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「ARUTOYU_MA」
第一章 白き乙女

17 なんでアイツ、しれっと仲良くなってんだよ

 ←16 貴方も、怖いの……? →18 そんな、軽くでいいのかよ

 ポーンと、音を鳴らした。
 調律されたばかりの鍵盤は、思った通りの音を響かせる。防音対策されている部屋の空気を震わせて音が溶け消える。
 今日はピアノレッスンする生徒がいないはずだ。母親の演奏会があるとかで、両親ともが不在の文字が冷蔵庫に貼ってあったのを先ほど見かけた気がする。
 母親専用の特別なピアノを触る許可は未だに下りていないので、レッスン用のピアノしか自宅では触れられない。そのレッスン用のピアノも、どこそかのメーカーのお高いグランドピアノだと母が言っていたような気がしたが、興味があまり持てないのであまり覚えていない。調律師による調律がちゃんとされて、期待通りの音が出ていれば文句は言わない。

 母親が有名なピアニストで、父親はそのマネージャーとしてあちこち飛び回りながらスケジュール調整をしているのは知っている。両親が音楽家系だったため、結徒にとってピアノに触れるのは当たり前のことで、音が溢れる日常は普通のことだと思っていた。
 好き好んでピアノが弾きたいわけじゃない。それでもピアノを弾くことは日常化しているくらいに当たり前のことで、同じ場所に楽器があるのなら弾かないわけにはいかないと言うかのように指が勝手に動く。

 結徒の耳は、雑多なニュースを流すテレビやクラスメイトが笑う下世話な話題よりも、演奏の方が心地よい。ただ、それだけ。
 鍵盤に指を置く。基本となるドの音は右手の親指。さて、何を弾こうか。何を奏でようか。
 気分が赴くまま指を動かそうとすると、普段なら母親のふざけた名前の練習曲になる。……その練習曲も、悪ふざけでできた即興曲だと言う事に気付いたのは、つい最近のことだが。
 左手は少しずらして、低いラの位置へと持っていく。

 ―…ラ、ミ、ラ。

 年少児に比べれば大きくなった手は、一オクターブも余裕で届くようになった。あの頃はまだ届かなくて、鍵盤から手を落とすようにして届いたと強がって言っていたなと、薄く笑う。
 左手は三拍子で、右手は主旋律を。
 子供向けの練習曲の一つとして載っていたベートーヴェン作曲の『旅商人』。一曲自体は子供向けの練習曲なのでとても短い。
 指が勝手に動く。単調な旋律。短い前振り。そこから強弱をつけて音階をあげてゆく。商売をして、移動して、変動する旅商人の道筋を記すかのように。

『全部音符振らないとできないから! わかんないよ、なんでここたらんってなるの!?』
『そう書いてあるだろっ! それにここ、デクレッシェンドからクレッシェンドの記号が』
『日本語でそう書けばいいじゃない! 意味わかんないよ!』

 楽譜が苦手な彼女……奏芽が発狂しながらドレミを書き込んでいたのを覚えている。挙句の果てに代わりに弾けとばかりに見本を何度も何度もせがんできたのだ。
 母親は困ったわねと笑うだけで、彼女の暴走を咎めなかった。

『アタシよりも結徒が弾いた方がよっぽど上手だもん。それならアタシ、歌うわ! この前テレビで見たの。ピアノの伴奏に合わせて、綺麗なドレス来て女の人が歌ってた!』

 耳は良いのだけど、ピアノ教室ではなく音楽教室ね、と笑っていた母親に、嬉しそうに発表していた幼い頃の笑顔が蘇る。
 短い曲なので、指は余韻を弾きながらも再び最初から弾き直す。何度も何度も繰り返し繰り返し、同じ曲を弾き続ける。
 ああ、聞こえてきそうだ。あの自信にあふれた幼いソプラノの声が。適当に当てはめたのかと思えば、一生懸命考えたのよと薄い胸を張っていた歌が。

『旅商人たちは 砂漠を旅する
 西から東へと あてもなく
 異国の子守歌を 口ずさみながら
 故郷の家族を 思い描いて
 砂漠の風と共に 今日も旅する』

 偉大なる音楽家であるベートーヴェンに対する冒とくだ、と喧嘩したような気がする。両成敗と楽譜の束で二人して叩かれた気もしてきた。
 なんだか今日は、思い出してばかりだ。
 そんなことに気付けば、ふと指は止まった。

「……クソッ」

 鍵盤をたたくことは出来なくて、ぐっと拳を握る。
 原因は明確だ。分かっている。目を逸らし続けてきた反動で、明かされた事実の大きさに動揺しているのも理解している。

 それでも、予想外だったのだ。
 暁が、まさか本当に探し出しているとは思わなかったのだ。
 奏芽の存在をにおわせてしまったのだって、前回のクソみたいな召喚に巻き込まれて、意識がもうろうとするような状況で、死を意識してしまったような時のことである。その一回だけで、隠れて見つけられて、交流を持たれているとは誰が思うものか。

「なんなんだよ……」

 ロシア人の母と日本人の父。ハーフの結徒の外見は母にそっくりで、その外見に昔から煩わされてきた。それだけじゃだめなのか。それだけでは足りなかったのか。
 中学に上がる前に姿を見せなくなった奏芽は、結徒の容姿などに振り回されない希少な友だちであった。幼い頃はそうだ。小学生の間に依存してしまったのだろうか、そう思って多感の中学生では距離を置いた。入院していると母親から聞いても丁度いいと思ってしまい、会いに行くことはなかった。

 会いに行きたい。でも、変わっていたら?
 また依存してしまったら?

 会いに行くのは怖い。でも、結徒の交友関係は少ない。数少ない友を心配して何が悪いとも思ったが、ひねくれた性格になってしまった自覚がある自分に、それを表に出すことはできない。
 一度目の手術の時は、成功したと母親がわざわざ知らせてくれた。二度目の手術の時は、術後数か月後に行っていたのだと学校の噂でちらっと聞いた。
 聞いても、動けなかった。

 三回目の今はどうだ。帰りに聞いたばかりだ。明日は誰も来てほしくないと言っていたらしい。今から行けば、顔くらいは見れるのではないか。
 そこまで考えて、小さく頭を振った。

 ―…だめだ。距離を置いても、あいつに依存している。

 近付いては駄目だ。自分にとって居心地がいい相手が、相手にとっても同じとは限らない。そこに恋情が含まれたら面倒だ。ああ、でも一つだけ。

「なんでアイツ、しれっと仲良くなってんだよ」

 アカツキと仲良くしてんじゃねぇよばーか。
 動けないのは自分の方だと言うのに、結徒は不満げに零して、そっと鍵盤に布を掛けて蓋を閉じた。
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