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「ARUTOYU_MA」
第一章 白き乙女

11 ……僕も、変われる、の?

 ←10 ……お二人とも、異世界経験者でしょう? →12 いと。お前は、それでいいのか?

「確かに、俺にはその言葉の呪? ってヤツは効いてない。まあ、似たようなもん持ってるからな。いとは抵抗失敗したみたいだけど。ああ、言葉の呪ってのは、アレな。最初に理事長が、そのまま聞いて下さいって言ってたろ? アレ。強制力みたいなもんが発生してて、現にまだ話せないだろ?」

 聞いてもいないのにぺらぺらと説明してくる暁の言葉に、何故言葉が離せないんだろうと言う疑問は解消された。解消はされたのだが、暁が話している内容は全く理解できない。
 それなのに、暁は楽しそうに理事長と話を進める。

「で、俺らをってのは一回経験しただろうから、ってことかー。まあ、そっちの世界は知らないけど、全然別のとこだぞ。俺ら行って帰って来たの」
「それでも、今動揺しないくらいには理解できるでしょう? この内容を」
「そりゃそうだ。前のは問答無用で召喚されて、はい、魔王倒してー、やったぜ倒せた! と思ったらこっち帰って来てたわけだし。破格の待遇じゃね? これで二回目の俺らが理解できないとか、そりゃないわーって話じゃん?」

 がつ、と机の下で何かが蹴られた。不機嫌を隠さない結徒を見て、痛みを感じない己の足を見て、それから暁は隣に座る友喜を見る。
 俯いたままなので予想でしかないが、恐らく暁の足を蹴ろうとして友喜の足を蹴ったのだろう。そっと椅子の下に潜り込ませるように足を避難させたのが見えた。
 ごめんなー、と声を掛けたが、増々畏縮したようで、何も反応は帰ってこない。結徒を見上げて窘めるような視線を送るが、強く睨まれて相手にされなかった。

「まあ、それで言えば、経験者であるなら、俺らじゃなくて理事長自身がもう一回行けばいんじゃねぇの? って思う部分もあるんだけど?」
「願いは一人一度のみ、だそうで。それならば気にかけている生徒の経験にした方が良いと思いまして」
「いやいやいや、そんな留学しようぜ! みたいに軽く……あー、でもそんなもんなのか?」

 大きく見れば、春休みの間異世界留学していると思えば、そう変わらないのかもしれない。ただし、留学先の研修内容は異世界救援です、なんて笑えないものだが。
 自分の思考に失笑を漏らし、それから暁は変わらぬ軽い様子で頷きながら続けた。

「俺は……、そうだな。いとが行ってもいいってんなら全然いいぞ」
「深く内容を聞かなくても大丈夫なのですか?」
「んー、ソレはソレで何とかできる自信があるし。ただ、この、白米食いてぇな。糖分欲しいよなって話をする相手がいるとモチベがものすごい保てるから、いとがいると楽しさ二乗。いってぇっ! 脛! 脛にクリティカルヒット!」

 今度はしっかり蹴られたようで、机に頭を押し付けながら騒がしくも脛を押さえて悶えている。
 その様子を微笑ましそうに眺めていた理事長だったが、小さく咳ばらいを一つして、一同を見回した。

「では、順に聞いていきましょう。質問があればその時にどうぞ。それまでは続けて聞いていて下さい」
「よーし、じゃ、俺助手やろ。経験者先輩其の二への質問も受け付けてますー、どうぞごひいきにー」

 茶化すのは程々に頼みますね、と釘を刺してから友喜と流風を見やり、その表情を見比べてマシな方……友喜の方を見つめた。

「そうですね、時計回りに行きましょう。龍神さんの隣、魚若さん」
「!?」
「どうぞ、《お話し下さい》」

 話してくれ、と言われても、何を言えばいいのかわからなかった。ただ、それまで聞かなければいけないと、強迫観念のように思っていた気持ちは霧散したのは分かる。分かるが、だからと言って何かが発言できるわけじゃない。

 視線が、集中しているのが分かる。
 何か言わなければとは思うが、何を言えばいいのかわからない。だって、荒唐無稽な話だ。何を信じればいい、何が正しいのかわからない。分からないのに、最初に話せと言うのは友喜に対してとても難しいことだった。
 あちこちから、早く話せと視線でプレッシャーを掛けられている気がする。イライラと貧乏ゆすりをされているのが分かる。
 話さなければ、何か言わなければいけないと思えば思うほどに頭が真っ白になる。言葉が出なくて、無意味に唇を震わせるだけになる。

 辛抱強く待とうとした理事長だったが、場の空気に圧し潰されかけている友喜の様子を見て、言葉の呪を放つ。

「話を聞いてどう思いました? 魚若さんの《一番強い思いを教えて下さい》」

 理事長が放った言葉は、友喜の胸にじわじわと広がる。
 にわかに信じられない話ばかりだった。異世界なんて、何を言っているんだろうと思った。でも、それよりも、なによりも。

「……僕も、変われる、の?」

 理事長は言ってくれていた。
  きっかけがあれば、幾重にも変われる。何にでもなれる、と。
 その言葉は本当なのだろうか。本当に、そう思ってくれているのだろうか。その可能性は、あるのだろうか。
 震えながら絞り出した声に、理事長はゆっくりと頷いた。

「変われますよ。ただその一歩が踏み出せないだけ。今の環境で、踏み出せないだけでしょう」
「どう、して」
「どうして、そう言い切れるのかってことでしょうか? それなら簡単なこと。昔の自分を見ているかのようですからね、貴方は」
「ほほーう、理事長の体験談的な?」

 ニヤニヤと笑いながら茶化した暁の言葉に、理事長は小さく苦笑を浮かべた。

「情けない男の話をしましょう」

 それは、とある男の話だった。

「彼の気はとても弱かった。どれほど歳を重ねても、日常を過ごしても、常に周りの表情を伺って、人に意見をするのがとても怖かった。昔、若い頃に『お前の意見は聞いてない』なんてことを散々言われたからでしょうね。人に物を伝えるのが酷く恐ろしかった」

 それは、どこか今の友喜にも重なる部分があるように思える男だった。
 恐々と友喜が顔を挙げたのを見て、理事長は彼に語り掛けるようにして話を続ける。

「そんなある時、不思議な少女が現れて、異世界を救ってくれと言われました。現実逃避がしたかったのでしょう。私は是と答えました。そして、あの世界へと降り立った」

 逃避したかったからこそ、とんでもない話でも受け入れられたのだろう。非現実的出来事を、するりと受け入れられたのだろうと、今だから思える。
 理事長は思い出すかのように、静かに瞳を閉じた。

「あの時は、異界の穴を塞ぎ、侵略を防ぐことが最終目標でしたかね。たくさんの魔物を殺しました。何度も吐きました。なんでこんなこととも思いました。それでも、助けたい人がいた。頭を殴られるように視界が開けるような出来事もあった。それから、男は変わった」

 懐かしむように一つ一つ語られる言葉。思いを馳せているその瞼の裏には、過去の情景が広がっているのだろう。
 ある男のとは言っているが、この場にいる誰もが理事長が通って来た道だと察していた。

「非日常の世界だから、そんな世界だったから気が大きくなっていたのかもしれない。現実に戻ればこれまでと同じように畏縮するかもしれない。だからこそ、ほんの少しの強制力を得る《言葉の呪》を願った」

 幾分か皺が増えた己の手を見つめ、ゆっくりと握りしめる。そして真っすぐに友喜を見つめた。

「あの頃と同じ繋がりがあれば立っていられる。それが男の変化となったのは間違いありません。だから、君も変わることができる。絶対に、変わる」
「まあなー、あの頃の経験って全部が衝撃になるからな。変わらないままではいられないと言うか」

 しみじみと同意する暁の様子に、友喜は信じられないとでも言うかのように小さく首を振った。前髪に覆われていない方の片目が、泣きそうに歪む。

 だって、そんなのありえない。その発想こそがありえない。
 もしも、万が一、その可能性があったとして、本当に友喜自身が変われる保証などどこにもない。
 自分が出来たから、他の誰かもできるなんて、その期待が重い。その期待に応えられる自身もないのに、期待されることがとても恐ろしくて仕方ないのに!

 そんな友喜の心情を察してか、理事長は優しく言葉を紡いだ。

「信じられないでしょう。自分には無理だと思うでしょう。……色々考えてしまうでしょうが、そうですね。考えたって、否定意見しか出ませんよ。その方が、人に落胆された時に自分が傷付きませんから」
「……っ」
「ははあ、似た者同士だったから、分かる心情ってやつだな」
「龍神さんには理解できないでしょうねぇ」
「そうだな! どうすれば自己保身できるかとか、考えねぇもん。最低限のセーフティネットは張っても、基本的にどうすれば理想に近づけられるか、って考え方しかしないわ」

 カラカラと笑う暁に、やっぱり次元が違う存在だなと、その域に達することは出来ないと、友喜はぐっと唇を噛みしめた。
 だって、そうだ。傷付きたくはない。それは当然だ。
 期待される恐怖、応えられない恐怖。そんなのとは無縁の人間には分からないだろう。

「異世界行きを、強制はしません。ですが、何故自分がこんな風に……なんて思ったら、行った方がいい、とだけ先達者としてお伝えしましょう」
「なんかこう、他人事ーと思いながら聞いてると、下手な宗教の勧誘みたいに思えるから不思議だよなー」

 そう思わねぇ? と振られても、友喜は返すことができないでいた。
 ただぎゅっと強く拳を握りしめて、俯いて表情を隠すことで自分とそれ以外とを分けているようで。自分の内側に籠ってしまっているその様子を、理事長は苦笑しながらも優しく見守っていた。

 言葉を待っていても、きっと彼は発せない。ぐるぐると、自分の中で渦巻いている感情と恐怖で一杯だろうから。
 そう判断した理事長は、対面に座る結徒へと視線を移した。
 不機嫌そうな、憮然とした視線を返される。

「さて、隣の遠野さんに移りましょう。どうぞ、《お話し下さい》」
「ふざけんじゃねぇ、オレは帰る」

 開口一番に、結徒は不機嫌そうに吐き捨てた。

「好き好んで二度目にホイホイされるのはバカツキみてぇな物好きだけだっつーの。オレは二度と御免だ」
「あ、おい!」

 鞄を引っ掴んでさっと退出した結徒を引き留めようと伸ばした手は意味をなさず、びしゃりと閉じられた音が空しく響いた。肩に乗せた手を振り払われた少女が、唖然とした表情で閉じた扉を見つめている。あっという間の出来事に、誰もが驚きを隠せないでいた。
 やれやれ、とでも言いたそうな慣れた様子の暁は、小さく肩をすくめて己の鞄を引っ掴んだ。

「んー…、俺追っかけるわ。なあ、詳しいこと聞くのは明日でもいいか? 連絡手段とかある?」
「では、明日は彼女がここにいます。貸し切りの手続きをしておきますので、日が登っているうちにここに来てください」
「了解、サンキュー理事長。あとは任せた! じゃっ、三人共また明日なー!」

 慌ただしく鞄を掴んで進路指導室を出て行く暁。残された室内は、静寂を思い出したかのようにしんと静まり返っていた。

「やれやれ。彼の中では全員が参加すると決まっているかのようですね」

 苦笑する理事長に、同意するかのようにして少女は微笑んだ。それから、すとんと暁がいた場所に座り、隣で俯いている友喜に笑いかける。
 少女は意思が固まるまで何も話さないとでも言うかのように、友喜達が入って来てからは一度も口を開いてはいない。

 何故、どうしてと問い質したくても、理事長が許可をしない限りは口を開こうとしても開けない。理不尽さに唇が震える。同時に、魔法みたいなもんが本当にあるんだなと、どこかで喜ぶ自分がいた。ゲームみたいな世界が本当にあるんだなんて、と思う自分も大概だなと、政葵は己のことながら小さく肩をすくめる。
 おそらく、次は自分の番だ。

「では、刀修さんの番です。どうぞ、《お話し下さい》」

 やっぱりと思うと同時に、それなら一番気になることは、一番聞きたがっている奴に譲ろうと、政葵は顔だけちらりと理事長の方へと向ける。

「理事長は……あー、この話題に関しては口調崩してもいい?」
「どうぞ。龍神さんは直ぐに崩されましたしねぇ」
「そ。じゃ、率直に聞くけど、理事長はゲームとか詳しい?」
「……いえ、あまり触れてこなかったので」
「あっそ。じゃ、いいや。暁先輩に聞くわ。以上、終わり」

 あっさりと口を閉ざした政葵の態度に、理事長をはじめ、友喜と少女も目を丸くしていた。

「本当に、それでいいのですか?」
「HP管理、スキル構成、ジョブコマンド、モブ狩り、効率重視パ、ダメ率計算、リポップ。……理解できるの一つでもあるわけ?」

 目を白黒させている理事長を見て、大きく息をつく。

「ねェんだろ? だから話にならねェからいいっつってんの。……あー、だからその為だけにアイツの番号教え……いや、オレの番号伝えてくれる? 電話くれって、それだけでいいや」

 暁の番号を教えてくれと言いかけて、政葵は思いとどまった。あの人気者の番号を知るだなんて恐ろしいことはしたくはないのだが、今いないものは仕方ない。非通知でかけてきてくれねぇかなと願いながら、鞄をあさる。
 適当なノートを破り、さらさらと自分の番号を書いて畳んで理事長に渡した。

「なにより、一番聞きたいことは流風が聞くだろうし」

 そうだろ? と視線を向ければ、未だ蒼白い顔の流風が薄らと頷いた。
 視線は少女に向けられている。少女は困ったように理事長を見上げて、その視線を受けることはしない。視線が、合わない。

「そうですね、一番言いたいことが多そうな戸狩さん。お待たせしました、どうぞ《お話し下さい》」

 流風は、震える口を開いた。
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