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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

15 らしくない海賊

 ←14 自称イカレ帽子屋さん →16 彼女の独白

 しばらく廊下を歩くと、他の扉より少し大きくて頑丈そうな扉の前でチェシャ猫は止まった。

「ここは?」
「食堂」
「……なんか、機嫌悪くない?」
「気のせいじゃない?」

 気のせいなのかな?
 なんて言うか、そっけない感じがするんだけど。

 そんなわたしの疑問も、食堂の扉を開けた瞬間にふっとんだ。

「わぁ……」

 やっぱり豪華客船じゃないのここ? って言いたくなるような、そんな立派な食堂だった。
 きらびやかな豪華って言うか、違和感なく自然と調和した落ち着ける場所って感じ。やっぱり、ここでも海賊船って思えない。

 白というよりは、薄いクリーム色が基調とされた部屋に、丸テーブルとカウンター。所々に観葉植物が置いてあるのが、気遣いされてるのかなって思う。
 船内でも、一番日が射しこんでくるようにされているのか、灯りなんか必要としないくらいに明るいし、暖かい。

「……なんで猫がここにいるんですか」

 珍しそうに食堂を見回していたわたしは、カウンターに座った……男の子? が嫌そうな顔をして声をかけてきたことに気付いた。

「何? 俺がここに来たら悪いことでも起こるの?」
「しかも、機嫌悪いですし」
「ねぇウサギ。そこのネズミさばいて肉料理作ってよ」
「冗談を真に受けないで下さいよ、お願いですから」

 カウンターの中に向けて声をかけてるってことは、誰かもう一人……ウサギって呼ばれた人がいるってこと、だよね?
 食堂だから、コックさんとか?

「ユキ、あれネズミ」
「ネズミってことは、眠りネズミ?」
「本人に聞けば?」

 それじゃ、と引き返そうとしているチェシャ猫を慌てて引きとめた。
 それだけはないでしょ! ここに一人置いてくとか、酷くない!?

「何?」
「い、行っちゃうの?」
「俺がいなくても別にいいでしょ? 子どもじゃあるまいし。それとも何、俺がいないと寂しいの?」
「そ、うじゃなくて……」

 確かに、わたしがしようとしてたのはそうなんだけど!
 そう言われたら、自分がいかに情けないか思い知らされて、否定した。

「そ。なら離してくれてもいいんじゃない?」
「……ごめん」

 思わず掴んだ腕を離す。
 ダメだ、誰かが助けてくれるだろう精神になってる。自立しなくちゃ、情けない人間になり下がっちゃう。

「ここまで連れてきてくれてありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないんだけどね。船長命令だし」

 ま、後はがんばって。
 そう言い残して、チェシャ猫は食堂から出て行った。

 後に残されたわたしは、何をすべきか。そんなことは言われなくても分かってる。
 落ち着かせるように、指輪がある場所に手を添えた。小さく深呼吸して、前を向く。

「【不思議の国】号の《仮》アリスになったの。よろしく」

 カウンターに座ってた男の子が、きょとんと、大きな瞳を見開いた。

「キミがアリスだったんだ」
「え?」
「船酔い、大丈夫みたいだね」
「……あ、あぁ! 水くれた人」

 気遣いの言葉をかけられて、ぽんと思い当たった。
 船酔いが酷くて顔までは見てなかったけど、水を差し入れてくれた声だ。確かに、チェシャ猫がネズミ言ってたかも。

 隣おいでよ、とカウンター席に招かれてわたしは素直に従った。
 さらさらした淡いブラウンの髪を短く切りそろえた、男の子。少年って言うにはわたしと同じくらいの身長っぽくて難しいかな? 大きなエメラルドの瞳が子どもっぽいって思わせるのかもしれない。

「さっき、マッドから聞いたよ。次の島を出航するまでアリスとして扱うって」
「《仮》だけどね」
「自分がアリスだって、言わないの?」
「わたしは最初からアリスじゃないって、言ってはいたんだけど」
「あぁ、クイーンが可能性は捨てきれないって言ったんだよね? いつものことだけど」

 あはは、と苦笑するネズミくんにつられて苦笑した。

「うん、でもとりあえずはよろしく。僕はヤマネ。この船ではまだまだ下っ端だけど、困ったときは頼って?」
「ヤマネくんね。ありがとう、お言葉に甘えちゃうかも」
「遠慮なく頼ってよ」

 にこっと笑ったその笑顔が胸にきゅんときた。
 何この可愛い生き物。男の子にしておくのがもったいないくらいの、羨ましい可愛さだ。
 絶対誰にでも可愛がられるって、断言してもいいかも。

「それから、そっちにいるのがマーチ」

 カウンターの向こうに向けられた視線をたどると、そこは厨房だった。やっぱり、海賊船にしておくには立派過ぎる設備だとは思うけど。
 そこでグラスを磨いていたバンダナを巻いた男の人が、ふと、こっちをみた。

 この人が、ウサギさん?

「……よろしく」
「えぇと、三月ウサギの方ですか?」
「……マーチでいい」
「はぁ、マーチさん」

 そっけない言葉と向けられた無感情の瞳に、あんまり話しかけないほうがいいのかな、って思った。
 首が痛くなりそうな長身で、無心でグラスを磨いているその様子はちょっと近寄りがたい雰囲気を出している。

「マーチはちょっと無愛想だけど、いい人だよ。少なくとも、猫よりは」
「チェシャ猫より?」
「うん、あの、猫よりも」

 あのを強調して言うヤマネくんに、そんなにチェシャ猫が苦手なのかなって。
 チェシャ猫も言ってたけど、ヤマネって言っても、ちゃんとした人間の男の子なのに。

「……キミがアリスってことは、またあの島にいくのかな?」
「あの島?」
「あれ? 聞いてない?」

 きょとんと、目を丸くしたヤマネくんに思わず頬が緩んじゃいそうになる。
 いけない、いけない。

「【不思議の国】号のアリスって認められるためには、アリスの【神子の玩具】を手にしなくちゃいけないんだ」

 出た。
 お約束って言うか、お決まりの試練的何か。ファンタジーの王道を突っ走ってる気分だ。
 あれでしょ。勇者と認められるには、試練の祠に行って証をとってこいみたいな。

「ほら、【不思議の国】号って、海賊船っぽくない海賊船だからさ。競争率高いんだ」
「海賊船っぽくない海賊船ってのは同意だけど。えっと、そんなにいっぱいいるの? アリスって」
「自称アリスはいっぱいね。ほとんどがマッドやクイーン目当てで、そう名乗った令嬢だったけど」

 なんか納得。
 確かに、クイーンさんや帽子屋さんって、無駄に色気が出てるしかっこいいし、お姫様扱いしてくれるもんね。
 憧れる気持ちは分かるけど、わたしはもう遠慮したいかな、わたしの心臓のために。

 っていうか、海賊船に乗り込める度胸がある令嬢ってすごいな。想像したら、なんだか怖かった。

「すごい根性……」
「僕もそう思う……」

 思わず呟いたわたしの言葉に、しみじみと納得してくれたヤマネくんと顔を見合わせて、同時に噴出した。

 声を上げて笑えるなんて、ヤマネくんといると落ち着けるから不思議だ。
 何も分からなくて弱り果てていたさっきと比べると、うん。全然気が楽。

「えっと、で、なんだっけ?」
「……夫人の島」
「あぁ、そうそう。これから公爵夫人の島に行くんだ」

 マーチさんの静かな声に、ぽんと手を打ったヤマネくん。
 いちいち動作が可愛いな、なんて思ったことを口にはしないけど。

「公爵夫人の、島?」
「そ。【娘】が何人か訪れてはいるけど、アリスにしかその【神子の玩具】は手に入れられないって、言われてるんだ」

 だから、それを手に入れられれば、本物のアリスってこと。
 そう言ったヤマネくんは説明しなれているっていうか、その自称アリスに何回も言ったんだろうなって、思った。

「キミは本物のアリスなのかな?」
「きっと、偽者だと思う」
「珍しいね。ここは、馬鹿言わないで! とか、ネズミのくせに生意気! とか言うのが普通だったんだけど」
「だって、本当のことだもの。わたしはちゃんと、アリスじゃないって言ってるし」
「……変わってる」

 ぼそり、と呟いた抑揚のない声に顔を向けた。
 マーチさん、だよね?

「……そう、ですか?」
「あぁ」

 相変わらずそっけない返事だけど、それでも会話する気はあるみたい。
 ただ単に、そんなに口数が多い人じゃないってだけなのかな?

「そうそう、いつもなら僕がこうして話すだけで怒るもんね。キミは怒らないの?」
「どうして怒らなくちゃいけないの?」
「生意気な口利いて! とか。敬語のほうがいいんでしょう?」
「そんなことで!? て言うか、わたしは普通に話してくれたほうがいいな、なんて……」

 いや令嬢なら、そう言うかもしれないけど。
 でも、わたしはただの一般人であってそこら辺の女子高生だったから、それで怒るのはおかしいと思う。
 ここでは、異邦人だし。
 郷に入っては郷に従えってやつだと思う。

「ほら、そんなこと言うんだもん。やっぱり変わってる」
「普通だと思うんだけどな」

 困ったように言うと、ヤマネくんは何故か嬉しそうに笑った。頬を赤く染めて、満面の笑顔で。
 こっちが恥ずかしくなるような、そんな笑顔だった。



「キミが本当にアリスだったらいいのに」



 そしたら、僕がこの先絶対守ってあげれる。

 そう、悲しそうに言った。
 わたしにはそれに返す言葉が見当たらなくて、顔をうつむけた。

 だって、わたしはアリスじゃないもの。
 不思議な出来事に巻き込まれた、ただの、小娘。
 夢から目が覚めるのが先か、この船から下りるのが先か。異世界にいるのか、これは、今日あったこと全てが夢なのか、それすら分からない。
 でも、どこかで、これはありえないことだから、いつか終わりが来るものだと分かっていた。

 そう、割り切っていた。

「……アリス」

 抑揚のない声に呼ばれて、顔を上げる。

「……わたしは《仮》です」
「……魚と蛙は平気?」
「は!?」

 いや、わたしの言葉は無視ですか!?
 ちょっと、いきなり何? え? 魚が、何?

「……魚と蛙は平気?」
「どちらかと言えば、苦手ですけど。あのゲテモノ類は、……触りたくないっていうか」
「……それは、ちょっと困る」

 だから、何が困るんですか。

 困ったように小さく呟いたマーチさんに、聞くことも出来なかったわたしだったけど、後にその意味を身をもって知ることになった。

 そんなこと、今は知らないけど。





狂った六時のお茶会で
(海賊船だって言うのに)
(この人たちは本当に、らしくない)
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