FC2ブログ

「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

12 狂った六時のお茶会で

 ←『アリス』アンソロジー参加者様へ →13 敬語禁止令

 甲板に用意された長机に、白いテーブルクロス。並べられた椅子の一つに座らされて、ちょっと気まずい。
 何、この扱い。

「三十分が限界でしょう」
「それでいい」
「かしこまりました」

 クイーンさんと自称イカレ帽子屋さんの短いやり取りのあと、自称イカレ帽子屋さんがさっと手を振り上げた。
 その瞬間、ぴたりと揺れが止まった。

 え? 何? どういうこと?

 ここは相変わらず海の上であって、海の上だから揺れ続けているはずで……。

「お茶会のときくらい、こぼれない紅茶を飲みたいでしょう?」

 ぽかんとしたわたしに向かって、自称イカレ帽子屋さんは小さく笑った。
 そしてひとつ手を叩くと、一瞬で長机の上に甘そうなお菓子や高価そうなティーセットが現れた。
 何、これ。

「えっと、魔法かなんかです、よね?」
「そう解釈していただいて構いませんよ」

 慣れた手つきで暖かい紅茶を淹れてくれた自称イカレ帽子屋さんに、軽く頭を下げて、目の前に座っているクイーンさんを恐る恐る見た。
 一体、何がしたいの?

「あの……」
「時間が惜しい、手短に話す。あぁ、食いたければ勝手に茶請けも食え」
「はぁ……」

 わけの分からないうちにあれよあれよと甲板に連れてこられて、意味が分からないままお茶会が始まった。
 とりあえず、お茶を一口頂いておこうかな。

 不思議の国のアリスをリスペクトしているのかもしれないけど、海賊だって言う彼らと、海の上でお茶会なんかしているわたしって、かなり貴重な体験をしているんじゃないかと思う。
 そっくりの顔した貴族のような二人と、ただの小娘のわたしって言うのがかなり妙な組み合わせだとは思うけど。

「お前は、【主人公】たる人物かもしれない」
「……は?」

 唐突に言われた言葉に、思わず耳を疑った。
 わたしが、何?

「同じことを二度も言わせるな、お前は【主人公】なのかもしれない」
「何が言いたいんですか?」

 どこかの誰かが、人間の人生は短いのだから、一人一人が主人公だって言っていた気がする。
 そんなことを言いたいってわけじゃないんだろうけど、意味が分からない。

「クイーン、彼女の話を信じるとしたら、【主人公】の存在も、その伝承も知らないのでは?」
「ちっ」

 何でそこで舌打ちするの?

 面倒くさそうにクイーンさんはぐいっと紅茶を飲み干した。
 心得たように、自称イカレ帽子屋さんが空になったカップに紅茶を注ぐ。

「お前は、【神子の玩具】と呼ばれる秘宝の伝承を知っているか?」
「……いえ」
「そこからか」

 眉間にしわがよって、深くため息をつかれた。

「彼らは求めた。
 【神子の玩具】と呼ばれる秘宝を。
 まるで子どものように。

 それがどこにあるか、それがどんなものなのかも分からずとも、彼らは捜し続けた。

 そして、後に発見された事実に辿りつく。

 それは、【主人公】と呼ばれる存在にしか手にすることができない、と。
 それは、【神子】が認めた【娘】にしか見つけられない、と。

 幾年も年月は流れたが、未だに【神子の玩具】を手に入れたとの情報は、ない」

 すらすらと、一度もつかえることもなく言い切ったクイーンさんにビックリした。

 暗記するほど伝承を読み込んでるってことだよね、これ。
 自分の好きな場面の描写を覚えるってのとは、次元が全然違う。

「ここの伝承内で出てくるキィワード、【主人公】、【神子】、【娘】が確実に【神子の玩具】に辿りつくまでのヒントになっているのは間違いない」
「重要なのは二つ。【神子】が認めた【娘】にしか見つけられないということ。それから【主人公】と呼ばれる存在にしか手にすることができないと言うこと」

 ……で、それが何?
 意味が分からないんだけど。

「あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
「【不思議の国】号は、【神子の玩具】と呼ばれる秘宝を求めて航海しているってことですよね」
「……話の流れから察しろ」

 無茶言わないでください。
 わたしなりに理解すると、【不思議の国】号は、【神子の玩具】と呼ばれる秘宝を求めて航海しているってこと。
 その秘宝を手に入れるための伝承を解読すると、【神子】が認めた【娘】って人にしか見つけられなくて、それから【主人公】にしか手にすることができないってことが分かったみたい。
 それで、その【神子の玩具】を手にすることができる【主人公】がわたしかもしれない、と。

 ……何、このファンタジー設定。

「えぇと、何でわたしが【主人公】かもしれない、って?」
「アリスはウサギ穴を落ちて不思議の国に来たから、と言えば分かるか?」
「いや、わたしウサギなんて追いかけてませんよ」
「だから、かもしれない、だ」

 あくまでも疑惑。
 仮定形での話なんだってことを、ジャムをつけたスコーンを口にしながら静かにクイーンさんは言った。

 さっき過剰に反応されたのは、そんな条件がそろったようなわたしがいたからってこと?

「【主人公】って、童話の主人公って意味なんですか?」
「童話じゃない、伝承だ」
「はぁ、伝承ですか」

 なんてメルヘンチックな伝承なんだ。
 よく分からないけど、異世界でも同じ作品があるってことにビックリした。
 ルイス・キャロルに誓われたくらいだから、作者は創造主的な存在なのかな?

「【主人公】が伝承関連の者というのは、【神子】によって裏付けされているんですよ」
「裏付け?」
「えぇ、貴女の所有している、その指輪です」

 わたしがウサギの代わりに追いかけてきた、不思議の国のアリスがモチーフになってる、この指輪?

「そのような伝承が刻まれた装飾品は、【神子】が【娘】に与えたものだと言われているんです」
「へ、へぇ……」

 そんなすごいものが、何で露店に普通に売ってるの?
 て言うか、そんなことだったらあっちの世界にある童話関連の商品って全部そうなんじゃないの?
 某有名キャラクターのプリンセスシリーズとか、みんなそんな感じでしょ。

「【娘】に与えられた装飾品には、必ずと言ってもいいほど伝承を暗示するものが刻まれています」

 それは、登場人物が彫られているでしょう? と。

 どうしよう、否定意見しか出てこない。
 そんなたまたまって言う偶然に、こじつけみたいな展開に苦笑するしかないよ。
 自称イカレ帽子屋さんが、口元に手をあてて、くすりと笑った。

「疑っていますね?」
「……まぁ、一応」
「これでも、いくつか本物の【証】を見てきたので、目は確かですよ」
「いや、ニ、三百円の安物の指輪ですよ?」
「きっと、店主の目が悪かったのでしょう」

 まったくと言っていいほど信用できないんですけど。
 模造品というか、そんな線も考えてないの?

 輝かしい笑顔に押されかけて、困ったようにクイーンさんに助けを求める。

「あの」
「お前がどう思っているかは知らないが、【娘】であり【主人公】かもしれない奴を簡単に手放すつもりはない」
「え……?」
「【不思議の国】号にはアリスが必要だ。偽者だろうが何だろうが、アリスがいなくては何も始まらない」

 それはつまり、偽者でもいいからアリスになれっていいたいの?
 大きな穴から落ちて、【不思議の国】号に乗船させられたわたしを?

「わたしは、アリスなんかじゃないですよ」
「アリスかもしれない。違うかもしれない。断定は誰にもできませんよ」
「いや、それでも」

 かちゃりと、クイーンさんがカップを置いた。
 言葉が途切れて、びくりとクイーンさんを見上げた。碧い瞳が鋭くわたしを見据える。

「嫌というなら、その指輪をよこせ。ただの小娘には何の価値もない」

 ぎゅっと、指輪を握り締めた。

「……脅すつもりですか?」
「人の話を聞いてなかったのか? ここはどこだ?」

 ここは、海の上に浮かぶ【不思議の国】号。
 クイーンさんの、海賊船だ。

 脅しなんか当たり前だと、今更そう強調してくるの?

「それとも、クイーンの名の通りに命令されて欲しいか? お前は妙に伝承に詳しいのだから、ハートの女王の口癖くらいは分かるだろう?」
「……首を刎ねよ、でしょう?」

 わたしが固い声でそう答えると、クイーンさんはご名答とでも言うようにきゅっと口角をあげた。

「言われたいか?」
「謹んでご遠慮します」

 わたしに拒否権は、始めからなかったみたい。
 深くため息をついて、ぬるくなった紅茶を一口飲んだ。

「……【主人公】かもしれない」

 そっとカップを置いて、真っ直ぐにクイーンさんの碧い瞳を見上げた。

「【娘】とか呼ばれる存在なのかもしれない。断定ができないあやふやな状態は、互いにとってよくない状況だと思いますけど?」
「……何が言いたい?」
「聡い女王様なら、分かるでしょう?」

 ぴくりと、片眉をあげたクイーンさんは切れ長の碧い瞳をますます細くして、わたしを探るようにじっと見据えてくる。
 見据えるなんてものじゃない。品定めするかのように、まるで睨まれているみたいだ。

 わたしはただ真っ直ぐに見返していた。
 恐くないわけじゃない。正直言えばかなり恐かったし、手がカタカタと震えていた。

「………いいだろう」

 にやりと、クイーンさんは笑った。

「お前が【娘】か、【主人公】か、アリスか。全てはっきりさせてやる」

 そしてふいと手を軽く振ると、ゆっくりと船が進路を変えるためにゆっくりと動き出す。

「マッド、六時のお茶会は終了だ」
「出航いたしましょう」

 始まったときと同じように、自称イカレ帽子屋さんが一つ手を叩くと、何事もなかったのかのようにティーセットもお菓子も長机までもが消えた。
 一瞬で、たった一回手を叩いただけで!
 そして、ぐらりと、また船が上下に揺れて動き出した。

「立て」

 手を伸ばされ、ひかれる。
 対峙するように立つと、やっぱり背が高いな、なんて。
 不安定な足場によろめきながらも、わたしは転ばないように足を踏ん張らせた。

「マッド、船員に連絡しろ」
「何と連絡いたしましょう?」
「この娘を、次の島を出航するまで《仮》アリスとして扱う。命令だ、従え」
「我らがクイーンのご随意のままに」

 華麗に一礼し、颯爽と甲板を横切る自称イカレ帽子屋さんをぽかんと見送る。
 ぐいと、つかまれたままの手を引かれた。

「《仮》とは言えお前はアリスだ。【不思議の国】号はいつでもお前の力になろう」

 誓うように、指先に唇を押し付けられた。

 ビックリして、照れることも動くことも忘れたわたしは、ただじっとクイーンさんの顔を見返していた。
 わたしを映す対の碧い目が、静かに光っている。

「代わりに、【神子の玩具】を探し出せ、アリス」

 どうやってとも、どんなものなのかも分からないまま、わたしはただ黙って小さく頷いた。
関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【『アリス』アンソロジー参加者様へ】へ
  • 【13 敬語禁止令】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【『アリス』アンソロジー参加者様へ】へ
  • 【13 敬語禁止令】へ