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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

17 指輪の収まる先

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「やっぱり、ここ海賊船じゃなくて豪華客船だって」

 ばふんとベッドに倒れこんで、そう言わずにはいられなかった。

 あれからヤマネくんに部屋まで案内されて、アリスが使うのだといわれる部屋に入った……のはいいんだけど。
 何度も言うけど、海賊船だと思えない。

 ベッドとサイドテーブルに鏡台。クローゼットに長机、それからふかふかのソファ。それぞれがアンティークのような年代物で、やっぱり薔薇のモチーフが刻まれている。
 落ち着いたブラウンと重厚な濃赤、それからランプのオレンジ色の灯りが少し薄暗い室内をそんな風に見せているんじゃないかな。
 ふかふかのベッドに顔をうずめると、船の揺れが心地良い眠りを誘ってくれる。

「……って、こんなことやってる場合じゃない!」

 がばっと起き上がってわたしは慌てて眠気を振り払った。

 なに和んでるんだ。
 本当に何やってるんだわたし。

「異世界に来て、海賊船に乗ってるって……」

 その上、アリスだとかなんとか。言ってる意味がさっぱり分からない。
 胸ポケットから指輪を出して目の前に掲げた。

「ぜーんぶ、この指輪から始まったんだよね」

 ため息。
 この指輪を手にしたときから、追いかけたときからもう夢は始まってたのかもしれない。
 ……夢って言うにはやけにリアルだけど。

 【神子の玩具】って言われるものを手に入れるために、【主人公】であり【娘】であるアリスを求めてる、か。

 わたしがアリスのはずがないから、ヤマネくんの言うアリスの【神子の玩具】を手に入れることなんかできない。
 だから、必然的に次の島に下ろされる。そういう覚悟をしなくちゃいけない。

 ……ん?

「覚悟って、何?」

 はた、と気付いた。

 どうして覚悟が必要なの?
 そもそも、なんの覚悟をしなくちゃいけないの?

「……え?」

 これだと、わたし、この船から降りたくないように思っているような……。

 ダメだな、さっきちゃんと、誰かが助けてくれるだろう精神になってることに気付いたのに。
 子どもじゃないんだから自立しなくちゃいけないと、情けない人間になっちゃうと、チェシャ猫にそう気付かせてもらったのに。

 何も知らない、自分ですらよくわかってない場所から一人に突き放される事が恐いと、そう思った。
 認めたくはないけど、恐いって思った。

「ダメだ、気分転換しよ」

 その時はまだ先だから、それはまだ考えなくてもいいやと。
 わたしは部屋を出ようと扉を開けた。

「……あ」

 開けた扉の前に、今まさに扉を叩こうとしていたマーチさんがちょっと驚いたような顔をしていた。

「えっと、マーチさん? 何か?」

 バンダナをとって、オールバックにしたこげ茶色の髪を顕わにしていたマーチさんは、どこか困ったようにわたしを見て、迷うように言葉を捜している。
 沈黙が落ちて、ちょっと気まずい。

「……飯、何がいい?」
「ご飯?」

 そう言えば、マーチさんって料理人さんなんだっけ?

「えっと、何でもいいですよ?」
「……そうじゃなくて……」

 困ったように頭をかいて、少し眉を寄せた。

 何が言いたいのかな?
 それが分からなくて、マーチさんの言葉を待った。

「……マッドから、違う世界だからって」
「え?」
「……何がよくて、何がダメか、全然……分からない」

 それは、わたしに気を使ってくれているって言うことで……。
 そんな嘘のようなわたしの話を、わたしの存在を信じてくれている帽子屋さんと、戸惑いながらもわたしにそれを聞きに来てくれたマーチさんの気遣いが嬉しくて……。
 眉がかすかに下がったマーチさんとは対照的に、少し照れくさいけど頬が緩む。

「!」

 目を少し見開いて、びっくりした様子のマーチさんが少し慌てたようにぐしゃぐしゃとわたしの頭を撫で下げた。

 え? なっ、何!?

「……な、んで」
「何でって、こっちのセリフですよ! なんですかいきなり!?」
「……ごめん」

 こわごわと外された手を、どうしていいのか分からなさそうに彷徨わせているマーチさんはしきりに視線を動かしていた。

「えっと、よくわからないですけど。……マーチさんが教えて下さい」
「?」
「どんなものがあるのか、どんな美味しいものがあるのか。マーチさんが、教えて下さい」

 わたしは知らないから。
 なにも分からないから。

 だから、少しでも良いから教えて下さいと、そう浮いたままのマーチさんの手をとって言った。
 マーチさんは、やっぱり困ったように視線を彷徨わせて、それから困ったようにわたしを見た。

「……分かった」

 少し照れくさそうにそう言ってくれたマーチさんは、微かに笑ったような気がした。
 それから、少し考えるように口を開いて、ぽつりと呟いた。

「……マーチでいい」
「え?」
「呼び捨てで、構わない」

 チェシャ猫みたいに敬語を使うなとは言ってないけど、それでもさん付けするなって言いたいのかな?
 何を思ってそう言ったのは分からなかったけど、そうした方が良いならそうしようかな……。

 マーチ、と恐る恐る呼んでみると、何? と表情をそんなに変えないで言われた。
 ……ちょっと照れくさいかも。

「呼んでみただけです」
「……そう」

 特に何か言われるわけでもなく、静かにそう言ったマーチは、ふとわたしの手を持ち上げた。

 ……そう言えば、マーチの手を握ったままだった。

「あ、ごめんなさ」
「これ……」

 慌てて引っ込めようとした手を、逆に掴まれて……

「……【証】?」

 手の中に隠れていた指輪をそっと取られた。

「返してっ!」
「アリスの、【証】?」
「知らない! でも、それを返してっ!」

 わたしがここにいることになった原因。
 わからないけど大切なもので、手放しちゃいけないようなもので……。
 他の誰かに盗られちゃいけないもので……!

 返してと叫ぶわたしに少し驚いたように目を見開いたマーチは、わたしの手をとって、そっと指輪をわたしの指に通した。

「!」
「……大切なものだから」

 ぴたりと填まったそれに、満足したようにマーチは小さく頷いた。

「……これで、いい」
「あ、の」
「……何?」

 口をぱくぱくと開け閉めしている、言葉がでてこないわたしに、マーチは不思議そうに首を傾げた。
 いや、あの、ダメとかそういう問題じゃなくてねっ!

「……熱?」
「だっ、誰のせいだと……!」
「……え?」

 かっと熱を持った顔を隠すこともできないまま、本気でわかってなさそうなマーチに言葉を続けるのをやめた。

「なんでも、ないですっ! それより、えっと、そう! わたし、お腹がすきました!」

 誤魔化してその理由をひねり出すのに苦労したけど、それでもマーチは特に何も思ってなさそうに分かったとだけ呟いて、わたしの右手を掴んで歩き出した。

 きっと、これにも深いわけなんかないんだと思う。
 船内なんか分かってないだろうわたしを、食堂まで引き連れて行こうとしてのこと。
 それだけ。

「……すっごい天然」

 思わずぽつりとこぼしてしまった言葉は聞こえなかったようで、マーチは何も言わない。
 聞かれても困るけど、それでも、マーチは天然なんじゃないかと思う。

 その行動に深い意味なんてないんだから、深読みしたほうが負けだ。
 そう自分を納得させた……いんだけど!
 どうしても繋がれてる右手とか、指輪をはめられた左手に意識がいってしまう。


 マーチは特に考えてないんだから、“左手の薬指”に指輪をはめる意味なんかきっと知らない。


 赤くなった自分に苦笑しながら、左手の薬指に収まってる指輪をどうしようと考えながら、わたしはマーチの後を追った。
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