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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

27 偽ウミガメにスープを

 ←26 新しい服と照れ臭さ →イベント参加表明

 右側にはイライラした様子のクイーンさん。
 左側には不機嫌そうなチェシャ。
 そんな二人の間に挟まれたわたしは、気まずいことこの上なかった。

 そりゃ、わたしが原因で遅くなったのは悪かったって認めるけど。
 でも、両側に不機嫌な人がいるって、すっごく居心地が悪い。許されるなら今からでも逃げ出したいくらい。

「あの、本当にスミマセンでした」
「分かってるなら二度と繰り返すな」
「……はい」
「ねー船長。ユキいじめるのやめてくれない? それ、俺の特権なんだけど」
「誰が、いつ、そんなこと決めたのよ?」
「俺が、さっき。あれ? 知らなかった?」

 そんなの聞いてない! しかもかなり心外だよ!
 わたしはそんな特権誰にも持って欲しくないし、いじめられたいとも思ってない。
 ……チェシャはわたしのこと、新しい玩具かなんかと同じように思っている気がする。

「猫」
「はいはい、それで? 何?」

 クイーンさんが低い声でチェシャのことを戒めるんだけど、チェシャは相変わらず気にした様子なんかなくて、軽く肩をすくめて船縁に座ってニヤニヤとこっちを見下ろしていた。
 その側で座ってるわたしは、チェシャが海に落ちてしまいそうでハラハラしっぱなしなんだけど。
 ……チェシャがそんなヘマしそうな人には見えないけどね。

 クイーンさんは深くため息ついて、キセルに火をつけた。
 煙が潮風に流されて、すぐに消える。

「マッドがあいつらの船の現在航海海域位置情報を既に掴んだ」
「え? えっと、【地下の国】号のげ、現在?」
「……足取りを掴んだ」

 難しい言葉並べ立てられて聞き取れなかったわたしに、クイーンさんはまた深いため息をついた。
 分かりやすく言い直してくれるなら、始めからそう言ってほしいんだけど……それくらい理解しろ、とか言われそうだ。

「それで? 掴んだら追いかければいいだけじゃん。何が問題なわけ?」
「速度の問題だ。拠点に逃げ込まれる前に叩き、追いつかれる前に逃げる。それを今のこの船の原動力だけでは不可能だな」
「あの、質問いいですか?」
「……」
「船長が嫌そうな顔してるから、勝手に言っちゃえば?」

 それは、クイーンさんに対する嫌がらせなのかって思うけど。
 チェシャがニヤニヤ笑いながらそう言うから、キセルを吹かしているクイーンさんがどれだけ嫌そうな顔していても、とりあえず聞くだけは聞いてみようかと思う。聞くだけはただだし!

「帽子屋さんの魔法じゃダメなんですか?」
「は?」
「ほら、公爵夫人の島に行くときも魔法で行ったから、それくらいできるんじゃないかなって」

 上陸するぞとか言われてたけど、帽子屋さんの魔法だと思うもので一瞬のうちに島にいたって感じだったから。
 移動は全部あんな感じなのかなって思ったんだけど。

「……どこかのお嬢さま的なこと言うよね。それ、わざと?」
「わざとって言うか、魔法とかよく分からないなりに言ってるんだけど」

 魔法なんか本の中だけの話だったから。
 正直今も信じられないんだけど、でも、落ちたとき体験したふわふわとか、一瞬で移動したりしたこととか、それって普通じゃありえないよね?
 ありえないことが普通にありえることなんだから、いちいち驚かないようにしてるけど、でも疑問は残るばっかだ。

「……この船の、原動力はマッドだ」
「え?」
「マッドの魔力をもってしてこの船を動かしている。少人数での航海を可能にさせるための主流だ」
「そんなことが可能なんですか……!?」
「可能だからこそ、今こうして船が順調に動いているんだろうが」

 こんな当然なことをわざわざ言わせるな、とでも言いたそうなクイーンさんにわたしは返す言葉が見つからなかった。
 だって、あまりにも信じられなくて。
 この大きな船を帽子屋さんの魔力で動かしているって、冗談でしょ? って言いたくなる。
 わたしには詳しいことはよく分からないけど、でも、一人で動かすにはやることが多すぎるんじゃないの?
 それを可能にするのが、魔法だってことなのかもしれないけど。

「そんな大きな魔力を船に費やしていると、長距離の転移魔法は無理だ」
「だってさ。分かった?」

 分かったって言うか、意外すぎて何もいえないわたしにチェシャは軽く肩をすくめて、クイーンさんにどうすんの? とでも言いたそうに首を傾げた。

「時間短縮のために、奥の手を使う」
「船長の奥の手ってどれ? 俺全部嫌いなんだけど」
「命令だ、従え」

 チェシャが嫌そうな顔をしたけれど、クイーンさんはそれにも構わず船長命令と言う絶対命令を下した。
 チェシャだけかなって思ったけど、わたしにも。

「偽ウミガメを利用する。待機組は既に準備に取り掛からせた」
「偽ウミガメ……って、あれ? スープ?」
「お前は……、本当に妙なところが詳しいな。伝承に関してはどうしてそう頭が働く?」

 クイーンさんが少し驚いたように目を見開いたけど、そんなの今さらだと思う。
 だって、不思議なくらいわたしが知っている『不思議の国のアリス』に、関連することばっかり出てくるから。
 童話が好きで、好きだからって理由で読んでただけのことが、まさかこんな形で役に立つなんて思わなかったけど。

「働くって言うか……。いや、そんなことよりなんで偽ウミガメ?」
「必要だからだ。まぁ、あの偽ウミガメは伝承の通りと言うわけにはいかないがな」

 どういうことか全然分かんないけど……。
 なんて言えばいいのかな。
 偽ウミガメの部分って、改訂版とか翻訳版では略されたりすることが多いから、何をしたってのはよく分からないんだよね。

 帰り道を捜しているアリスが、グリフォンや偽ウミガメに帰り道を尋ねて裁判所にたどりつくってパターンが一つ。
 グリフォンに偽ウミガメのスープと引き換えに裁判所を教えるって言うパターンが一つ。
 本当は偽ウミガメじゃなくてモックタートルって言う、ウミガメの代用に使われた仔牛を指す幻想動物のことを指すから、偽ウミガメって言うのは違うのかもしれないけど。
 ……って、そんなことが言いたいんじゃなくて。

「船長、まさかと思うけど……」
「察しがいいな。猫」

 さっと、チェシャの顔が青くなった。

「大人しく餌になれ」
「ちょ!?」
「え……?」

 慌てて逃げ出そうとしたチェシャのことを、クイーンさんはどんと強く押し飛ばした。
 いや、ちょっと待って!
 こんな場所で、船縁でそんなことしたら危ないって言うか、落ちるから!

 なんてそんなこと思うのと同時に、チェシャはまっさかさまに海へと落ちていった。
 ばしゃんと大きな音と水しぶきを立てて。

「チェシャ!?」

 だ、大丈夫だよね!? 唐突のことにビックリしたけど、チェシャなら、大丈夫だよね!?
 慌てて立ち上がって、船縁から覗き込もうとしたわたしだったけど、クイーンさんにぐいと引っ張られて止められた。

「あまり縁に行くな」
「だって、チェシャが!」
「問題ない。あいつは役割をまっとうするだけだからな」
「役割って、なんであんな、突き落とすようなことするの!? 信じられない!!」

 なんで仲間を海に突き落としてそんな冷静なの!?
 こんな何もない海の真ん中で! 動いている船の上から人一人落として、どんな神経してるの!?

「お前にも役目がある。こんなことで取り乱すな」
「こんなこと!? 人突き落とすのがこんなことですむようなことじゃないでしょ!?」
「……面倒だな」

 クイーンさんの手を振りほどいて、今すぐにでもチェシャの姿を捜したいんだけど、クイーンさんの手が振りほどけない!
 必死になってたわたしだったけど、クイーンさんは一つ舌打ちして、ぐんとわたしを引き寄せた。

「ちょっ!?」
「……来たか」

 クイーンさんはキセルをくわえて、わたしの頭を押し付けてぎゅっと抱き締めた。
 抗議しようとした声も、顔ごとクイーンさんの胸元に押し付けられて口ですら開けない。
 少し苦く感じる煙草の匂いが、わたしを包むような感覚がする。抱き締められてるんだから当然なんだけど、でも、突然のことに動けないわたし。
 更にぎゅっと腕に力が込められて、息が止まりそうになった。

 そんな時、尋常じゃない波の荒振り方に船が大きく揺れた。

 ぐらり、なんて可愛い表現は使えない。
 文字通りに右に左に視界がぶれて、クイーンさんが抱きとめていてくれなかったら、きっとわたしも海に投げ出されてたんじゃないかと思う。

「っ!?」

 放してもらおうと必死だった手は、今は放されたら困るから、ぎゅっとクイーンさんの服を握り締めた。
 ちょっと固い素材の真新しい服は掴みにくいんだけど、わたしだって必死だ。
 ぐっと歯を食いしばって、投げ出されないようにクイーンさんにしがみついた。

「……マッド!」

 クイーンさんが鋭く叫んだと同時に、がくん! と船が跳ねたような感覚がして、ぐっと甲板に身体を押し付けられる。
 痛いとか重いとか怖いとか、クイーンさんが全部見えないようにしてくれているからか、全然分からない。悲鳴だってあげられない。
 でも、その衝撃の後揺れなくなったのは事実。
 少し間を置いて、クイーンさんがわたしを抱き締めた腕を解いたから、きっと大丈夫なはず。

「あぁ、無事でなによりでした」
「当然だ。それより、奴か?」
「えぇ、あいかわらず餌は効果覿面でした。……ところで、いつまでその状態でいるおつもりですか?」

 帽子屋さんの心地良いテノールが、呆れたような声色で言った言葉に、わたしは今自分がどんな状態でいるのか思い出された。
 ……クイーンさんの胸に、必死でしがみついてたんだった。

「……おい、いい加減放せ」

 クイーンさんはとっくにわたしから手を放している。
 それなのにどうして離れられないのかって、それはわたしがクイーンさんの服をしっかりと握り締めているからであって……

「す、すみませんっ!!」
「ったく……」

 慌てて手を開いて、それから勢いよく身を引くと、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
 何でこんな、クイーンさんに、だ、きつくとか……!
 非常事態だったって言うのもそうなんだけど、でも、まだ煙草の香りがまとわりついているようで……。それに気付くと、妙に照れくさいって言うか、ドキドキが止まらなくなった。
 恥ずかしくてクイーンさんのこと見れない!

「役得でしたか?」
「仕方ないだろ、非常事態だ。それに、俺はガキに興味ない」

 からかうような帽子屋さんの言葉に、冷静に返すクイーンさん。
 そんな二人の様子に、一人で動揺している場合じゃないって思い出した。

「あ、チェシャ……!」

 忘れかけてたってのは、自分でも薄情だと思うけど。顔の熱さを誤魔化すように、わたしは慌てて船縁から身を乗り出した。
 けど、目の前に広がる光景に、二重の意味で驚いた。何コレ?
 なんで船が“浮いてる”の?

「そんなに身を乗り出すと危ないですよ」
「ぼ、帽子屋さん。なんで、船、浮いてるんですか……?」

 動揺から上手く言葉が話せないけど、でも、帽子屋さんはわたしの隣に立ってあっさりと魔法ですよと言い切った。

「今、彼女の出現で波が高いですからね」

 だから魔法を使って船を持ち上げたってことなのかもしれないけど、それにしても常識破り過ぎないかな……?
 常識がなんなのかだんだん分からなくなってきてるけど。

「あの、彼女って……」
「えぇ。貴女が今御覧になっている方ですよ」

 驚いてることの二つ目。
 巨大な亀の甲羅が、船の真下に見えているってこと。

 話の流れからすると、偽ウミガメだってことになるのは間違いなさそうだけど、でも、それにしたって大きすぎない?
 普通の亀のサイズか、もしかしたら人くらいの大きさなのかなって思ってたけど……、誰が【不思議の国】号の二倍以上の大きさだって予想できると思う?

「おっきい……」

 大きなごつごつとした甲羅には苔が生えていて、水をきる手足は、それだけで船一隻分に値するんじゃないかな?
 普通ならぴんとはねているはずの尻尾は、偽ウミガメと言うだけあってふさふさとしている。

 あとはその顔。合成技術使って牛と亀の顔を合わせたモンタージュを作ったんじゃないの? って言いたくなるような、微妙な感じでうまく混ざっている。
 亀みたいな皮膚なのに、牛の耳が生えているっていう矛盾も、偽ウミガメだもんね、で納得できちゃう。

「おい猫! 生きてたなら返事しろ!」
「……勝手に殺さないでくれない?」

 クイーンさんの低い怒鳴り声に、少し疲れたようなチェシャの声が返ってきた。
 あぁ、とりあえずチェシャが無事でよかった!
 ほっと一安心してチェシャの姿を捜したら、ちょっと意外って言うか、かなり危険な場所にいた。

「チェシャ!?」

 ぶらーんと。チェシャは偽ウミガメの口にくわえられていた。
 いや、あれ大丈夫なの?

「帽子屋、こいつ早く何とかしてくれない? 生臭いんだけど」
「ですが、貴方は彼女のお気に入りですから、そう簡単に離していただけるかどうか……」

 パン! と高い音がしたかと思ったら、クイーンさんがさっきまでいた場所に銃弾がのめり込んでいた。
 クイーンさんは微塵にも動かなかったけど、でも当たったら洒落にならないよ!?

「船長ごめん、手が滑ったー」

 チェシャが拳銃を握ったかどうかなんて、わたしには分からなかったけど。
 クイーンさんが眉をひそめながら不敵に笑って、チェシャを見下ろしたからきっと間違いないと思う。

「いい度胸だな、猫」
「そりゃどーも。落とされた恨み、簡単には消えないから」
「マッド、引き上げてやれ」
「……かしこまりました」

 帽子屋さんがさっと手を振ると、無理矢理偽ウミガメの口をこじ開けてチェシャがゆっくりと引き上げられた。
 甲板に降り立たされたチェシャはびしょびしょで、面倒臭そうに服を絞っていた。

「チェシャ、大丈夫?」
「ぜんっぜん大丈夫なんかじゃない。何? ユキも濡れたかった?」
「そんなわけないでしょ! ……何か拭くもの貰ってくる」
「いらない」

 強い口調で断られた。
 すっごく怒ってるよコレ。

 躊躇しちゃったわたしだけど、ヤマネくんがタオルを持ってきてくれたのを見て、とりあえず機嫌が悪いチェシャから離れることにした。
 触らぬ神にたたりなし……不機嫌な猫には関わらない方が得策だ。

「アリス」
「あ、はい!」

 帽子屋さんに呼ばれて、わたしは慌てて駆け寄った。

「【神子の玩具】はお持ちですか?」
「えぇ。一応」

 公爵夫人の島で見つけた小さくなる飲み物は、割れないようにとハンドタオルに包んでポケットにしまっていたから……さっきの衝撃で割れてなかったら多分無事だと思う。

「マーチ」

 クイーンさんの声に初めて気付いたけど、いつの間にかマーチが湯気のたった大きな鍋を抱えてきていた。

 大きな偽ウミガメに、大きな鍋に入ったスープ。わたしが持っている【神子の玩具】をどうすればいいのかはなんとなく分かるけど、それが【地下の国】号を追いかけるのとなんの関係があるんだろ?

「これと【地下の国】号を追いかけるのと、なんの関係があるんですか?」
「偽ウミガメは、導く者とも言われています。魔力で行きたい場所を伝えればその場所まで行く。その代価として支払わされるのがこのスープとなります」
「だからって、何でスープ……?」
「……ムール貝のスープは、大好物だから」

 マーチがそれとなく答えてくれた。
 なんてグルメな偽ウミガメなんだろうって思う。

「簡単に申しますと、私たちは魔力の綱で彼女に引っ張ってもらおうと考えています。そちらの方が速いので。ですが、彼女が起こす波は少々大きいので、小さくなって頂こうかと」

 帽子屋さんに優しく微笑まれて言われても、あまり気が進まない。
 キラキラしい笑顔で言われても、まるで毒を盛ろうとしている気分になるんだけど。

「【神子の玩具】は認められたものにしか使えないらしいからな。お前がやれ」
「……はい」

 言い方を変えれば、認められてさえいなかったら自分たちでやった、とでも言っているんだけど。
 気が進まなくてもわたしに拒否権はない。
 わたしは小瓶の栓を抜いて、ぎゅっと指輪を握り締めながら鍋の前に立った。

「力を貸して。偽ウミガメを、少しだけ小さくしたいの」

 ぼくを数滴混ぜて。それでもう一人のぼくを取り返せる役に立つのなら。

「ありがとう」

 ゆっくりと小瓶を傾けて、わたしは【神子の玩具】と言われる小さくなる飲み物を、スープの中へと数滴落とした。
 ぽたりと、透明な液体がスープの中へ吸い込まれると同時に、パッと淡く光ったような気がする。
 こんな効果までついているなんて思わなかった。
 だって、声が聞こえるだけで本当に小さくなる効果があるのかなんて分からなかったし。

「これで本当に効果があるのかは分からないがな。マッド、やれ」
「かしこまりました」

 さっと帽子屋さんが腕を振るうと、ふわりと鍋が宙に浮かんだ。それからゆっくりと船縁を乗り越えて、偽ウミガメの鼻先へと動く。
 わたしはマーチの側でその様子を見ていた。

「チェシャからの贈り物だそうですよ」
「……誰もそんなもん用意してないんだけど」

 ぼそりとチェシャが呟いてたけど、帽子屋さんもクイーンさんもそんなこと気にしていない。

 わしわしと髪をタオルで乱暴に拭いているチェシャを見て、ちょっと疑問に思ったことをマーチに聞いてみた。
 チェシャはまだ不機嫌そうだったから、直接聞くの怖いし。

「マーチ、どうしてチェシャが偽ウミガメに気に入られているの?」
「……気に入られてる?」
「落ちた瞬間に助けに来るってことは、相当気に入られているってことだから、不思議だとは思ってたんだけど……」
「……あぁ、それは」
「ウサギ、余計なこと言わなくていいし」

 ……聞こえてたんだ。
 不機嫌そうな声でマーチの言葉を遮ったチェシャは、ヤマネくんに濡れたタオルを放り投げてマストを登っていってしまった。

「……機嫌がいいときに、直接聞くといい」
「……そうします」

 苦笑して、再び偽ウミガメの方に視線を戻しすと、丁度スープを飲んだときだった。
 その巨体を前にするとあまりにも小さな鍋だけど、嬉しそうに口を開ける偽ウミガメに帽子屋さんの魔法でスープをひっくり返す。
 偽ウミガメが口を閉じて、飲み込むように顔を持ち上げたそんなときだった。

 ぶるりとその身体を震わせたかと思えば、スープに液体を混ぜたときのような淡い光が一瞬だけ偽ウミガメから放たれた。
 それからみるみるうちに身体が縮んでいって、ついにはこの【不思議の国】号と同じくらいの大きさになる。

「どうやら、本当に本物だったようですね」
「この結果は予想済みだったんじゃないのか、お前には」
「ご冗談を。さて、船を下ろしますよ」

 帽子屋さんがまた腕を振るうと、ゆっくりと【不思議の国】号は海面に浮かんだ。
 また、船が波に合わせて揺れ始める。
 慣れない揺れに思わずマーチの腕を掴むと、マーチはちょっとだけ驚いたようにわたしを見下ろした。

「あ、ごめんなさい」
「……いや」

 クイーンさんのときのことを思い出して、わたしは慌てて離した。
 危ない危ない、二の舞を犯すとこだった。
 帽子屋さんがさっき言っていた通りにこのあと動くんだったら、このあと偽ウミガメの力で引っ張られて、すごく速い速度で移動するんだなって思う。

「おい、お前は中に入ってろ」
「そうさせて頂きます」

 比較的穏やかだと言われている今でさえ揺れる船に四苦八苦しているのに、これ以上の揺れで甲板にいるのはちょっと難しいかな。
 余計な迷惑かけられないし。

「やけに聞き分けがいいな」
「お手を煩わせる回数は、少ない方が良いに決まってますから」
「賢明な判断だな。マーチ、ついでだろう? 部屋まで送ってやれ」
「……了解」

 すでに壁に手をついてふらつかないように足をふんばっているわたしを見ての命令なんだろう。
 マーチに腕をとられて、よろめきながら歩くわたしは、どれだけ迷惑かけてるのか分からないけど。
 できることとできないことってあるよね、うん。

「遅くとも明日の正午には追いつくでしょうから。それまで、身体を休めていてください」
「スミマセン、お言葉に甘えさせていただきます」

 ぺこりと帽子屋さんに頭をさげて、マーチの腕をとりながらわたしは与えられていた部屋へと戻った。
 いろいろあって気が回らなかったけど、青空が広がっていた空も、オレンジ色に色を変えてきている。
 ちょっとだけ冷えてきて、ぶるりと震えた。
 それでも、明日のことを考えるとそんなことはどうでもよくなる。

「大丈夫……」

 わたしは明日、本物のような見た目をしている偽者のアリスと対峙しなくちゃいけない。
 戦うことが嫌なら、すぐに見つけて逃げて、誰も怪我なんかないよう素早く動かなくちゃ。
 それができるかの自信はないけど。でも、やらなくちゃいけない。

 それがわたしの、【偽者アリス】の役目だから。



偽ウミガメにスープを
(それは彼らを追い掛ける)
(方法の一つであって)
(わたしにとってそれは)
(【不思議の国】号に)
(認めてもらえた出来事だった)
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