小さな破片が転がり落ちる方向を見つめ、再びグレイの名を呼ぶ。
 足場が悪いのを気にも留めず、それこそ何度か転びながらも音の方へと突き進む。
 大きな瓦礫がいくつも積み重なったその場所は今にも崩れそうで、もしもそこに大切な妹がいたらと思えば、いてもたってもいられなかった。

「グレイ!」
「聞こえてるわよ、ゼル」
「あれ?」

 返事は正面の瓦礫の山ではなく、その脇の小山の方から聞こえた。きょとんと眼を見開き、戸惑ったように立ち止まる。くるりと振り返ると、呆れたように苦笑して座り込んでいるグレイが、灰色の瞳をゼルへと向けていた。
 一見したところ、大きな怪我はしていないようだ。それを確認するや否や、ゼルは一目散に駆け出して、飛びつくように抱き着いた。

「グレイイイイイイッ!!」
「だから、聞こえているわ。煩いわよ、馬鹿ゼル」
「馬鹿でも何でもいいよ! グレイが無事でよかった! 本当に、良かった……!!」

 鼻水を垂れ流して無事を喜ぶゼルの苦しいくらいの抱擁を甘んじて受けるグレイは、片手でそっと抱きしめ返した。
 心配かけたのは重々理解しているのだろう。ぽんぽんとなだめるかのようにして背中を叩いてやる。

「私からしてみれば、ゼルが無事で。あの人から取り戻せて、本当によかったわ」
「僕なんかより! グレイのが大変な思いしてたじゃないか! 助けてくれてありがとうとは思っているけれども、それでも女の子なんだよグレイは! 僕の大切な妹なんだよ! お兄ちゃんどれだけ心配したかわかってるの!?」
「私だって心配したの。それを分かってるの?」
「分かってるよ! でも僕のはそれ以上だ!」

 見ていることしかできなかった、僕の気持ちだってわかってよ。
 抱きしめられた手が震えていることに気付いて、グレイは返す言葉を喉の奥にしまいこんだ。
 もしかしたら、こんなにまで本気で心配させたのは、これが初めてだったかもしれない。自分が魔女になったことも伝えていない上に、もしかしたら生命の危機に陥るような状況を、ゼルはあの塔のどれかから見ていたのだとしたら。それを立場を入れ替えて思えば、同じように取り乱したかもしれない。
 言葉を返さないで、ぽんぽんと背中を叩き続けていると、ゼルも少しは落ち着いたのか、ゆっくりと抱擁の力を抜く。
 そして視線を合わせて、何処か不貞腐れたように言うのだ。

「これからは無茶しダメだよって、僕言ったじゃないか。お兄ちゃん、グレイに隠し事はほとんどしてないのに、グレイはそれを破るの?」
「でも、でもゼルを助けたかったのよ」
「いーい? 僕は何度だって言うよ? 世界で一番大事なのは、グレイだからね」

 そう言い切ったゼルに、グレイは困ったように眉を下げながら知ってる、とだけ返した。

「本当に分かってる? 僕が一番大事なのはっ! 世界一可愛い僕の妹である君だよ? グレイだよ? 僕そのためならなんでもやっちゃうくらいには大事なんだからね?」
「ゼルならやりかねないのも、分かってるわ」
「本当の本当に」
「しつこいわよ」
「もう、グレイってば!」

 つれない返事をするのもいつもと同じで、なんだかそんな些細なことが嬉しくて、ゼルは小さく笑った。
 グレイもつられて笑おうとしたが、頬がこわばってうまく笑えない。緊張で喉がカラカラになってきた。

「あの、ねゼル」
「うん? どうしたのグレイ」

 強張った表情のグレイを安心させるように、ゼルは努めて優しく返した。

「私、魔女になったの」
「うん」
「ヴァイオレットの力を受け継いで。魔女に、なってしまったの」
「うん」
「ヴァイオレットは、力を私に渡して、消えたわ。もう、会えないの。存在しないの」
「そっか……。ヴァイオレットが、グレイに想いを託したんだね」
「うん……」

 ゼルは、努めて穏やかに返そうと努力をしていた。
 そう、グレイが己を落ち着かせるためと、何故か膝の上で伸びている、猫の姿のアンバーを撫でていることに、どけこのくそ猫と心の中で荒れ狂っていたとしても。表面上は努めて、穏やかであろうと屈指の努力をしていた。

「だから、私は世俗に関われない」
「うん」
「ゼルとも、お別れ」
「えっ。ごめん、なんで?」

 グレイの言葉を最後まで言わせず、ゼルは至極不思議そうに尋ねた。

「だって、世俗と離れると言う事は、もうこれまでと同じような暮らしができないということなのよ?」
「うん、そうだね」
「だから、これから町で暮らしていくゼルとは別れないと」
「いや、だからどうしてそうなるの?」

 グレイ、今までの僕の話、ちゃんと聞いてた?
 呆れたようにゼルが繰り返すと、グレイがきょとんと眼を丸くした。その様子にゼルは大きくため息をついて、再び繰り返した。

「僕は、世界で一番、グレイが大事なの。だから、君の為ならなんでもするって。どうして別れないといけないのさ」
「えっと……」
「ヴァイオレットのお菓子の家で暮らすの? それとも人目を避けて、今まで住んでた六番街の家? はたまた新しい場所にでも行く? どこでも僕はついていくけど」

 あっさりと言い切ったゼルに、グレイはしばらくぽかんと見上げていたが、ゼルの強い意志を込めた淡褐色の瞳を見つめていると、やがて小さく苦笑した。
 どうしてその考えに至らなかったんだと、自分に呆れるように。

「ねぇ、それよりもグレイ。僕としてはどうしてその猫が君の膝の上にいるのかって方が、とっても気になるのだけど」
「ああ、これ? だってもう私のものだもの」
「……ごめん、今なんて?」

 あっさりと言い切ったグレイの言葉に、ゼルの脳は理解するのを拒否した。信じたくない思いでもう一度聞き返すと、グレイはさも当然のように同じ言葉を繰り返す。

「あの人を倒すのに協力したら、彼の全ては私のもの。そういう契約を結んだの。あの人はもう倒したから、契約に基づいて、彼は私のものなの」
「ごめん、それ言い方にすごく語弊があるからお兄ちゃん全力でやめてほしい」
「……私のもの、って言い方が嫌なの? それじゃ、新しい家族って言えばいい?」
「もっと嫌だ!」

 どうして可愛いグレイにこんな悪い虫な猫がついちゃったかな!
 頭を抱えて叫ぶゼルに、やっぱりねと肩をすくめてみせたグレイ。その滑らかな毛並みをもう一撫でして、ぱちんと指を鳴らした。

「む……?」

 はっとした様子で、ぱちりと琥珀色の瞳を開ける。猫の習性かぐっと伸びをして、ぐるりと辺りを見回してからこてりと首を傾げた。

「ここ、は? 私は……?」
「おはよう、アンバー。気分はどうかしら?」
「グレイか、悪くはないぞ。……おぉ、ゼルも無事だったか! と言う事は、無事に倒せたか」
「ええ。だから、半分よ」
「む。そうであったな」

 頬を引くつかせるゼルに向かって、一度前足で顔を洗ってからアンバーはどこか緊張した面持ちで口を開いた。

「あー、なんだゼル」
「僕は絶対に認めないっ! 認めないからなっ!!」
「話をさせろ、ゼル」
「グレイの傍にお前みたいなむっつりは絶対にっ! ぜえぇたいにお断りだ! むしろお前第二皇子だったろ! めちゃくちゃ世俗に関わってるんだからさっさと離れろ!」
「それはもう捨てた」
「そんな簡単に捨てられてたまるか! いいからグレイから離れろーっ!」

 騒がしいやりとりに、グレイは小さく笑みを零した。
 そう、こんなやりとりが出来るのが、それを聞けるのが、どんなに幸せなことだろう。最後の魔法が間に合ってよかった。
 叫ぶゼルに、たじろぎながらも反論するアンバー。
 その様子を静かに眺めながら、グレイはそっと己の手を握りしめた。微かに震えていた手をぎゅっと抱きしめて、無事に守りきれたことを心から安堵する。

 グレイが最後に放った魔法。
 光の爆発が広がる前に、閉じ込める魔法。竈の中で起こった爆発は、煙突を通って空に消えていくように。そんなイメージをしながら放った、ある種の皮肉めいた魔法だった。
 彼女が人の姿で燃えていたあの光景は、簡単に消えてはくれな
い。ならば、そのイメージのままに終わらせればいい。それを一生抱えて、同じ過ちを繰り返さないように生きていく。
 竈の魔法は、彼女だけを閉じ込めて、彼女の熱量で彼女の姿を消し去った。中心部にいた風圧で吹き飛んできたアンバーをつかみ取れたのは幸運だったのかもしれない。
 ざくりとネズミの姿の彼女ごと切り裂かれたように見えた傷跡は、意識が戻ってすぐに治した。
 グレイの意思に反応するかのように、魔力の源として分けた青い小鳥が近寄ってきたのが幸いしたのか、何事もなかったのかのようにアンバーの傷は完治している。
 グレイ自身は見かけも精神的にもボロボロだけれども、もう一つ、やらなければいけないことがある。
 大きく息をついて、グレイはゆっくりと立ち上がった。

「グレイ?」

 ぱちん、と指を鳴らすと青い小鳥たちが集まってくる。
 全部ではない。それでも大半の。意志を持つ鳥たちを一斉に放って、それから戻ってきた一匹を指に留まらせる。

「ねえ、グレイ。まだ何かするつもり?」
「ええ」
「もういいだろ。グレイだってボロボロだ、これ以上もうしなくていいよ。そこまでしてしなくちゃいけないことなら、僕が代わりに」
「いいえ、ゼル。これはヴァイオレットの想いを引き継いだ、私だからしなくちゃいけないことなの」

 その言葉だけで、彼らは何をするのか悟ったのか、それ以上の言葉は重ねずただ黙ってグレイの傍を歩いていた。
 ありがとう、と小さく呟いて、小鳥の先導する後をゆっくりと追い始める。ふらつく足取りは、時折瓦礫に躓き転びそうになるけれど、そのたびにゼルが支えてくれた。アンバーが小鳥の跡を先になって追いかけて、比較的歩きやすそうな道を示してくれる。

 そうして進んだ先に広がっていた光景は、折り重なるようにして倒れている赤色と黄金色。
 ヴァイオレットがずっと気にしていた、黄金色。紫色の娘。
 力なく倒れ伏せる彼の頬を撫でながら、ひっそりと涙を流すその光景に、アンバーの喉がぐぅと鳴った。ゼルでさえも、痛まし気に瞳を伏せたほどだ。

「ねぇ」
「!」

 グレイの問いかけに、弾けるようにラプンツェルは顔を上げた。
 ヴァイオレットと同じ紫色の瞳から、ほろほろと流れる涙。薄汚れてボロボロになったウェディングドレスは、ただ纏っているだけの存在となっているが、それでも彼の為に涙を流し続ける彼女は美しいと思った。
 小さくヴァイオレットの唇が動く。声は、でない。
 何度も、何度も、グレイの灰色の目を見つめて、声の出ない言葉で何度も同じ言葉を繰り返す。

(たすけて)

 彼を助けて。お願いだから、助けて。
 死んでしまいそうなの。私じゃどうすることもできないの。
 それでもお願い、助けて。
 なんでもするから。私が持っているもの、彼以外ならなんでもあげるから。
 だからどうか、助けて。
 狂ったように同じ言葉を繰り返すラプンツェルの瞳を見つめながら、グレイは静かに口を開いた。

「助けてほしいの?」

 こくん。

「魔女に、助けを求めるの?」

 こくっ、こくっ!

「代償は、何を差し出すの? 貴方は、私が望むものを差し出せるの?」

 グレイがゆっくり近づいていくと、縋るようにラプンツェルは手を伸ばして、その体に祈るように頭をすりつける。
 きわめて淡々と物事を進めようとしていたグレイは、視線でゼルを促す。キースの容態を確認するのに、アンバーを使うのはためらわれた。
 どこか怖気づきながらも、ゼルがキースの傍に膝をつき、呼吸を確認する。わずかながらも、空気の動きが分かる。心臓の上に手を当てた。生乾きの血が服の上でもぬるりとすべるも、強く押し当てれば微かに動いているのは分かる。
 顔色は既に蒼白だが、まだ、生きている。

「まだ、間に合うよ」
「そう」

 グレイは大きく手を広げた。
 呼応するかのように青い小鳥たちが集まってくる。ばさばさ、といくつもの羽音をたてて、グレイに吸い込まれるかのように消えていく。

「本当なら放っておくところだけれど、ヴァイオレットのよしみで、貴方の願いを叶えてあげる」

 ぱっと、ラプンツェルが顔を上げた。

「生命活動に支障がない程度に回復はしてあげる。でも彼はもう二度と魔法は使えない。貴方に微かに残っていたヴァイオレットの力の残滓をも使うから、もう貴方の声が戻ることはない。それでもいいの?」

 ラプンツェルはただただ必死に頷いた。
 彼に怒られてもいい。声が戻るかもしれないわずかな可能性だってなくなってもいい。
 条件なんかなんでもいいから、彼を助けて。
 その思いだけで、ラプンツェルは頷いていた。
 グレイは一つ小さく息をついて、それから一つ指を鳴らした。

「契約成立、よ」

 ぱちん、と音が鳴り響く。
 視界いっぱいに小さな青い鳥の羽が舞い飛ぶ。
 思わず目を閉じたラプンツェルの耳に、とん、と静かな声が聞こえた。

「幸せになりなさい」

 それは救いをくれた灰色の瞳の魔女の声のようで。それでいてどこか、ヴァイオレットの声にも聞こえた。
 それがどちらかは分からないけれど、ラプンツェルはその言葉をひしと胸に刻んで、ゆっくりと目を開いた。
 雪の代わりにゆっくりと舞い落ちる青い羽。
 不思議な二人と猫の姿はどこにもなくて、横たわる彼と自分しかいない世界に放り出されたような気がした。

 ゆっくりと、彼に近付いた。
 そっと手を伸ばす。
 血色が戻った滑らかな肌。胸に手を当てれば、帰ってくる力強い鼓動。瞼の下も落ちくぼんではいなくて、肌から伝わってくる感触は確かに暖かくて。
 ぽろりと、涙がこぼれた。
 彼が生きている。それだけでもう、幸せだ。
 ラプンツェルは、そっと彼の頬に手を滑らせて、それからゆっくりと口付けた。

(好き)

 声はもう出ないけれども、それでも伝わるようにと。ただ重ねるだけの口付け。
 それでも。

「知ってる」

 満足そうなその言葉が返ってきたことに涙は決壊して、ラプンツェルは思い切り抱き着いた。
 もう大丈夫だ。もう、彼はいなくならない。
 好きよ、大好き。だからどうかもう、私の傍から離れないで。
 そんな想いが伝わるようにぎゅうぎゅうと抱きしめれば、力強い法要が返ってくる。そんな些細なことですら嬉しくて、涙は止まらない。

「本当に、お前は泣き虫だな」

 呆れたような言葉でも、再び貴方の声が聞こえるのならなんでもいい。
ぽろぽろと涙をこぼし続けるラプンツェルの目尻を強引に擦って、キースは困ったように笑った。

「とっとと泣き止め。それで、俺のためだけに笑え」

 なぁ、ラプンツェル。
 ラプンツェルは、声にならない声で返事をして、それから、満面の笑みを浮かべた。
 にっこりと、これ以上にないくらい幸せであることを噛みしめながら。
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