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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

10 ありえないは封印

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 つんと、潮の香りが深く鼻をくすぐる。
 空は抜けるように青いし、海は絶え間なくキラキラと光って、船が進むときにあがる水しぶきが冷たくて、のびのびと身体をのばしてお昼寝でもしたら絶対気持ちよさそうだと思う。

 ……思うだけだけど。

「うぅ―…」
「まだ辛い?」
「うぁ―…」

 船縁に寄りかかって、だらんと腕を伸ばして頭を壁に押し付けてるわたしは、絶賛船酔い中だった。
 意識を失っていたのはほんの少しの間だけだったみたいだけど、その少しの間に外に連れ出されていた。

 まさか船酔いで、目を開けなくてもくらくらするなんて思わなかったけど。
 どうしよう、物凄く気持ち悪い。
 頭がくらくらとするし、胃から何かが逆流してきそうだ。
 揺れない陸が、とっても恋しい。

「おい、ネズミ。水、早く持ってこい」
「猫に命令される筋合いはないんですけど」
「ごめ……うぁ―…」
「あぁ、無理しないでいいから。飲める?」

 大きく船が揺れると、くわぁんと頭が回る。
 ダメだ、気持ち悪い以外の言葉が出てこない。

 差し出された水を素直に飲むと、胃が騒ぎ始める。
 吐き出せば少しは楽になれるのかもしれないけど、それは絶対嫌だった。
 女の子としての何かが拒否していた。

「酷い船酔い。船乗ったこととかないの?」

 小さく頷く。

「でも、これ相当穏やかな方なんだよね。相当繊細なわけ?」
「……」

 ノーコメントで。
 繊細かどうかは、きっと繊細なんかじゃない方に分類されるんだろうけど。

 でも、この船乗る前わたし穴って言うか空から落ちるって言う、二度と体験したくない経験をしたのですが。

「マッド呼んでこようか? 少しは楽になるはずだよ」
「余計なことすんな、ネズミ」
「薄情な猫に言われたくないですね」
「何その態度の変化? 食うぞ」
「だ、から! 人肉はオススメできません」
「……ひ、響く響く…」
「ご、ごめん」

 大きな声は今本当に止めてほしい。
 なったことないけど、二日酔いの気分。

「ま、いいけど。ほら、とっとと仕事に戻れネズミ」
「仕事してない猫に言われたくないですね」
「現在進行形で超仕事中。とっとと行け」

 水を持ってきてくれた……えっと、ネズミくん? を追い払うように、しっしっと手を振るう。

 あ、ありがとう言ってない。
 待ってと言おうとしたけど、再び襲ってきた吐き気にうずくまる。

「さっきの場所よりは全然いいはずだけど?」
「うー」
「それって肯定?」

 ゆっくりと頷く。
 さっきの牢屋みたいな場所、って言うか間違いなく牢屋なんだろうけど、そこに比べたら全然いい。
 空気新鮮だし、いざとなったら海に向かって出せるし。

「そ。なら良かった、勝手に出したら本当はいけないんだけど。緊急時だし」
「うぁ?」
「何不思議そうな顔してんの? 当然でしょ、船長命令は絶対なわけなんだし」

 でも、あそこで戻されるよりはマシじゃない?

 そうニヤニヤと笑いながら言われたけど、そしたら、この人怒られるんじゃないの?
 かと言って、あの場所まで戻れるような気分じゃないけど。

「いないと思ったら、こんなところにいたんですね」
「何、帽子屋。只今取り込み中って言うか仕事中なんだけど?」
「絶対の命令をあっさりと放棄するような、貴方にその言葉を言われたくはないのですが」

 苦笑しながらそう言う自称イカレ帽子屋さんは、わたしの側にそっと膝をついた。

 なんですか、と聞こうとした瞬間、ぐらりと船が揺れた。
 くわんと、目が回る。
 また胃から何かがせり上がってこようとしていて、ダメだ気持ち悪い。

「うぁ―…」
「だ、いじょうぶですか?」

 慌てたように背中をさすってくれる。
 けど、すみません逆効果です! 出る出る!!

「相当酷い船酔いみたいなんだよね」
「船酔い、ですか」

 なんだか物凄く申し訳なくなる。船酔いしているわたしが情けない。
 こればっかしはどうしようもないんだけど、ね。

「少し動かないでくださいね」

 そっと、額に手を置かれる。
 くらくらする頭と視界に、眉をしかめて耐えた。

 少し間を置いてから、自称イカレ帽子屋さんの手から何か暖かいものが伝わってくる。
 それが妙に心地良くて、そっと目を閉じた。

「……いかがですか?」
「へっ?」
「ご気分の方は、先程よりはマシになったのではないかと」
「あ」

 ぱちりと、目を開ける。
 船は尚も揺れているけど、気持ち悪さも、眩暈も、全部嘘のように消えた。

 全然、大丈夫。
 なんだろうこれ。魔法とか?

「あ、ありがとうございます」
「お役に立てれば、光栄ですよ」

 にっこりと笑った笑顔が眩しいです!
 現実離れしたこの人は、無駄にキラキラして見えるのですがどうすればいいの!? とテンパってしまうくらい。

「さて、お迎えにあがりました。少しは冷静になれましたか?」
「頭冷やしたかって。牢屋にぶちこんでおいてそれってないんじゃない?」

 そ、それもそうだ。
 なんて、今更なんだけどこれ海賊船なんだよね。

 ファンタジーは、そんなに詳しいわけじゃないけど、たぶん、大丈夫だと思う。
 少なくとも、自分が置かれた状況くらいは分かった。

 ありえない、はもう言わない。

「大丈夫です」
「では、お手をどうぞ。お嬢さん」

 差し出された右手。
 左手を重ねろってことなんだろうけど、船酔いしても、意識を手放しても離さなかった指輪がここにはある。
 少し迷った後、そっと胸ポケットに指輪をしまった。

 手を重ねようとして、ふと止まった。

「あの、チェシャ猫さん」
「猫に敬称付けはいらない。ただのチェシャ猫」

 むっとしたように、眉をひそめられた。

「えっと、じゃあ、チェシャ猫」
「何?」
「ありがとう」

 きょとんとしたチェシャ猫は、一体何のこと? とでも言いたそうに首を傾げた。
 いやいや、牢屋に入れられたときとか、船酔いに苦しんでたときとか、すっごいお世話になったから。
 本当はネズミくん? にもお礼を言いたかったんだけど、なんだか仲が悪そうだったから、言付けは頼まなかった。

「意味が分からないんだけど?」
「えっと、色々?」
「とりあえず、どういたしまして、とでも言っておけばいい?」

 最後まで不思議そうにしていたチェシャ猫に苦笑して、わたしは自称イカレ帽子屋さんの手をとった。

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