FC2ブログ

「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

31 コーカスレース

 ←30 赤い花びら舞う →32 私に出来る事

 その人の特徴を挙げるなら、右目を覆う長いダークブラウンの前髪と、丸い片目眼鏡(モノクル)。それから、タキシードみたいな礼服。
 率直に言うなら、隙のない人って思った。あまり近づきたくないタイプ。
 それ以外に……、なんて言えばいいんだろう。印象に残りにくいと言うか、特徴があまりないと言うか……。

「……お前は何だ?」
「人にものを尋ねるにはそれなりの礼儀が必要でしょう、女王?」
「俺が礼儀を払うような相手か、お前は」

 二人の間に火花が散ったような気がした。
 ピリピリとした雰囲気に、これが一触即発なんだって肌で感じて、わたしは全然動くことなんか出来ない。

「ねー、せんせいどこー?」

 二人の……わたしたちの気を引いたのは、この空気を破ったのは少し舌足らずのあどけない子どもの声。
 “せんせい”って、言った……?
 それじゃあ、この人が帽子屋さんが言っていた【地下の国】号の先生ってこと?
 ひょいと後ろの薔薇の茂みから顔を出したのは、左目を覆う眼帯がその可愛らしい姿に不似合いな……

「あ、りす……?」
「おねえさんだ!」

 ふわふわの長い金髪をなびかせて、水色のエプロンドレスを翻しながら小さなアリスは無邪気に笑った。
 公爵夫人にこの子も偽者だって言われてたのに、こう見るとやっぱり本物のアリスなんじゃないかって思う。
 不安になって船長の方を振り返った。
 船長は小さなアリスに興味がないようで、先生を鋭く睨みつけたままだった。

「アリス、こちらへ来なさい」
「でもせんせい、おねえさんが」
「二度も言わせるつもりですか?」
「……はーい、ごめんなさいせんせい」

 パタパタと慌ただしく先生に駆け寄る小さなアリスに、わたしは罪悪感ばかりが沸きあがってくる。
 だって、あの子がアリスを名乗るのが当たり前のように思えて、わたしが偽者を名乗るのは間違っているように思えるから。
 わたしなんか、全然、どこもアリスになれるような子じゃないから。

「……来い」

 俯きかけたわたしの腕をひいて、船長は自分の隣にわたしを立たせて重そうな銃を構えた。
 小さな、アリスに向けて。

「その物騒なものをアリスに向けてどうするつもりです?」
「所詮偽者だ、問題はない」
「偽者はそちらのお嬢さんでしょう? まぁ、その方をアリスと呼ぶには難しいでしょうが」
「素質がそれよりあるのは間違いないがな」

 船長が挑発するように先生に向かってそう言うと、空いてる片手でわたしの背中をぽんと叩いた。
 大丈夫だとでも言ってくれそうなそれに、わたしはぎゅっと服の上から指輪を握った。

 もう一人のぼくが呼んでる! 近くに、あっちで、泣いてるよ!

 小さくなる飲み物がそう叫んでいる。
 大きな青い瞳をきょとんと丸くさせた小さなアリスに、この声は聞こえているの?

「アリス、この声が聞こえる?」
「こえ? おねえさんのこえはきこえるよ?」
「違うの。泣き叫んでいる子どもの声、あなたには聞こえる?」

 こんなにも大きくなるケーキと離れ離れになって泣いている小さな飲み物の声が、あなたには聞こえる?

「おかしなおねえさん。だれもないてなんかないよ?」

 その言葉に、どんなにアリスの格好をしていても、この子は違うんだって思った。
 【神子】は本物でも声が聞こえないって言っていたから、偽者だって断定はできないけど。
 それでもこの声が聞こえるのがわたしだけなら、わたししか出来ないことをやるだけだ。
 ぐっと顔をあげて息を吸った。

「大きくなるケーキを返してもらうわ」

 まっすぐに先生を見て、わたしはそう宣言した。
 先生は片目眼鏡(モノクル)越しに鋭く細めた瞳で、わたしを見下してきた。
 大丈夫、始めの船長に比べれば全然怖くなんかない。
 怖かった船長だって、今はわたしを守ってくれるって言ってくれた。だから大丈夫。

「偽者が何を言い出すと思ったら……」
「貴方にそれを言われたくない。……先生だなんて、作者の偽者をしてる人に言われたくないわ」
「……あなたは、何者ですか?」

 のどから押し出されたような声に、動揺を隠しきれていない。
 何回目だろう、わたしが何なのか聞かれるのは。
 わたしはだぁれ?
 そんなの正確には答えられないけど。でも、今は違う。

「わたしは【不思議の国】号の偽者アリス」
「おねえさん、ボクのニセモノなの?」

 小さなアリスがきょとんとしながら言うけれど、それに答えるつもりなんかない。
 わたしは【主人公】であり【娘】であるアリスの偽者で、この子の偽者なんかじゃない。
 その意味を正しく理解してくれたらしい先生は、失笑を漏らした。

「その偽者にどうして返すようなものがあるでしょうか?」
「本来の持ち主に返すのは、当然のことだろうが」
「本来の持ち主なら、ここにいるではありませんか。本物の、アリスが」

 片目しか見えない青い瞳をくりくりとさせながら、小さなアリスが先生を見上げた。

「本物気取っている人の言うことなんか」
「ところで、貴方は何を知っているのでしょうかね? 私が、偽者などと嘯(うそぶ)くなんて」
「嘘なんか言ってません!」

 だってそうでしょ?
 不思議の国のアリスの作者、ルイス・キャロルは数学学者で、教鞭を握っていた人だもの。リデル家の三姉妹がそんな彼のことを先生を呼ばなかったなんて、誰がそう言いきれるの?
 アリスにそう呼ばせることで、自分が作者にでもなったつもりでいるのなら、それこそ頭がイカレてる。

「【地下の国】号にいるのは、アリスと飼い猫のダイナと、先生って呼ばれる人だけ。現実世界にいる人たちばかりの名前をつけるなんて、自分たちはまともだって言いたいんですか?」
「……何を知っているとでも言うのでしょうか、そんなちっぽけな存在で」

 先生の手にいつの間にか握られた鞭が、ぴしりと音を立てた。

「貴方は少し、伝承について詳しすぎぎる。知識とは時に身を滅ぼすこととなるのですよ?」
「……お前に人のことを言えるのか?」

 船長が照準を小さなアリスから先生へと合わせた。
 やだな、また一触即発な雰囲気だ。
 どうしてこう、平和的な解決に向けることができないんだろう。
 そう考えるのは、わたしが平和ボケした頭だからなのかもしれないけれど。

「お前は先生と名乗るに値しない」
「……では、なんだと言うのでしょうか? 単純な頭の女王陛下なら分かると?」
「……アリス、お前なら何と言う名をつけてやる?」

 わたしに話をふられたけれど、二人の間で交わされる言葉の深い意味なんか、考えてられる状況じゃない。
 この状況をなんとかしないとって、そんなことばっかり頭を巡る。
 小さなアリスはきょとんと先生のそばにいる。
 先生は鞭を片手に船長を鋭い目で睨んでいる。
 船長はそんな先生に銃を向けて、嘲笑しているかのように見下している。
 わたしは、“声”が聞こえながらも動けないでいる。
 目的なんか単純に分かっているけれど、そんな単純なことですらできない。
 身体は強張っているけど、足が震えているわけでもないし、動けないわけじゃない。
 どうしたらいいのか、考えて。考えて、動け!

「わたしなら……、ドードー鳥って呼びます」
「ドードー鳥だと?」
「知りませんか? ドードー鳥は、ルイス・キャロルの本名に一番発音が近いってこと。彼が物語の分身として登場させたのは、アリスだけじゃないんです」

 アリスが喜ぶように、現実の人物をちょっとずつ混ぜて、作り上げた不思議の国の住人に、どうして彼が混ざってないと言えるの?
 こんな推論と推測の飛び交う話だから、いろんな人がいろんな解釈をして、引き込まれる。
 それが【不思議の国のアリス】と言う物語なのだから。
 わたしがどう解釈して、どう動いたって、それでさえこの物語の一つだって言えるんじゃないの?
 わたしがそう断言すると、船長と先生は小さく肩を揺らして笑ってた。

「我が船のアリスを舐めない方がいい」
「えぇ、十分イカレた考えをお持ちのようだ。ただのお嬢さんとは思えない」
「せんせい、なにがおもしろいの?」

 小さなアリスが、不思議そうに先生を見上げた。
 そんなアリスの頭を優しく撫でて、ニヤリと口元を引き上げた。
 なんだろう、すごく嫌な予感がする。

「……コーカスレースを始めましょうか」
「は?」
「あぁ、面倒だからな。それでいい」
「ちょっと船長……!?」

 意味がよく分からないものに、なんでそんなにあっさりと頷けるの!?
 そんなわたしの声も船長は気に留めてくれないで、ガチャリと重そうな銃を鳴らした。

「聡いお前には、コーカスレースがなんなのか分かるだろう?」
「……あの、ぐるぐる回って身体を乾かそうってやつのことですよね?」
「……間違ってはいないがな」

 コーカスレースはドヤドヤ競争って訳されることもあって……。
 ええと、アリスの涙で作られた池に落ちた動物たちと手を繋いで、ぐるぐる回って身体を乾かそうって言うアレのことを指しているんだと思う。
 それをレースとして言ったのはドードー鳥で、一番早くに乾いた人の勝ちとかなんとか言ったんじゃなかったっけ?

「貴方が私をドードー鳥と言うのでしたら、私はコーカスレースを開催する権限を所持できますからね」
「せんせい、コーカスレースってなぁに?」
「簡単なことですよ」

 もちろん貴方も分かっているでしょう、と船長に向けて目配せをする先生に、船長も当然だと言うように鼻で笑って応えた。
 わたしには全然、分かんないんだけど。

「ルールは極めて単純ですよ。それを手に入れた者が勝ち。それだけです」

 ……それがなんなのか、何が言いたいのか分かった気がした。

「実に単純明快なルールはお気に召して頂けましたかね?」
「あぁ、面倒がなくてクロケーをするより楽だ」
「それでは、問題ありませんね」

 先生がとんと、小さなアリスの背中を押したと同時に、わたしも船長に肩を押された。
 一目散に走り出した小さなアリスとわたしの背中に、先生のどこか楽しそうな声が聞こえた。

「楽しいコーカスレースの始まりですよ」

 同時に聞こえる爆音。
 爆風に押されるように走り出したわたしの近くで、小さな足を懸命に動かしながら走る小さなアリスが無邪気な笑い声をあげた。

「たのしい、たのしい、コーカスレース!」

 全然、楽しくなんかない!
 そう叫びたくても、そんなこと言えなかった。後ろでは連続した爆音が響き渡っている。振り返えらなくても分かる。
 何をしてるかって、船長と先生が戦ってるんでしょ?
 どうやってとか、何を使ってとかは考えたくなんかない。わたしはヤマネくんやチェシャを置き去りにして行ったように、船長までも犠牲にして逃げ出したんだから。
 逃げだした……?
 ううん、違う。

 あっちだよ! あっちで、泣いてるんだ!

「わかっ、てる……!」

 強く握り締めた指輪と、ポケットに入っている小さくなる飲み物を強く感じながらわたしは真っ直ぐ前を見た。
 わたしには、わたしの目的があるんだから、そのために動くだけだ。
 そのために協力してもらって、脅威になる彼等の相手をしてもらっているんだから。
 そんな彼等に報いるために、わたしは見つけるだけだ。

「おねえさんと、きょうそうだねっ!」

 この小さなアリスより先に、奪われた【神子の玩具】を、大きくなるケーキを手に入れるんだ。
 なんでもありなコーカスレースに勝つことが、わたしにできることで、やるべきことなんだから!

「ボクまけないよー!」
「わたしだって!」

 大人気ないと言われそうな答えだけど、わたしだって【不思議の国】号の偽者とは言えアリスを名乗っているんだから。
 同じアリスを名乗るこの子に負けたくなんかなかった。

『あなたはアリスに成り代わろうとしているの!? あなたがアリスになれるとでも思っているのかしら!?』

 ふと、公爵夫人にそう言われたことを思い出した。
 わたしがアリスになれるはずない。わたしはアリスじゃないのは事実だから。
 ……それでも偽者は本物に憧れるんだ。
 本物になれたらって思うんだ。
 本物になりたいと思ってしまうんだ。
 それが酷く滑稽に見えたとしても、わたしは本物の代わりに動きたい。
 わたしが偽者でもアリスと認めてくれた人たちのために。
 わたしに目的を与えてくれた人たちのために。

 何より、わたしのためにも。
関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【30 赤い花びら舞う】へ
  • 【32 私に出来る事】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【30 赤い花びら舞う】へ
  • 【32 私に出来る事】へ