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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

33 船を反転させて

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「マッド、今すぐ出航しろ」
「かしこまりました」
「チェシャ猫、お前は奴らから目を離すな」
「船長、人使いが荒くない?」
「チェシャ、猫の手も借りたいと言うでしょう?」

 光が収まったと思ったら、船長たちは慌しく動き始めた。
 あぁ、【不思議の国】号に戻ってきたんだって思ったら、なんだかほっとしちゃってぺたんとその場に座り込んでしまった。
 ここなら安心できる場所で、敵なんかいないんだって。
 あんな戦いなんか起こらない場所なんだって。

「……おい」
「え?」
「座るなら他所で座れ。邪魔だ」
「わっ!? ちょ、船長」

 座り込んだわたしを引っ張りあげて、船長は乱暴に船内へと続く扉の方へと突き飛ばした。
 突然のことに足がもつれて動けないわたしは、ぐらりと傾いて……

「……平気?」
「だ、大丈夫。ありがとうマーチ」

 倒れ、なかった。
 ぽすんと受け止められたおかげで怪我はない。
 またマーチに受け止めてもらっちゃったんだって思うと、なんだか申し訳ない反面、よくちょうどいい場所にいてくれるなって思う。
 長身のマーチを見上げたわたしに、マーチはぽすんと頭に手を乗せてきた。それから、その大きな手でゆっくりと撫でてくれる。

「……とりあえずは、お疲れさま」

 抑揚のない声でのいたわりの言葉だけど、それでも嬉しかった。
 色々いっぺんに起きすぎて疲れた。
 正直、今すぐ何もかもを放り出してベッドに倒れ伏せてしまいたい。
 ごちゃごちゃしたことを考えるのを後回しにして、全部忘れてしまいたいって思う気持ちがある。
 そんな部分があるから、マーチの一言はじんわりとしみこんで、思わず涙汲みそうになった。
 いやだな、こんなことで泣きたくなんかないのに。

「ウサギ、いい加減仕事すれば?」
「……おかえり」
「そんなことどーでもいーし。船長、奴ら動きだした」
「兎、砲撃の準備だ。おいマッド、まだか!」
「動きます!」

 わたしがちゃんと立てたのを確認してから、マーチも慌しく動き出した。
 帽子屋さんの一声で、ゆっくりと船が進みだす。
 船の前にはあの大きな偽ウミガメがいて、波を起こしながらゆっくりと海を泳いで【不思議の国】号をひっぱってくれる。
 またあの激しい揺れが始まるのかって思うと、疲労感が増すっていうか勘弁してって気分になるんだけど。
 でも、見張り台に上ったチェシャや、甲板でまだ重そうな銃を握っている船長が【地下の国】号に鋭い視線を向けているのを見ると、そうも言ってられないのが分かる。
 わたしは取り戻した“大きくなるケーキ”の入った箱を握り締めて、壁に背を預けながら黒い戦艦を見た。
 立場が逆になるんだ。
 わたしたちが追っていたのに、今度はわたしたちが追われる。逃げ切るなんて選択肢しかない、これこそまさにコーカスレースだ。

「……慣れない大きさに、先ほどと同じスピードがでないようですね」
「強硬手段過ぎたか。まぁいい、そうなれば次の手を使うまでだ」

 船長は挑発するようにうっすらと笑い、追いかけてくる【地下の国】号を見据えた。

「クイーン、威力は抑えてくださいよ」
「気が向いたらな」

 突き出された指先に、ぽうと、青白い光が灯った。
 それから、急速に大きな光に変わって一つの魔方陣が現れる。複雑な記号と文字が並ぶ魔方陣は、わたしにとって本当に映画でも見ているような感じで……。

「少しは頭を冷やせ」

 すいと、魔方陣を振り払うように腕を振ると、ざぁと勢いよく水柱が上がった。
 【地下の国】号を覆い囲む檻のように。何本もの巨大な柱が天へと上がったかと思えば、パキパキと音を立ててそれが固まっていく。
 水柱が氷の檻に変わって、【地下の国】号を閉じ込めた。

「……綺麗」

 そんなこと呟いている状況じゃないって分かってても、キラキラと舞う氷の柱に目が奪われた。

「完全にってわけじゃないけど動きはとめたみたい。さすが船長、やること無茶苦茶」

 上から降ってくるチェシャの声に、わたしは大きく息をついた。

「マッド、後は何とかしろ」
「かしこまりました」

 同じようにゆっくりと息をついた船長に、帽子屋さんが困ったような声で返していた。
 それから、気だるそうにこっちに向かって歩いてくる船長は、ふと壁に背中を向けて張り付いているわたしを見た。
 何でまだここにいるんだとか言われそう。

「……」

 ち、沈黙が痛い。
 何も言わないでじっと切れ長の碧眼を向けてくる船長を、恐々と見上げようとしたら軽く頭を叩かれた。

「ちょっ!?」
「馬鹿かお前は」

 叩かれた頭に手をあてて、抗議しようと睨みあげたら今度は頬をつまみあげられた。
 いや、ちょっと遠慮がなさすぎるって言うか、女の子にするような態度じゃないよね!?

「船長っ!」
「こんなことしてる場合じゃないだろうが」
「へ?」

 ぱちんと離された手に今度は頬を押さえていると、船長は呆れたようにため息をついてわたしの頭をくしゃりと撫でた。
 さっきは叩いてきたのに今度はちょっとだけ優しく。

「お前にはまだ、やるべきことが残ってるだろう?」

 わたしのやるべきこと。
 【神子】にアリスの【神子の玩具】を二つ揃えて返すこと。
 今は取り返しただけで、まだ終わってなんかない。
 “大きくなるケーキ”が入った箱をしっかりと握り締めて、わたしは船長の碧い瞳を真っ直ぐに見上げた。

「はいっ」
「着くまでにはまだ時間がある。しっかり身体を休めとけ」

 それだけ言って、船長は歩くのも面倒臭そうに船室へと消えていった。
 少し乱れた頭を手櫛で梳いて整えてから、深く息を吸って、吐く。
 まだ、終わってなんかいない。あの子の涙を止めてない。

「よし」

 もう一回公爵夫人の島に戻るんだろうから、それまでに色々考えたいこととか、整理しよう。
 どうせまたあの激しい揺れに寝ていることも、まともに立っていることさえできないんだから、時間はある。
 そうと決まれば大人しく船室にいようと、そろそろと動き出したわたしの腕を誰かに引かれた。

「アリス」
「帽子屋さん?」
「少々、お時間をいただけますか?」

 船長と似たような顔立ちで、でも船長とは違う甘い雰囲気を醸し出す帽子屋さんに、なんだろうと首を傾げた。
 甘く微笑んだ帽子屋さんの目は、少し複雑そうに揺れている。
 話を聞かない方がいいのかもしれない。
 断った方が、帽子屋さんにそんな目をさせないのかもしれない。
 そう思いはするんだけど、わたしは促されるように頷いていた。

「ありがとうございます、ついでにヤマネの様子を見に行きましょうか」
「あ、ヤマネくんは……?」
「自室で眠っています。ちゃんとベッドで寝ているといいのですが」

 困ったように笑う帽子屋さんに、ヤマネくんの姿だけ見てないなって思い出させた。
 そう言えば、ヤマネくんは眠っちゃうからとかなんとかで、一緒に来れなかったんだっけ。
 誰も握り締めてくれない手を、後ろでそっと握り締めた。

「チェシャ、見張りを続けていてください。彼女のことも、変化があったら連絡を」
「あんたの言うこと聞く筋合いなんかないんだけど」
「ご冗談を。ご自分の役割をも放棄するつもりですか?」
「役立たずはいらないってことでしょ? 最低限くらいはしとく、気が向いたら」

 はっきりしない言い方しかしない二人のやりとりに、目を白黒させていたけど、帽子屋さんがわたしの手をいつの間にか引いていたから気にしなくてもいいのかなって思った。

「あぁ、マーチ」
「……分かった」

 目と目を交わすだけで伝わるやりとりに、わたしには分からない何かがここの船員にはあるんだろうなってそう思わされた。
 部外者で偽者のわたしがそれを知る必要なんかないんだけど、それでもちょっとだけ、【不思議の国】号から疎外感を感じた。

「参りましょう。お手をどうぞ、我らがアリス」

 差し出された手に自分のそれを重ねることに、今はもう躊躇なんかないけれど、それでも、この淑女的扱いはやっぱりなれないななんて思うのは仕方ないよね。
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