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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

13 敬語禁止令

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「チェシャ猫、どうせそこにいるんだろう?」
「何?」

 甲板で静かにそう言ったクイーンさんの言葉に、ひらりと上から誰かが飛び降りてきた。
 ぎょっとして身を引くと、するりと手が離された。

 ちょっと後ろによろめいたわたしの肩を、とんと支えてくれたのは紫色の髪が鮮やかに写る、男の人。
 にやにや笑っているチェシャ猫だ。

「何ビックリしてんの?」
「え、やっ。違くて」
「からかいは後にしろ」
「はいはい。で、何?」

 ひょいと肩をすくめたチェシャ猫は、クイーンさんの鋭い視線を軽く受け流した。

「話は分かるな?」
「大体はね。《仮》アリスなんでしょ? で、【神子の玩具】を見つけさせる、と」
「それが分かっていればいい。アリス、分かってると思うがこいつはチェシャ猫」
「もしかしたらよろしく」

 にやにやと、後ろから言われた
 もしかしたらって、《仮》アリスだからだよね?
 なんだか、釈然としないものを感じながら小さく頭を下げた。

「チェシャ猫、アリスに船員を紹介してやれ。後は勝手が分かるだろ」
「はいはいっと」

 あとは特に何も言う事はない、とでも言うようにクイーンさんは船室に向かって歩き出した。

 えっと、どうすればいいんだろう。
 ありがとうって言うのもちょっと違うよね?

 戸惑ったわたしの肩をぽんと叩いたチェシャ猫は、にやにやとしながらクイーンさんの背中を指さした。

「それじゃさっそく。今背中に向けてるアレ、船長」
「…………おい」
「船長はやだった? んじゃ、ハートの女王様。この船で一番偉い人で、命令は絶対」
「……おい、猫」
「何?」

 肩越しに振り返ったクイーンさんの碧い瞳は、ぞっとするほど恐かった。
 低い声がさらに低くて、ぶるりと身震いさせてくる。

 それにも関わらず、チェシャ猫はにやにやしている。
 なんて恐いもの知らずなんだろうと思う。
 チェシャ猫と同じ位置にいるわたしは、心臓を掴まれたような気分なのに。

「間違ったことは言ってないけど? それに、船長ほど言葉足らずなんてこともしてない」
「……次、俺をアレ呼ばわりしたら、その首に命じてやろう」
「そりゃ恐い。気をつけるようにはするよ」

 絶対恐いとも思ってないよ。
 首刎ねるってニュアンスで言われてるのに、何なのこの人!?

 クイーンさんは嫌そうな顔をして、今度こそ船室に戻っていった。
 甲板には、わたしとチェシャ猫の二人だけ。

「それで、あんたアリスになるの?」
「アリスじゃない、って言ってるんですけど」
「別にアリスでもいいんじゃない? あの船長挑発してたじゃん。聡い女王様なら~って」
「そんなつもりはなかったって言うか……」
「よっぽど恐いもの知らずだよね、俺も調子にのってみちゃった」

 ちゃったじゃない、ちゃったじゃ。
 このマイペースと言うか、気分屋って言うか、そんなチェシャ猫に飽きれて言葉なんか出てこない。

「まぁ、なんでもいっか。船長命令だし……」

 ふと、チェシャ猫が言葉を切ってわたしを不思議そうに見た。

「ユキ」
「何、ですか?」
「あんたはユキであって、アリスじゃない」
「……何が言いたいの?」
「これ超重要。覚えといて損はないってこと」

 意味が分からない。
 それで、結局は何が言いたいの?
 わたしがわたしであるのは当たり前だし、アリスなんかじゃないって、ちゃんと主張している。

「それから、もう一つ」

 ずいと、顔を近付けられる。
 ち、近いんだけど。

「俺が誰だかちゃんと言える?」
「チェシャ猫でしょ? ……猫じゃないですけど」
「そう、猫じゃないけどチェシャ猫」

 よくできました、とでも言うように頭を撫でられる。
 髪、ぐしゃぐしゃになるから止めて欲しいな。

 顔にまで出たのか、ぐいと頭を押されて否応なしに上を向かされる。
 アーモンド形の金色の瞳と真っ直ぐにぶつかった。

「呼び方とか、気にしないから好きに呼べばいいけど」

 でもね、と。



「次敬語使ったら、使うたびにその口塞ぐから」



 気をつけなよ? と。
 まるでネズミでも狙うかのように、にやりと笑いながらチェシャ猫はそう言った。

 どこか楽しそうに輝く瞳に、大きく開かれたわたしの黒い瞳が映った。
 くすくすと笑ったひょうしにかかる吐息が、顔をくすぐって……それで、どれだけ近い距離か思い知らされて。

「ちょ、近いっ!」

 慌てて頭に乗った手を振り払って、よろめくようにして離れる。
 けど、上下に揺れる船の上。
 慣れないわたしはそう簡単に後ずさりなんかできなくて。

「っうあぁっ!?」

 盛大に後ろに倒れこんでしまうなんて、情けないことをしてしまった。

「っくく! たのしー反応。立てる?」
「うー…」
「顔、赤いよ?」
「か、からかわないでく、……からかわないでよ」
「今のはセーフ?」

 あ、危ない危ない。
 この人さっき言ったこと本気でやるつもりだ。

 気をつけないと、乙女としての何かが奪われる。手で覆われるくらいなら可愛いもんだけど、なんか、こう、ニュアンスが違ったような気がする。
 深読みしすぎなのかもしれないけど。

「ほら、立ちなよ。帽子屋も知らせてるだろうから、さっさと済ませられそうだし」

 にやにやと笑うチェシャ猫に見向きもしないで、ヨロヨロと揺れに苦戦しながらなんとか立ちあがった。

 顔が熱い。あんな至近距離であんなこと言うチェシャ猫が悪い。
 両頬を少しひんやりする手で覆って、熱を冷まそうとした。

「んじゃ、行こうか。どーせ大した人数はいないし。変なことしてないで、着いてきなよ」

 こうさせる原因となったのは誰!?
 絶対この人油断ならない!

 そう心の中に強く刻み込んで、わたしはチェシャ猫の後を追った。
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