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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

26 新しい服と照れ臭さ

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「全員集合とか、出撃にしては珍しいことしてどーすんの? さっさと行けばいーじゃん」
「猫、軽率な発言は控えた方が身のためなんじゃないですか?」
「腹出してる奴に言われたくないんだけど」
「ちょっ!? 剣先向けないで下さいよ!」
「チェシャ、ヤマネ。少しは静かにして頂けませんか?」
「すみません」
「はいはいっと」

 適当に返事をしたチェシャ猫と対照的に、恐縮しながら返事をしたヤマネ。そしてそれをいさめた帽子屋。
 甲板で交わされる、彼等にとってはお馴染みのやりとりだ。

 ただいつもと違うのは、そこにほとんど食堂にいるマーチと、船長であるクイーンがいると言うこと。
 【不思議の国】号の船員がそこに揃っていた。

「……きっかり20分と言ったはずだがな」
「女性の準備はそう早くに済みませんよ、クイーン」
「いつまでも壊れた時計を持っているお前に言われたくはない」
「私の時計は、いつでもお茶会ができるようにしているだけですよ」
「それにしても遅いだろうが」

 イライラとキセルを吹かし始めたクイーンの様子を見て、それまで静かに構えていたマーチがそっと前へ出た。

「……呼んで来ようか?」
「その必要はないんじゃない?」

 マーチの申し出に、チェシャ猫はニヤニヤしとしながら船内へと続く扉を目で指し示した。

 開けろ、と言うことなのだろうか?
 マーチは不思議に思いながら扉を開いた。

「わっ!?」
「え?」

 開けたと同時に、中から開けようとしていたらしい人物が、支えをなくして前のめりに倒れてきた。
 ゆっくりと流れる黒髪と、海よりも鮮やかな青色がやけに目に残った気がする。

 思わずといったように受け止めると、その人物はマーチの腕の中にすっぽりと収まった。

「び、っくりした……」
「……アリス?」

 そう、それは間違いなければ気丈にふるまって公爵夫人の島へと行った偽者の少女。
 さらりとした長い髪が、遅れて背中へとかかった。

 思わず言ってしまった言葉通り驚いたらしく、マーチの腕に寄りかかったまま動かない。
 動かないのはマーチも同じだった。いや、マーチは動けなかったといった方が正しかったのかもしれない。

「あ、ごめんなさい! ありがとうマーチ」
「……あ、いや…」
「クイーンさん、遅れてスミマセンでした!」

 落ち着いた彼女は少し頬を赤く染めて、マーチから離れて行った。

 腕の中にあった温もりが消えて、初めてマーチは動くということを思い出したかのように答えたが、それももう遅い。
 気付いたときには、彼女はクイーンの側で謝罪の礼をしていた。

 彼女の動きと共に波打つ艶やかな黒髪が、風になびいているのをどこか不思議な気持ちで見ていた。
 マーチだけではない。
 ヤマネも帽子屋も、あのチェシャ猫さえもニヤニヤとした笑みをどこかへと忘れたように、ただ彼女に視線を奪われていた。

「……面倒な服を押し付けられたものだな」
「スミマセン、着るのはそう時間掛からなかったんですけど……」
「いや、こっちの話だ」

 横目で船員の様子を見て、クイーンは深く煙を吐き出した。
 ふぅと風に乗って消えていく。

「聞け」

 そこまで大きくもないが、それでも通る低い声でクイーンは船員たちの意識を引き寄せた。

「今からこの娘を我が【不思議の国】号のアリスとして扱う。偽者だろうがその力は本物と対して変わらん」

 どんと、彼女の背を叩いて、クイーンは更に続ける。

「アリスの【神子の玩具】を【地下の国】号から奪還する。命令だ、従え」
「了解」

 それぞれが口元に笑みを浮かべながら、少し驚いたような彼女を見て、彼等の船長の望む唯一の答えを口にした。

 似合わないのは自分でも分かってる。
 笑われるのを覚悟して、かなり遅刻してわたしは甲板へと出た……んだけど。

 なんて言うか、自分のこと気にしている場合じゃなかった。
 帽子屋さんもチェシャもヤマネくんもマーチも、あのクイーンさんまで黒い軍服っぽい服を着て、それぞれがそれぞれの武器を装備していた。
 ちょっとずつデザインは個性に合わせて変えてあるみたいで、みんな同じってわけじゃない。

 そんな人たちの前でわたしがこの船のアリスだと認められて、それから【地下の国】号に奇襲をかけるって言ってくれた。
 アリスの【神子の玩具】の、大きくなるケーキを取り戻すために。

「マッド、【地下の国】号の情報は変わってないか?」
「えぇ、最後に見たときと変わってはいません」
「ならばお前は待機だ。船を守れ」
「かしこまりました」

 まさにぽかんって感じ。
 クイーンさんが飛ばす指示を横で見てるだけ。

 余計な事しない方がいいのは分かってるし、何かやったとしても逆効果になるような気がする。
 わたしなんかが口出しできるようなことじゃない。

「ヤマネ、お前は明日辺り寝る時間だろう?」
「スミマセン、明日のお昼には」
「待機だ。おい、猫と兎。どっちが切り込みたい?」
「ウサギは待機してなよ。俺行く、久々に揺れない地面に立ちたいし」
「決まりだ」

 五人しかいない船員の役割分担もあっさりと決まって、あれよあれよと言う間に進路を変えて、戦いの準備を始めていた。

 わたしはとりあえず邪魔にならないように、船縁に寄りかかって海を見ていた。
 最初はここで船酔いに苦しんでたんだよなぁなんて思いながら。

「アリス」
「……ヤマネくん?」

 声を掛けられて振り返ると、少し照れくさそうに笑ったヤマネくんがいた。
 ヤマネくんだって準備に加わっていたのに、どうしたんだろう?

「ちゃんと挨拶しておこうと思って。これからよろしくって」
「あ、そうだね。とりあえずじゃなくて、本当によろしくだね」

 律儀にそう言いに来てくれたヤマネくんに、そういえば《仮》アリスとして顔合わせしたときは、とりあえずよろしく、なんて挨拶されたことを思い出した。
 それがこうして乗組員の一員としてよろしくってされるのも、今更って言うか、なんだか変な感じ。

「あと、僕は一緒に行けないからさ。アリスを守れないんだ、ごめんね」
「ううん、気にしないで。公爵夫人の島でヤマネくんがいてくれて、本当に心強かったから、それだけで十分だよ」
「……ありがとう」

 顔を赤くしてはにかむヤマネくんが、やっぱり可愛いななんて。
 ありがとうはこっちの台詞なのに、胸がキュンとして返すのを忘れてた。

「眠くなったりしなければ、僕だって一緒に行けたんだけど……」
「ヤマネくんは眠りネズミだから仕方ないよ。わたしなら大丈夫。心配してくれてありがとう」

 そう言ったら、ヤマネくんはどこか複雑そうな顔をしてわたしの手をとった。

「クイーンと猫が一緒に行くらしいから、絶対に二人から離れないようにしてね」
「うん」
「悔しいけど、猫は僕より強いから。あいつにも負けないはず」
「あいつって……あの、公爵夫人の島にいた、あの人?」

 わたしの記憶にまだ新しい人。ちゃんと見てなんかない。
 怖かったから。殺されるかと思ったから、必死であの声から逃げた。
 間延びした口調で話す人。

 ヤマネくんを置いて……犠牲にして逃げ出した、あの人。

「あいつは……」
「【地下の国】号のダイナと呼ばれる男です」
「マッド!?」
「クイーンのご命令で、我らがアリスをお迎えに」

 ヤマネくんの言葉を引き継いで、帽子屋さんがわたしに向かって華麗に一礼した。

 いやちょっと待って。
 そんなことより、あの人はやっぱり【地下の国】号の人で、しかもアリスの飼い猫の名前をしているって……。

「我らがアリスのために、少しお教えしましょうか」
「【地下の国】号のこと、ですよね?」
「えぇ。【地下の国】号はアリスと呼ばれる子どもと、先生と呼ばれる船長。それからダイナと呼ばれる船員の三人しかおりません」

 相変わらず、この世界の船の乗組員は少ないみたい。
 まさか、【不思議の国】号より少ない人数で動く船があるなんて思わなかった。

「先生と呼ばれる者、またダイナと呼ばれる者の実力は相当のものらしいですが……我らがクイーンに太刀打ちできるレベルではないでしょう」

 それでも、気をつけるに越したことはありませんよと、帽子屋さんは締めたんだけど……わたし、大丈夫だよね?

「アリスはアリスの思ったようにやればいいよ」

 不安に思い始めたのを感じ取ってくれたのか、ヤマネくんがぎゅっと手を握ってくれた。
 わたしと同じ大きさだけど、わたしよりも少し硬い手。こうして手をつないでくれたこの手は、これからないけど。

「アリスの目的は何?」
「……あの子に、【神子の玩具】を二つ揃えて返すこと」
「うん、じゃあ、それだけを考えて動いて。他の余計なことなんか考えなくてもいいよ。猫に尻拭いくらいさせればいい」
「ヤマネくん、それちょっと私怨入ってない?」
「いいえ、それくらいで十分ですよ。チェシャなら問題ありません」

 あらら。二人してそれ酷くない?
 ヤマネくんがチェシャを苦手に思っているのは分かってたけど、帽子屋さんまで……笑顔で言うことじゃないと思う。

「……何勝手なこと言ってんの?」
「おや、噂をすればなんとやら、ですね」

 振り返ると、不機嫌そうなチェシャがサーベルの柄に手を置いていた。
 ……抜かないよね、それ。

「いい加減遅いと、また船長怒るよ?」
「あ、ごめん。今行く」

 そうだった。帽子屋さんが呼びきてくれたのに、つい話しこんで長引いちゃった。
 さっきだって遅れたのに、これ以上遅れて迷惑掛けられない!

 ずっと励まされてきたヤマネくんの手から、そっと手を抜いた。

「ありがとう、ヤマネくん」
「……気をつけてね」
「うん!」

 心配そうなヤマネくんに笑顔を返して、わたしはチェシャの方へ駆け寄ろうとした。

「あぁ、アリス」

 帽子屋さんに、アリスと言って呼び止められた。
 船長命令が下ったから、帽子屋さんもまたアリスと呼んでくれるようになったのかと思うと、やっぱり認めてもらえたようで嬉しい。

「何ですか?」
「真っ先にお伝えすべき言葉だったのですが……」

 どこか困ったように笑った帽子屋さんは、一呼吸置いて言ってくれた。

「とても、お似合いですよ」
「……へ?」
「その服、アリスにとてもよく似合っています」
「あ、うん! すっごく可愛いよ!」

 似合ってる? 可愛い?

 その言葉を言ってくれるのが信じられなくて、始め何を言っているのか全然分からなかった。
 だって、この服はわたしが着ても可愛くないって思ってたし、着るのにもかなり勇気が必要だった。鏡の前で見て、自分で似合わないとか思ったくらいなのに。

 ……きっと、帽子屋さんもヤマネくんも優しいからお世辞で言ってくれているんだよね。

「あ、あり……がとう」

 社交辞令のお世辞なんだって言い聞かせて、とりあえず褒めてくれたんだからお礼くらいちゃんと言おうと思ったんだけど……。
 こんなこと男の人から言われたのは初めてだから、その……照れくさいのは仕方ないって思ってもいいよね?

「何でそれで照れてるわけ?」
「し、仕方ないじゃない! こう言うの、言われ慣れてないんだから……」
「貴女のそばにいた者は、皆褒め言葉ですら伝えられない小心者だったと言う話ですよ。照れる必要はありません」
「うん、だって本当に可愛いから、ね?」
「ネズミ、お前ちょっと黙ってれば?」
「小心者で伝えられない猫の代わりに言ってるだけです。そうじゃなくても本当のことですし」
「それなら、言葉に出来ない者の分まで、私が貴女に言葉を伝えましょうか」

 いやいやいや、そんな恥ずかしい事いっぺんに言わないでほしいんだけど!
 顔が赤くなるのを感じて、くすぐったくなるような褒め言葉が嬉しいと言うよりも、照れくさいからもうやめてと言いたくなるような……。

「……おい」
「あ」

 クイーンさんの不機嫌そうな低い声に、助けられた! と思えたのは、きっと言われ慣れない言葉から逃げ出したかったからかもしれない。
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