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「ARUTOYU_MA」
第一章 白き乙女

22 後悔は、したくないから

 ←21 ここで怖気づいたりしねぇよ →23 彼は、来るでしょうか?

 学校へ向かいます、と告げれば玄関に車を回されていた。誰かに頼りたいわけじゃないのにと思いながらも、断るすべを知らない友喜は静かに乗り込んだ。

 未だ、少し悩んでいる。
 本当にこの選択をして良かったのか。この選択肢が正しい選択になるのか。
 昨日の出来事は全て夢で、本当はこれから昨日がやり直されるのかもしれないと疑ってしまっているくらいだ。
 変わりたいと願った。変われると言われた。ソレに縋りたいとも思った。だから、踏み出すのだ。踏み出したいのだ。
 萎えそうになる心を必死に叱咤して、やっぱり引き返しますと飛び出しそうな言葉を喉の奥に押しやって。ぐっと唇を噛みしめて、到着の声が掛かるのを待った。
 長い時間をかけて動いていたように感じる車が、緩やかに止まった。恐々と顔を上げると、到着を告げる声が掛けられる。

「御子息様、お迎えは……?」
「……どれくらい掛かるか、分からないので……。連絡を、入れます」
「かしこまりました、ではそのように」

 校門前で友喜が降りると、滑らかに車が発進する。それをぼんやりと見送りながら、胸元に手を当てて逸る動機を抑えようとする。
 緊張している。祖母と対峙する時と同じくらいに緊張している。どくどくと早鐘を打つ心臓は、このまま止まってしまうのではないかと心配になってくるくらいに早い。
 友喜は一度ぎゅっと強く目を閉じて、深く深く息を吸った。震える息をゆっくりと吐きだすと、校内に向けて歩き出す。

(大丈夫)

 しんと静まり返った人気のない昇降口。靴を履き替え廊下を進むと、自分の足音だけがぺたりぺたりと、少し大きく反響して聞こえる。すれ違う事のない人影、悪意の囁きは聞こえない。蔑んだ視線もない。とても、静かだった。

(ずっと、このまま一人ぼっちは、嫌だな……)

 普段は心地よいはずの静寂が、どうしてか寂しく思えてしまう。あんなにうるさく主張していた心音は、いつの間にか大人しくなっていた。
 俯きがちに足を進める。
 たんたん、と自分の足音ではない音が、何処からか聞こえる。なんとなく顔をあげた。
 丁度階段を下りていた流風と視線が合った。ぼんやりと見つめていると、流風は苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。

「お前も、かよ……」

 唸るように零れ落ちた言葉は、距離が離れていてもよく聞こえた。
 いつものような、己に向けられた悪意とは違うような気がして、友喜はこてりと首を傾げた。

「貴方は違うの……?」

 今、学校にいることが答えではないのか。それに対しての問いではないかと返した言葉に、流風はカッと頭に血をのぼらせて掴みかかって来た。
 胸元を強く掴まれ、第一ボタンまで閉めているワイシャツが首を絞めて痛む。堪えようとして唇を引き結ぶと、ぐう、と喉が空気を詰まらせる音を発した。

「普通はっ! 信じられるはずがない! 選択するはずがない! 馬鹿なこと言ってるなって、一蹴しておしまい! それが普通なんだ! 普通なんだよ⁉」

 激昂したように叩きつけられる言葉に、友喜は身を縮ませながらも、すとんと理解をした。
 そうか、これは世間体を気にしている自分の意見だ、と。
 本当にいいのだろうか、間違っていないのだろうかと先ほどまでも悩んでいたのだが、結局のところ流風の言う通りなのだ。
 普通じゃない。普通なら信じない、ありえない。

 友喜もどこかで同じことを思っているのだろう。だからこそ、そうだねと心の中で同意してしまうのだ。
 それではいけない。変わりたいと願ったのだから、自分が納得できるように、言葉を紡がなければ。委縮していないで、言葉を発しなければ。

「……でも、普通じゃないから。普通じゃないからこそ、信じたいと思うのだし……それでもいいから、嘘でもいいから、縋りたくなるんじゃ、ないの……?」
「お前と一緒にするなよ⁉」
「っ、僕と貴方は違うよ」

 ぐう、と増々強く締めあげられる。抵抗しようと腕をタップするも、流風の力は緩まない。

「お前とは違う! 俺は普通だ。普通なんだよ。なんてことない、埋没するような、特に目立つところもない、普通の……!」
「違う、よ」
「違くない!」

 意味がちゃんと伝わらない。流風と友喜の境遇は確かに異なっている。だが、そうではない。

「違う。……だって、貴方は望まれてる」
「お前と比べれば」
「あの子に、来てほしいと望まれている。選んで欲しいと言われた僕たちとは、違うよ」

 ぎりりと、強く歯を食いしばったのが分かる。その強い瞳が、お前に何が分かると憤っているのが分かる。
 遠目に囁かれている悪意。侮蔑の視線。それらをもこんな至近距離で向けられたことがない友喜は、恐怖を飲み込もうとごくりと喉を鳴らした。

「あの子は、最初に『この世界にいて、楽しい?』って言っていたんだ……」

 思い出すのはあの少女が現れた時。
 あの時、誰もがその出現に驚いていた。それなのに、誰も彼女の言葉に答えなかった。答えられるような状況でも問いでもなかったようには思えるが、教室内で囁かれていた内容を聞くに、誰も最初の言葉を聞き取れていなかったようだ。
 あんなにはっきりと聞こえたのに、と不思議に思うが、目を見開いた流風の反応を見ても、聞こえたのは友喜だけだったのだろう。非現実的出来事ではあるけれど、言葉の呪のようなものなのかもしれない、と昨日の放課後を知った今なら思える。

「僕を見て『これで、選出者は揃った』って、言っていたんだよ」

 僕は最後の数合わせ。

「僕なんかが、言う事じゃないけど。貴方は最初から、望まれていたんだと、思う」

 流風の揺れる瞳を真っすぐ見つめる。

「戸狩さんと、刀修さん、二人とも……」

 友喜には、あの少女と流風や政葵の間に何があったのかを、昨日の会話内容から察することしかできない。
 流風はあの少女を風華と呼んでいた。そして死亡を確認したと言っていた。だが理事長はあの子は選出者だと言っている。そして共に異世界を救った者でもあると。
 どれが本当でどれが真実なのかは、部外者である友喜には分からない。分からないけれど、既知の仲であるからこそ望まれている。
 望むことができると知った友喜とは真逆で、望まれる立場であることを羨ましいとも思った。

「僕は、きっと最後に滑り込んだだけで……きっと、おまけなんだろうけど」

 揺れる瞳。困惑の表情。その中にある怯え。
 きっと移動中の友喜も同じ表情をしていたのだろう。他人事のようにそれを見つめ、少し前の自分に言い聞かせるかのように、はっきりと言い切った。

「後悔は、したくないから」

 流風の腕は、あっさりと解けた。力なく下ろされる手を外し、襟元を整える。一つ息をついて、友喜は顔をあげた。

「……行く、ね?」

 眉を下げて、何かを堪えるかのように俯いた流風から、一歩距離を置く。そろりと背を向けて歩み出した。
 ぺたりぺたりと進む友喜の足取りに、もう迷いはなかった。

 結局のところ、後悔はもうしたくないのだ。それだけ。
 これほど整えられた状況は、もう二度と訪れない。
 暁のように手を伸ばしてくれる者が現れるとも限らない。
 変われるはずだと後押しの言葉を掛けてくれる理事長のような存在も、都合が良すぎるような機会も、あるようには思えないのだ。
 怯えて後悔ばかりする日々に区切りをつけるには、今しかないのだ。

「……後悔、なんて」
「え?」

 友喜が振り返りかけると、その横を足早に流風が通り過ぎて行った。小さくなってゆく背を見つめ、この廊下が続く先にある目的地は一つしかないと察すると、友喜は小さく口元を緩めた。
 見失わないように、それでも追いつかないように。
 友喜は静かにその背中を追いかけた。
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