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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

30 赤い花びら舞う

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 パンッと甲高い音で何かが破裂するような音がしたかと思えば、わたしは船長に手を引かれて後ろに隠されるように立ち位置を変わった。
 さっきの音が銃弾を放った音だと気付いたときには、間延びした話し方をする【地下の国】号の人がトランプを放っていた。
 チェシャがそれを全て打ち落とすと、カードがさくっと音を立てて地面に突き刺さる。
 ……と、トランプって武器になるものだっけ?

「逃がしたら、また怒られるんだよねぇ」
「怒られてればいーんじゃない?」
「ヤだね。邪魔しないでほしいって言うかぁ、迷惑……!」

 ひょいとチェシャが動き出すと、トランプをシャッフルしていたその人は、チェシャの動きに合わせてトランプを手裏剣みたいに放つ。
 チェシャが難なく避けて、目標を失ったトランプはそのまま綺麗に咲き誇っていた薔薇の花を散らせた。
 いや、トランプじゃ薔薇は切れないものだと思うんだけど。

「船長、巻き込まれると悪いからさっさと行っちゃってよ」
「始めからそのつもりだ」
「え、ちょ、船長!?」

 何またこの人チェシャをあっさりと見捨てようとしてるの!?
 抗議しかけたわたしなんか気にもしないで、船長はわたしの腕を掴んでこの場から立ち去ろうとしている。

「行かせるつもり、ないんだけどぉ……っ!」

 ぱっと放たれた薔薇の花を切ってしまえるトランプの札に、チェシャが左手で持ったサーベルを振りかざして叩き落した。
 なんでトランプなのにカキンとか、金属の音が鳴るの!? トランプって紙でしょ!?

「残念。これも失敗」
「お前が邪魔なのが悪い」

 対峙するように武器を持って向かい合った二人を後ろに、駆け出したわたしたちだったけど、不意に船長が振り向いた。

「おい、猫!」

 二人が嫌そうな顔をして船長を見た。
 ……ってことは、この人はダイナって呼ばれる人なのかもしれない。ダイナはアリスの飼い猫の名前だから。

「……傷一つでも負ってみろ、船内で飼い殺してやる」
「うっわ、最悪。……ほら、うちの船長の方が性質悪いと思わない?」
「だからって、同情なんかしてやれないけどねぇ……!」

 船長が再び走り出すのと同時に、後ろからまた金属が擦れあう音とか銃弾を撃つ甲高い音が聞こえてくる。
 その音にいちいちビクビクしちゃうわたしだけど、震える足はなんとか動いている。船長に引っ張ってもらって、なんとか。
 人のことなんか気にしてる余裕なんかないんだけど、それでも、言いたかった。

「気をつけて……!」
「……りょーかいっ」

 振り返ってる余裕もなくて、ただお腹の底から吐き出しただけの震えた声だったけど、それでもチェシャに届いた。
 パンッと響く音と一緒に、チェシャの機嫌の良さそうな声が返ってきた。
 見なくたって分かる。今絶対チェシャはニヤニヤと笑ってる。
 チェシャ猫だから?
 ……きっとそうかもしれない。

「……止まれ」

 どれくらい走っただろう。
 少なくともチェシャとダイナって呼ばれる人の、戦う音が聞こえなくなるくらいには遠くに来ているのは確か。
 迷路のような造りになっている薔薇園で、全力で走らされたわたしは、肩で荒い息を繰り返しながら植え込みのそばで屈みこんだ。
 こんなに全力で走ることなんて、体力測定のときくらいだから、ちょっと、辛い。
 流れ落ちる汗が目にしみる。酸素を吸いたいのに、薔薇のキツい香りを吸ってるような気がしてならないのは何で?

「はぁっ……、はぁっ!」
「……浅い呼吸を繰り返すな」
「ちょっ、ちょっとまっ……」

 不機嫌そうに言われたけど、今は落ち着かせるのに必死でそれどころじゃない。
 いきなり止まっちゃ駄目だとか、浅い呼吸をするより深呼吸した方が早く楽になれるとか聞くけど、そんなことやってる余裕なんかないよ。
 ただ精一杯息を吸って、胸の苦しさをとるのに必死だった。

「……仕方ない。そのままでいいから聞け」

 面倒くさそうにため息をつかれて、わたしは荒い息のまま船長を見上げた。

「このままだといつ目的を達成できるか分からん。効率的に動くためにお前の力を使え」
「ち、から……?」
「“声”が、聞こえるんだろう?」

 奪われた【神子の玩具】の“声”を聞け。
 船長はそう言いたいらしい。その方が、効率的に目的を達成できるから。

 【地下の国】号に乗り込む前に、決めていたことがある。
 偽者なのに聞こえる、【神子】にまつわる“声”。
 わたしが“声”を聞けたのは、いつもアリスの【証】と言われる指輪が関わっているとき。
 【神子】は、指輪がわたしをアリスの代わりに求めたと言っていた。
 それから立てたのは一つの仮説。
 裏付けも信憑性も、何にもないけれど。
 この指輪が、【主人公】たちが持っている能力の代わりをしてくれているんじゃないかって。
 だから、わたしは【神子の玩具】に関係あることはとりあえず指輪に触れようって、決めてた。

「……うまくいくかなんて、分からないですよ?」
「……弱気になるのは失敗してからにしろ」

 前髪をかき上げながら、船長は面倒くさそうに吐き捨ててきた。
 言葉にしていなくても船長命令だって、そう言っている気がするんだけど。
 わたしは震える指で、服の上から指輪を握り締めた。やわらかい布の感触の下に、丸い指輪があるのが分かる。

「……声を、聞かせて」

 あえて声に出して言うのも、そう強く自分に暗示をかけるため。
 何度もそう都合よくいくとは思ってないけど……。
 それでも、これが【不思議の国】号に乗せてもらったわたしの役割だから。どうか、声を聞かせて。

 もう一人のぼくがいるよ! 近くに、あっちに、感じるよ!

 急かすような声に、わたしはパッと顔をあげた。
 聞こえた。この【神子の玩具】の声が聞こえた!

「こっち! こっちです!」
「……聞こえたのか?」
「はい! こっちに感じるって、そう言ってるから……と?」

 わたしが声の聞える方へと駆け出そうとしたら、船長にまた腕を掴まれて止められた。
 こっちから聞こえるって分かるのはわたしだけだから、船長を先導しないととか思ったんだけど、どうして止めるの?

「船長?」
「お前の体力のなさと、この面倒な迷路に付き合ってられるか」

 酷い言い草だけど、否定できない。
 あからさまに不機嫌そうな船長が、帽子屋さんみたいにさっと腕をあげた。
 それから、目の前の薔薇の茂みに向かって振り払って……

「失せろ」

 ザシュッと、切り刻むような大きな音が聞こえたかと思えば、そこ一帯の薔薇の迷路がパッと裂けた。
 見えるところ全部、船長が振り払った範囲にある薔薇が全部! 細々とした花びらになって切り裂けていた。
 はらはらと舞う無残に切り刻まれた赤い花びらが、より強く香ってる気がする。
 むんと、濃厚な香りが鼻についた。

「……それで、こっちだな?」

 わたしがさっき指し示した方向に向かって、船長は細々と刻まれた緑の蔦や葉、赤い花びらを踏みしめて歩き出した。
 結局強行突破したってことになるんだけど、これって大丈夫なのかな?

「あの、船長」
「……くだらない疑問は却下だ」
「でも、これって【地下の国】号の人に、簡単に見つかっちゃうんじゃ……」

 なるべくなら衝突とかしたくないんだけどって、そう考えているわたしっておかしいのかな。
 ふわりと風が吹いて、地面に散らばった赤い花弁を舞い上がらせた。
 船長は小さく鼻で笑って、わたしを見下した。

「だからなんだ?」

 見通しの良くなったこの場所に舞い上がる赤い花弁。濃厚な香りをも奪い去ってしまうように吹いた風は、船長のそばを駆け抜けていくよう。
 挑発するように口元を引き上げた船長に、その光景に目を奪われた。

 あぁ、この人は赤い薔薇が似合う。

 咲き誇った薔薇じゃない。
 儚く散ったとしても尚、その存在感を主張している赤い花弁が船長の偉高さを表しているみたい。
 ハートの女王を名乗っているだけの気高さと、威厳がそこにあった。

「見つかったら叩き潰すだけのこと」

 まぁ、それを目的にしているのも否定はしないが。
 そう言って、船長はわたしが指し示した方向に向かって歩いていってしまうから、わたしは慌ててそれを追いかけた。
 薔薇の花弁が足元に敷き詰められていて、歩くたびにぱっと舞い上がる。
 そうやって船長に追いついたとき、それは起こった。

「人の庭園を勝手に荒らすとは、躾がなってませんね」
「なっ!?」

 ぶわっと巻き起こった小さなつむじ風に、切り刻まれた薔薇が吸い込まれていく。
 そして、その風が収まったときにそこにいたのは……

「躾直しましょうか」

 上品な服を着た、片目の男だった。
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