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「ARUTOYU_MA」
第一章 白き乙女

15 ああ、本当に、嫌だな……

 ←14 ……いい。遺言になるくらいなら、墓まで持ってく →16 貴方も、怖いの……?

「今日は、やめとくわ」
「そうして。ちょっと、八つ当たりしない自信がないし」
「ま、仕方ねぇか。大人しくオンゲしてるわ。……あんまり気にすんなよ、じゃあな」

 言葉数も少なく、玄関先で政葵と別れた。郵便受けを開き、ダイレクトメールを手に自宅の扉に手を掛ける。
 大きく息を吐きだして、ゆっくりと開く。

「……ただいま」

 大丈夫だ。いつもの玄関。勝手知りたる我が家。
 そのことに酷く安心して靴を脱ぎ、リビングへ顔を出す。

「ただいまー」
「あら、お帰りなさい。今日は部活なかったの?」
「終業式の日はさすがに免除」
「早いわねぇ、もう一年生が終わりだなんて。ああ、それじゃ政葵ちゃんも早く来るかしら?」
「今日は来ないって」
「あらそうなの? うーん、おすそ分けに行こうかしら?」

 マイペースな母親に荷物を置いてくると告げて、とんとんと階段を駆け上がった。
 個室が並ぶ狭い廊下。自室を開こうとノブに手を掛けて止まる。

 隣の部屋に視線が向く。そろそろ一年ほど経つだろうか。部屋の主が家から出て行ってからだと、二年になるだろうか。
 普段は意識しないようにしていたそこへ、流風はゆっくりと足を向けた。
 同じ作りの木目調の扉。鈍い金色のドアノブ。前はポップな手作りのプレートが掛かっていたため、掛かっていた部分がすり減っている。
 どくりどくりと、心臓が早鐘を打っている。

『流風兄。私ね、お父さんと一緒に行くことにしたの』

 よみがえるのは、両親の離婚が決まり、自分たちの養育者がどちらになるか選ばせられた時だった。
 両親の離婚については、何があったかは分からない。どちらが不倫したと言うわけでもなく、大きな夫婦喧嘩があったわけでもなく、ただすんなりと、気が付けば離婚届が出され、受理されていたのを決まってから知らされた。
 当時、中学三年生になったばかりの流風と、中学一年生になったばかりの妹の風華には寝耳に水の出来事であった。

『だって、お母さんがこの家に残るんでしょう? それなら流風兄だけじゃなくて、真兄も政葵姉も一緒にいる。だったら、お父さん一人じゃ寂しいじゃない』

 今まで通りの環境も、仲のいい友達も、全部全部置いて父と共に行くと言う。
 部屋の荷物をまとめている間、何度か本当に行くのかと確認もした。流風はもちろん、政葵も、母も、父も。それぞれが別々に何度も何度も確認するものだから、しまいには作業の邪魔と怒って部屋を追い出されたのも、よく覚えている。

『お父さんとお母さんが離婚することになったのは、私にはもう、どうしようもないのでしょう? お父さんが不倫していたわけじゃないんだったら、お父さん本当に一人になっちゃうんだよ。流風兄はそれでいいの?』

 流風は名字が変わらないのなら別にと素っ気なく返事した覚えがある。自分もそうだし、いい大人なのだから、一人になったら生きていけないなんてこともない。
 だから別に家を出て姓を戻すと言った父親のことは特に何も思わない。ああ、離婚するんだ。大事になって変な目で見られたら嫌だなぁなんて、そんなことを思っていたくらいだ。

『私はどっちの親に会うのも許されているからね。 だって娘だし、法律でもいいんだってテレビで言ってたのを聞いたことあるし! あ、流風兄もたまには遊びに来てね。私、家事いっぱい頑張るから』

 無邪気に笑う妹の姿を見たのは、それが最後だったような気がする。
 新居に移ってしばらくしてから訪れた。その時に見たのは……。

「っ……ぐぅ……」

 脳内に広がる赤い光景に、胃液がせりあがってくる。気持ち悪さにめまいがした。

 だめだ。
 開けられない。開けてはいけない。開けるな、だめだっ!

 ノブに手を掛けただけで、心臓が嫌な音を立てて軋む。喉が引きつくように空気を通さなくて、薄く開かれた口元から胸に辿り着けなかった息が零れた。
 強張った手を無理やり引きはがして目元を覆うと、どくんどくんと塞き止められていた血が勢いよく流れて行くのを感じる。はぁ、と震える吐息を零して廊下に蹲った。

 ああ、嫌だな。
 もう、一年近く経ったのに。やっと一年近く経ったのに。
 この部屋の出来事ではないのに。この部屋の持ち主が中で倒れていたらどうしようと考えてしまう。

 未だに流風はこの部屋を開けられない。開けるのが酷く怖い。
 トラウマになんかしたくないのに。普通に生きていたいのに。

 普通ではない異質な自分が酷く嫌だ。
 普通ではない出来事に、風華の姿の少女が関わっているのがとても嫌だ。
 普通からどんどん外れてしまう自分が、一番嫌だ。

「ああ、本当に、嫌だな……」

 ぎゅうと目を閉じる。真っ暗になる視界に安心する自分がいる。
 このまま何も考えなくてよくなればいいのに。この黒に溶けて消えてしまえばいいのに。
 そんなことを思いながら、深く、深く息をついた。
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