FC2ブログ

「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

20 イカレた者同士

 ←19 公爵夫人の招かざる客 →21 双子とお着換え

 どれくらい、ここに座り込んでいたんだろう。
 随分時間が経った気もするし、そうでもないような気もするし……。

 ただ呆然と座り込んでいただけで、わたしの心はどこかからっぽだった。
 ショックだったわけじゃない。それを認めるのに時間がかかっただけ。
 皮肉だよね、あれほど自分で《仮》だって言い続けていたのに。
 アリスと呼ばれるたびに、本物のアリスになれるような気がしていたなんて。

「……本当に、情けないなぁ」

 涙は零れなかった。流すわけにはいかなかった。流したくなんてなかった。
 滲んだ視界をごまかすように、上を向いて何度も瞬きをした。

 大丈夫。わたしはアリスなんかじゃない、少し夢を見ているだけのどこにでもいる女子高生。
 子どもなんかじゃない、大人だ。

「よしっ」

 自己暗示終了。
 気合を入れるつもりで自分の頬をぱんと叩いて、気分もすきっとした。
 とりあえず立ち上がろう。いつまでも座り込んでられないし。

「あぁ、こんなところにいらっしゃったのですか」
「……あ」

 茂みから抜け出して、スカートについた土を払っていると、少し驚いたような声が掛かった。
 耳に心地良い甘い声。
 誰なのかなんとなく分かって、ちょっと気まずいけれどそれでも顔を上げた。

「帽子屋さん……」
「ヤマネに逃げるように指示されたのでしょう? 一体どこに行ったのか、心配しましたよ」

 ヤマネくんは無事だったのかな、なんて逃げ出したわたしが言えるようなことじゃないけど。
 惨めな姿のわたしを、帽子屋さんは優しく引き寄せた。

「大丈夫、貴女の敵はどこにもいません」
「……【地下の国】号の人たちは、引き上げたってことですか?」
「えぇ。幸か不幸か、この島から出向したと我らがクイーンから伝達で」

 やっぱり、さっきのアリスは【地下の国】号の本物のアリスなんだ。

 肩に置かれた手の暖かさとは裏腹に、わたしの頭は妙に冷めていた。
 だって、わたしがアリスではないと言う明確な事実を目の当たりにしたから、これ以上わたしが彼らと共に行動できるのはこの島を出航するまで。

 わたしはこの後どうやって生きればいいのかな、なんて。

「ヤマネくんは……」
「今は公爵夫人の元で護衛を。私たちも向かいましょう、歩けますか?」
「大丈夫です」

 これ以上甘えてなんかいられない。
 わたしははっきりと答えて、館に向かってゆっくりと歩き出した。
 少し慌てたように帽子屋さんが追いかけてくる。

「今度の我らがアリスは、なかなか気丈な方ですね」
「《仮》ですけれど。これ以上お手を煩わせるわけにはいきませんから」
「いいえ。貴女ほど私にお手伝いさせて頂けない方はいませんよ。もう少し、頼っていただいても構わないのですが……」

 わたしは、頼れるほど可愛げのある女の子じゃないから。
 帽子屋さんにエスコートされるのは、もっと可愛くて儚くて守ってあげたくなるような子がお似合いだと思う。

「お忘れですか? わたし、他の世界から来た頭がイカレた女ですよ」

 皮肉を交えて言うと、帽子屋さんは思わずといったように噴き出して、わたしの手をとった。

「それでは、イカレた者同士ですから問題はありませんね」

 あぁ、そういえば、彼は紅茶狂いのイカレた帽子屋さん。
 皮肉に皮肉を返されたような感じだけど、不思議と嫌な気分はしなかった。

 イカレた者同士手をとり合って、公爵夫人の館へと足を踏み入れた。
 室内は外と比べて特に被害はなかったみたいで、ぱっと見た感じどこも壊れてない。
 しんと静まった館内が、ちょっと不気味だった。
 迷いのない足取りで広い玄関ホールを抜けて、わたしと帽子屋さんの足音だけが響いて反響する廊下を進むと、一際大きな扉が半分開いていた。

 ここに、公爵夫人とヤマネくんがいるのかな?
 帽子屋さんは律儀にノックをしてゆっくりと扉を開いた。

「失礼、公爵夫人。ご気分の方はいかがでしょうか?」
「最悪よ」

 即答したのは間違いなく女性の声。
 クイーンさんのこともあったからちょっと身構えてたけど、公爵夫人は普通みたい。
 きっちりとブラウンの髪を結い上げて、控えめに化粧もされたすっきりとした顔立ちは、どこか疲れたようにみえる。
 不機嫌そうな琥珀色の瞳と、目が合った。

「偽者ね」

 ズキンと、胸に突き刺さった。

「見るまでもなかったわ。この子は偽者。アリスなんかじゃない」
「こ、公爵夫人……」
「お黙り。貴方がわたくしに口をきいていいと許可した覚えはないわ」
「……申し訳ありません」

 あまりにはっきりとした言葉に、唖然とした。
 どう言うことコレ?
 萎縮したヤマネくんに、尚もイライラとした様子の公爵夫人。

「カエル! カエルはまだ回復していないの!?」
「目覚めるにはもうしばらく時間がかかるかと」
「それならサカナでもいいわ! マッド、貴方なんとかしたらどうなの!?」
「申し訳ありませんが、人外のものに対しての治療法は存じてはおりません」
「あぁっ! どうしてこうも無能なのかしら!?」

 だんと、机を叩く公爵夫人に帽子屋さんは律儀に返事をしていた。

 不思議の国のアリスで、公爵夫人は癇癪持ち。カエルやサカナを従者にしている気難しいおばあさん。
 この人が公爵夫人にしては少し若い気がしなくもないけど、でも、癇癪持ちってところも、カエルやサカナを従者にしてるってところは確かにその通りだった。

「偽者のくせにわたくしから【アリスの宝】を奪うことでさえ許せないのに! これ以上偽者を連れてきてわたくしをどうしたいの!?」
「え?」

 あまり関わりたくないな、なんて思ってたけどそんなこと言ってる場合じゃない。
 今、聞き流せない言葉が聞こえた気がする。

 “偽者のくせに”奪った……?

「アリスはいないの! わたくしたちのアリスはどこにもいないのよ!! 余計な真似をしないでちょうだい!!」
「……待って!」

 思わず声がでた。キッと、きつい視線を向けられる。
 この人に向かって言うのが怖かった。でも聞きたかった。
 クイーンさん以上に威圧感を与えてきて、ピリピリした空気を放ってわたしを見てくるこの人に向かって言うのは怖くて、声が震えた。

「偽者のくせに奪ったって、どういうことですか……?」
「偽者が偽者のことを聞いてどうするつもり!?」
「だって……、だってあの子はどこからどう見てもアリスだったじゃない!? 姿も、性格も、自分のことアリスだって! そう言ってたもの!」

 誰かが息を呑む声がした。
 公爵夫人が忌々しそうに琥珀色の瞳を据わらせた。

「貴方にアリスの何が分かるというの? 偽者のくせに、アリスの名を語ろうとしたのは貴方でしょう?」
「……違います。わたしはアリスじゃないって、始めから言ってるもの。わたしにわかるのは、不思議の国のアリスと言われるお話だけだわ」
「偽者が嘘をついても、いずれは暴かれるものよ!」
「嘘なんかついてない! どうして、水色のエプロンドレスを着て金髪の長い髪をした女の子のことをアリスじゃないと言えるの!?」

 公爵夫人の瞳が、大きく開かれた。
 思わずずいと近寄ってしまったわたしの腕をとり、ぎゅうぎゅうと握り締めてくる。声はあげなかったけど、痛くて顔をしかめた。

「アリスの姿をしているからって、それが本物だとは限らない。本物のアリスは、どこにもいないのよ?」
「……どうして、本物だって分かるの?」
「知っているからよ。わたくしが、本物のアリスに会ったこともある。それ以外に明確な答えは必要なのかしら?」

 琥珀色の瞳が爛々と輝いて、わたしを掴む手に力がこもってくる。

「あぁ、そうよね。貴方だって偽者なんですもの。本物になりたくて仕方ないんでしょう?」
「ちが」
「そんなみすぼらしい格好をした小娘のくせに、アリスになろうとした高慢さ! 身の程を知るといいわ!」

 否定したかった。否定したかった。
 でも、否定しきれなかった。
 わたしがアリスになりたいと思わなかったって言ったら嘘になる。
 アリスになれればあの船にいられる。知らない世界で、また知らない場所に放り出されるなんてことはないんだから。

 そんな卑屈な思いが湧きあがってきて、わたしは叩かれるだろう公爵夫人の右手を避けることができなかった。
 痛いだろうな、なんて。
 でも、当然のことなんだろうなって。

 いっそこれで目が覚めたらよかったのに。

「夫人、それをなさってはいけませんよ」

 覚悟していた痛みはなかった。
 帽子屋さんが公爵夫人の右手を掴んでくれてたから。ううん、帽子屋さんだけじゃない。ヤマネくんも。
 わたしを守るように立ちふさがってくれた。

「クイーンが認めたからには、彼女は我らがアリス。偽者だろうと仮であろうと、それは変わりません」
「どうして!? 貴方だって分かっているでしょう!? アリスはどこにもいないの! いつもみたいに偽者だと分かっているなら、いつものように放っておけばいいじゃない!!」
「いいえ、いつもとは少々事情が異なっておりますから」

 やんわりと帽子屋さんが首を振ると、ヒステリックに叫んでいた公爵夫人が怪訝そうに眉をひそめた。
 ヤマネくんの後ろでそっと指輪がある場所に手をあてたわたしを視線で指し示して、帽子屋さんは薄く笑って公爵夫人を見る。

「彼女は【証】をお持ちです」
「なっ!? この盗人がっ! よくもアリスだと、のうのうとわたくしの前に顔を出せたわねっ!?」
「夫人、早計過ぎますよ。彼女がどこでそれを見つけ、私たちがどうして彼女をアリスとして認めたかをお聞きになられていない」

 向けられた視線にびくりと怯んだわたしだったけど、帽子屋さんはそれでもゆっくりと公爵夫人の意識を引き戻させる。

 わたしが別の世界からこの指輪を持ってきたことを言うの?
 そんなイカレたような話を、この公爵夫人が信じてくれるとでも思っているの?

「彼女は、【証】を追いかけて穴に落ちてきた娘。私たちが発見したのは、穴を抜けてきたときでしたから」
「……赤の女王は、冒頭部に似ているから、と判断したのかしら?」
「可能性は否定できない、と」
「だからこの子をアリスとして扱った。消えた【証】を持っていたから。穴から落ちてきたから。……それでもこの子はアリスじゃないわ」

 否定。それが正しい判断だと言うことはわたしでも分かる。
 そんな得体のしれない話を聞いて、納得なんか誰もできない。

「……偽者」

 わたしのことだ。
 この場所に、偽者と呼ばれる人間はわたししかいない。

「【証】を寄越しなさい。あるべき者に、本物のアリスに渡さなければ」
「嫌です」

 言葉を遮ってまでして言ったのは、本能と言うよりは条件反射に近かったのかもしれない。

 ずっと分からなかったけど、どうしてこんなにもわたしはこの指輪を手放したくなかったのかな、なんて。
 そんなに大切なものだとは思えないのに、それでも守らなくちゃいけないって思う。

 まるでそれがわたしの使命なんだとでもいうように。

「あなたは、公爵夫人は何回も自分で言ってるじゃないですか、本物のアリスはいないって」
「……っ」

 公爵夫人の瞳が揺れた。

「本物のアリスがいないなら、この指輪を渡すべき人はいないわ!?」
「違うわ! 違う! アリスはっ! アリスはっ、わたくしたちのアリスはちゃんと! 貴方に言われなくても本物のアリスは……っ!」

 ばんばんと自分が座っていたソファを叩いて、クッションを投げて、公爵夫人は錯乱状態に陥ったみたいに、手当たり次第に物に当たり始めた。

「本物のアリス! アリス!! アリス!!! 待っても待ってもいつになってもくるのは偽者!! 本物のアリスはっ、わたくしのアリス……!!」

 こっちに向かって飛んでくる物をヤマネくんが必死に叩き落してくれるけど、公爵夫人は止まりそうもないし……。
 何が公爵夫人をこうしてしまったんだろう。
 少なくとも、わたしが余計なことを言ったからに違いないけど、でもわたしが謝ってもとまってくれそうも、聞き入れてくれそうもないみたい。

「こちらへ」

 いつの間にか来た帽子屋さんに腕をひかれて、ヤマネくんと一緒に部屋の外に追いやられた。

「ヤマネ、彼女を連れてダムとディーを捜しなさい。【神子の間】へと向かうのです。よろしいですか?」
「わか、りました。でもマッドは……」
「公爵夫人と共にいます」

 優しい微笑を浮かべながら、帽子屋さんはわたしを見た。

「貴女がお気になさることではありません」
「……ごめんなさい」

 それしか言えなくて、それすらちゃんと言えたかも怪しくて、わたしは自分の情けなさに涙が出そうになった。
 くしゃりと顔がゆがんだ。

「貴女は、泣きそうになっても、涙は流さないのですね……」

 そっと頬を撫でられて、滲みそうな眦をそっと拭われた。
 涙は流さなかったはずだけど、帽子屋さんには泣いているように見えたのかもしれない。

「お気をつけて」

 ゆっくりと目の前で閉められた扉は、中の様子がどうなっているのかを教えてくれない。
 奇妙なほど廊下は静かだった。

「行こう……」

 ヤマネくんに手をひかれて歩き出す。
 振り返っても、公爵夫人も帽子屋さんもどうなっているのか分からない。
 最後に見えた帽子屋さんの方が、どこか泣きそうな顔をしているように見えたのが、わたしは胸に残って仕方なかった。
関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【19 公爵夫人の招かざる客】へ
  • 【21 双子とお着換え】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【19 公爵夫人の招かざる客】へ
  • 【21 双子とお着換え】へ