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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

34 本物のアリス、とは

 ←33 船を反転させて →35 女王の命令

 帽子屋さんに手をひかれながら船内を進むと、やっぱりと言うかなんと言うか、徐々に大きくなっていく揺れに振り回され始めた。
 ふらふらとしてしまうわたしを見かねたのか、帽子屋さんは慣れた手つきでわたしを引き寄せて、腰に手を回してくる。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫じゃないです、主に帽子屋さんの、手がっ!
 ウエストに添えられた手はわたしを支えるためで、他意なんかないって分かってるんだけど!
 でも、太ってるのバレるって言うか、お腹周りだけはやめてください本当に!
 ……とか面と向かって言えないけれど。

「はぁ、その、まぁ」
「耳、赤いですよ?」
「!?」

 後ろから囁くように呟かれた言葉に、びくりと肩を震わせた。
 み、耳に吐息が当たって……わざとじゃないよね?
 思わず体を引いたわたしだったけど、ここが船だってことを忘れてて……。

「あぁ、離れるとあぶ」
「うわぁっ!?」
「危ないですから、離れないでください。少なくとも、今だけは」

 揺れに足をもつれさせたわたしを、事も無げに元の状態に戻した帽子屋さんは甘いテノールでくすくすと笑った。
 なんだか妹感覚で扱われているような気がするんだけど、そんなにわたし手が掛かるようなことしたかな?
 なるべく迷惑をかけないようにって、そう思いながら行動してきたんだけど。
 耳がまだ熱いのを自覚しながら、わたしは帽子屋さんにエスコートされながら、ヤマネくんの船室だろう場所にたどり着いた。

「失礼」

 ひかれていた状態の手を離して、軽くノックをしたけど返事はない。
 ヤマネくんは寝てるから、返事がないのは当たり前なんだろうけど。
 帽子屋さんは律儀に断りを入れてから扉を開けた。

「あぁ、やっぱり」
「ヤマネくん!?」

 ヤマネくんの部屋もわたしの部屋と対して変わらないんだけど、なんていうか、生活感があった。
 椅子には船服の上着が無造作に掛けてあって、机の上には飲みかけの瓶と開きっぱなしの本。
 それから少ししわが寄ったシーツのベッドは、ヤマネくんがそこから転がり落ちた跡がよく分かった。
 この船室の主のヤマネくんは、ベッドの脇に転がり落ちていて、それでも起きる気配がないみたいですやすやと寝息をたてている。

「世話がかかりますね、本当に」

 帽子屋さんはわたしから手を離して、少し困ったような口調でヤマネくんを抱き上げてベッドに戻していた。
 わたしは、勝手に男の子の部屋に入っていいものかどうか悩んで、入り口にしっかりしがみついていたんだけど……。

「大丈夫です。こちらへ、アリス」

 ヤマネくんを静かにベッドに横たえた帽子屋さんが呼んでくれたから、わたしはよろめきながらも側に駆け寄った。

「またヤマネが落ちると心配なので、こちらでも構いませんか?」
「あ、はい」

 理由がちょっと目が話せない弟のようで、わたしは小さく笑いながら頷いた。
 備えつきのサイドテーブルの近くに椅子を引いてきて、そこに座る。さすがに、ベッドに座るっていうのも悪いって言うか、男の子が寝ているそこに座れるほど無神経じゃない。

「……そちらは、【神子の玩具】でしょうか?」
「はい、“大きくなるケーキ”です。ちゃんと本物ですよ?」
「疑ってはいません。我らがクイーンが認めたのなら、私たちはそれに従うまでですから」

 膝の上に置いたガラスケースに、ポケットの中に入った小瓶。
 これを秘宝の【神子の玩具】だって言うには信じがたいことなんだと思うけど、でも本当だとしか言うことができない。
 これらは本当に、わたしの体を大きくしたり、小さくしたりしたんだから。
 アリスがウサギ穴に落ちた後に、不思議の国への扉を開こうとしたのと同じように。

「貴女はそれを【神子】の元にお届けする。それは【神子】との約束ですから守るのは当然とでも言えるでしょう」

 それが、今わたしがやるべきことで、できること。
 意味が分からないままこの世界に落ちて、意味が分からないまま戦いに巻き込まれて、アリスと言われて。
 分からないなりに、一つ分かることは、あの子をこれ以上泣かせていてはいけないってこと。
 だから、わたしはこの使命を果たすことだけを考えていた。

「ですが、貴女は公爵夫人にまだ認められていません」

『わたくしは貴方を認めないわ。たとえアリスの【証】や【神子】が認めたとしても、わたくしは認めない』

 あぁ、そうだった。
 そう言った公爵夫人にわたしは認めなくてもいいとか、そう言葉をぶつけて飛び出してきたんだった。
 勝手にするって、【不思議の国】号の力を借りて【神子の玩具】を強奪してきた。
 海賊船だから、奪い取って、逃げているんだ。

『【不思議の国】号は勝手にすればいいわ。わたくしには関係ない』

 拒絶を繰り返した公爵夫人の島に、また否定と拒絶をされるんだと思うと哀しいけど。

「公爵夫人の力が強く働く場所ですから、【神子の間】に辿り着くまでに迷わされるのは目に見えて分かります」
「あぁ、えっと、幻術魔法とかなんとか……?」
「えぇ。あの時はアリスの“声”を聞く力で事なきを得ましたが、二度も上手くいくとは限りません」

 “小さくなる飲み物”を公爵夫人の館で見つけたときと、同じようにはいかないってことだよね。わたしだってそう簡単に上手くいくとは思ってないけど……。
 それなら、どうしたらいいの?

「認めさせてください。公爵夫人に、貴女が我らがアリスだと」
「え……?」
「公爵夫人は、【娘】と【主人公】を判断する役目なのですから」

 どう言うことなんだろう?
 【娘】と【主人公】を判断する役割って、言葉通りに受け止めれば伝承にある【神子の玩具】に関係ある人を見分ける的な意味なんだろうけど。
 でも、『不思議の国のアリス』の公爵夫人はそんな役割をもってなんかない。
 わたしの知っている話とは違うってこと?

「貴女は我々に、【不思議の国】号のアリスと認められたのは事実です。同じように、公爵夫人にも認めさせてください」
「でも、公爵夫人は、本物のアリスじゃないと認めないって言ってました……」
「えぇ。ですが貴女が限りなく本物に近くて遠い偽者だと言うことは、周知のことです。夫人も分かっていらっしゃるでしょう」

 帽子屋さんは分かっているって言っている。
 癇癪もちの公爵夫人だって、自分でも分かってると叫んでいた。
 でも、どうしてみんな本物のアリスを捜し続けているの?
 船長だって、公爵夫人だって、先生だって、みんなアリスに固執しているように思える。
 本物のアリスって、何なの?

「帽子屋さん」
「なんでしょうか?」

 船の揺れと一緒に、ヤマネくんがベッドの隅に寄っていくのを止めた帽子屋さんは、穏やかな声で答えてくれた。
 わたしは、どこかぼんやりとした視線を向けて、ぎゅっと箱を握り締めた。


「本物のアリスって、何ですか?」


 わたしはただの女子高生だったはずなのに、今は都合のいい夢を見ているような不思議な体験をしている真っ最中。
 童話が好きだから、他の人より詳しいのは認めるけど、それ以外にはなんのとりえだってない、可愛くない女の子だ。

「本物のアリスがいないって、どう言うことですか?」

 名前だってアリスじゃない。ユキ。
 あんなに小さな女の子じゃないし、性格だって全然アリスとはかけ離れてる。
 どうしてわたしがアリスって呼ばれなくちゃいけないんだろう。
 どうしてわたしが偽者って呼ばれなくちゃいけないんだろう。

「アリスって、何なんですか……!?」

 わたしはわたしなのに、偽者なんて呼ばれたくない。
 でもアリスじゃないとここにはいられない。この船にいられない。
 本当は帰りたいのに、帰り方すら分からない。
 何も分からなくて、何が苦しいのか何が哀しいのかも分からないけれど、でも、妙に胸が苦しかった。

「……答えてください」

 喉に詰まりそうな言葉を吐き出した。苦しくて、指輪を握り締めた。
 帽子屋さんの碧い瞳が揺れていた。
 長いまつげを伏せて、わたしから視線を外す。


「答えてください!」


 あぁ、卑怯なことしてる。
 答えたくないって、そう強張った肩から分かるのに。
 それでも責めるように叫びだした声が帽子屋さんを追い詰めてる。
 それ以上何も言えなくて、唇を噛み締めた。
 断続的に続く波の音と、ヤマネくんの規則的な寝息だけが聞こえる。

「……アリスは、いません」

 ぽつりと、帽子屋さんが震える声で呟いた。
 とても小さな声だったのに、妙に耳に残るその言葉は何度も何度もわたしの頭を繰り返す。



「本物のアリスはいません。それが、全てです」



 アリスはいない。
 本物のアリスはいない。
 それじゃあ、本物がいなくなった偽者は、どうすればいいの?

「アリスがいないって分かってても、アリスを立てるんですか? わたしだけじゃなくて、【地下の国】号のアリスみたいに」
「アリスがいなければ、話が崩壊してしまいますから」

 ゆっくりとまぶたを押し上げた帽子屋さんは、何事もなかったかのように穏やかに微笑んだ。

「ですからアリスにより近い偽者が物語には必要なんですよ」

 それ以上は聞けない。
 聞いちゃいけないと、これ以上踏み込んじゃいけないんだと感じて、わたしは曖昧に頷いた。
 わたしが知るようなことじゃない。
 わたしが興味をもっていいことじゃない。

「貴女は我らが【不思議の国】号の、偽者アリスでしょう?」

 どうせ目が覚めたら、夢の中の出来事だったって思うだけなんだから、こんなこと気にしなくてもいいじゃないか。
 こだわる必要だってないじゃないか。
 これは半分現実で、半分夢の、『不思議の国のアリス』の奇妙なお話なんだ。
 アリスは何も知らなくても話を進めていったんだから、わたしも同じように目隠しのまま先に進まないと、いつまでたっても夢から目覚められない。

「そう、ですね」

 でも、わたしはアリスじゃないから。
 本物のアリスの代役だから、そんな知らないままとか、納得しないまま物事を進めたくなんかないよ。
 何故だかじくじくと痛む胸を押さえて、わたしは小さく頷いた。

「貴女には酷な事を申し上げてしまいますね。女性にはこのように接したくはないのですが……」
「優しくなんか、されたくないです」
「貴女は、少し強情ですね」

 困ったような言葉に、優しく頭を抱き寄せられた。
 帽子屋さんの肩に顔を押し付けるような形で、優しく髪を梳くように撫でられる。
 “アリス”と言う存在に翻弄されていたわたしを落ち着かせてくれようとしてくれてるのか、ぽんぽんとあやすように背中を叩かれた。
 ……どうしよう、ちょっと泣きそうだ。

「泣いてもいいんですよ」
「……嫌です」
「気丈に振る舞わなくても、誰も責めたりしません」

 じわりと緩みそうになる涙腺を意地でも止めて、息を殺した。
 優しい手に暖かな温度は、何も分からなくてぐしゃぐしゃになっていたわたしを全部包み込んでくれそうで。帽子屋さんに縋って泣いてしまったらって思う。
 でも、そんな帽子屋さんの好意に甘えたくない。
 ここで泣くのは間違ってる、泣いたって何も変わらないんだから。

「泣いてる場合じゃ、ないですから」

 震えそうになる声でハッキリと言って、そっと帽子屋さんの胸を押した。

「強い、ですね。貴女は」
「強がってるだけです。だから、優しくなんて、しないでください」
「それはお約束できません」

 さらりと、名残惜しいとでも言うように、わたしの黒髪が帽子屋さんの白い手袋から流れ落ちた。

「貴女の助けになりたいと思うのは、ご迷惑でしょうか?」

 真っ直ぐに向けられる優しく細められた碧眼。
 愛しく思われているって、勘違いしてしまいそうだけど、その言葉を拒否することなんかわたしにはできなかった。
 帽子屋さんは優しくて……優しすぎて、わたしなんかにその優しさを向けてもらうのはお門違いだとか思うけど。

「迷惑なんかじゃ、ないです」
「ありがとうございます。微力ではありますが、お力添えになれるよう尽力いたしますことを、お約束しましょう」

 覗き込まれるようにして真っ直ぐに目を合わせられた。
 あの、顔、近いんですけど……!
 白い肌に長い睫毛に縁取られた碧に映りこむ、わたしの顔が赤いのが分かるくらいに近い。
 こんな状態でまともに言葉なんか返せなくて、わたしは無意味に口を開けたり閉めたりしていた。
 そんなわたしを見て、小さく笑った帽子屋さんはそっとわたしから離れて、羽根つき帽を被りなおした。

「公爵夫人の元に、お伺いする旨をお伝えしてきます。それから、我らがクイーンのご機嫌をお伺いに」

 肩に零れた一つに縛った長い髪を背中に流して、ゆっくりと扉の方へ歩いて、ふとわたしの方を振り返る。

「先程よりは速度を落としてますので、まだ歩き回ることは可能だと思うのですが……」
「あ、それは全然大丈夫です!」
「では、また後ほど」

 尚も揺れる船で華麗に礼をした帽子屋さんに、わたしは返す言葉が見つからなくて、しばらくその場から動けなかった。
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