FC2ブログ

「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

36 公爵夫人との再対峙

 ←35 女王の命令 →37 決断

 ヤマネくんがベッドから転がり落ちないように、見守りながら自分を落ち着かせたわたしは、一つ大きく深呼吸をしてゆっくり立ち上がった。

「行ってくるね、ヤマネくん」

 さらさらの前髪を軽く撫でて、部屋を後にする。
 二つの【神子の玩具】をしっかりと握り締めて。
 公爵夫人の島には、あとどれくらいの時間で着くかは分からないけど。でも、疲れて重くなった身体を休ませたらそのまま寝ちゃいそうな気がしたから、とにかく甲板に出てようと思った。
 波に揺れる廊下をフラフラとしながら歩く。
 もちろん、壁に手をついて転ばないようにしながら。

「揺れに慣れるってのも変な話だけど」

 一日くらいかな?
 船に乗ってればそういうものだって思える自分がいる。
 コレが夢なのか現実なのか幻なのかは分からないけど、それでもそういうものって割り切れるくらいには、色々慣れたみたい。
 そんなことを考えながら甲板に出ると……、マーチとチェシャがすっごく忙しそうに動き回っていた。

「ウサギ、ロープ! そっちじゃなくて隣の!」
「……投げるぞ?」
「これ終わったら、そっち」
「あぁ。帆の確認も、頼む」

 ひょいひょいと高いマストを危なげもなくロープを伝っているチェシャに、補佐する形でマーチが甲板から色々投げたり受け取ったりしている。
 え、なんなのこれ?

「……アリス?」
「え、や、あっ」

 忙しいそうだから気にしないで、って言おうとした言葉が焦って出てこなかった。
 妙に挙動不審なわたしを、変わらない表情でマーチは見下ろして、軽く首を傾げた。

「……どうかした?」
「えっと、公爵夫人の島って、あとどれくらいですか?」

 焦っていてもどうしようもないと言うか、結局気になっていた事を聞いていた。
 とっさの一言が、なかなか上手くでてこない。
 マーチはそんなわたしをじっと見てから、すっと偽ウミガメの頭の方を指差した。

「……見えるくらいには、近い」
「あ、本当だ」

 しぶきを上げて船を引いてくれる偽ウミガメの陰になってはいるけど、ぽつんと、青い海にぼんやりとそれっぽい影が見える。

「……まだ、時間は掛かるけど」
「それじゃ、まだ到着まで時間はあるってことですよね?」
「そうでもないですよ」
「!?」

 すぐ後ろで聞こえた声に、ビクリと肩を震わせた。

「……マッド」
「準備の方は?」
「大丈夫」
「ウサギ、サボってないで換えのロープ!」

 不機嫌そうに上から掛けられた言葉に、マーチは帽子屋さんへの言葉もそこそこに新しいロープをチェシャに投げ渡していた。
 なんでこんなことやってるんだろうって、わたしにはよく分からないけど。

「アリス」
「は、はい?」
「私たちは一足先に上陸します」
「えっと、魔法で?」

 羽根つき帽子を押さえながら、帽子屋さんはふわりと微笑んだ。
 その直視できない優雅な笑顔は、間違いなく肯定なんだろうけど。

「少々遠いですが、船の操縦をマーチに一任すれば大丈夫でしょう」
『マッドの魔力をもってしてこの船を動かしている。そんな大きな魔力を船に費やしていると、長距離の転移魔法は無理だ』

 船長に説明してもらった言葉を思い出すと、そんなことしても大丈夫なのか心配になるんだけど……、平気なのかな?
 そんな気持ちが顔に出てしまったのかもしれないんだけど、帽子屋さんが大丈夫ですよ、とわたしの肩を抱き寄せた。

「え、ちょっ」
「マーチは船を動かせるくらいの実力はありますから、【不思議の国】号のことはご心配なく」

 ご心配なくって言うか、その、肩って言うか、あの、抱き寄せられるの、やめてほしいんですが。
 さっきの今なのに……!

「それでは、公爵夫人の島へ飛びますよ」
「待っ」

 待てません、と囁かれたかと思ったら、わたしは光に包まれた。

「ここに上陸していいと、許可した覚えはないわ!」

 光が消えた瞬間に投げつけられた言葉。
 ヒステリックな声に、ビクリと身体がすくんだ。

「おや、ですが先に上陸する旨の伝言は送ったと思いますが……」
「お黙り! 今すぐ帰りなさい! 何度来たって、わたくしは本物のアリスしか認めないわ!!」

 ゆっくりと帽子屋さんから離れて、視線だけで辺りを見回した。
 ここは、部屋の中。きっと、初めて公爵夫人に会った部屋なんだと思う。
 クイーンさんの船長室にあるような立派な漆塗りの執務机から乗り出すように、鋭い印象を与える公爵夫人が叫んでいるのがまず目に入る。
 それから、震えるように部屋の隅にいる、子どもくらいの大きさの服を着たカエルとかサカナとか……は、見なきゃ良かった。

「夫人、落ち着かれ」
「公爵夫人、あの子に会わせて下さい」

 宥めようと一歩踏み出した帽子屋さんの言葉を遮るように、わたしはガラスケースを握り締めながら、公爵夫人の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見た。
 自分でもビックリするくらい声は落ち着いている。

「【神子】に、会わせて下さい」
「偽者がわたくしに命令するなど……!」
「偽者って分かってもらえているならそれでいいです。そんなことより、わたしは【神子】に会わせて下さいと、言っているんです」
「そんなことですって!?」

 そんなことだ。だってわたしは偽者アリス。
 アリスじゃないのは明白で、それが事実だと言っているんだから、それは些細な事。
 それよりも、わたしは【神子】の涙を止めてあげたいと思う。
 止まるかどうかは分からないけど、それでもこの二つ揃った【神子の玩具】は【神子】のものだから、返してあげたい。

「公爵夫人が許してくれないと、【神子】に会いに行くことはできないみたいだから」
「【神子】に会う資格があるのは、【娘】か【主人公】だけよ。それ以外は認めないわ!」
「公爵夫人……」
「わたくしは、本物のアリスしか、認めないわ!!」

 わたしから目を逸らしてぎゅっと瞳を閉じた公爵夫人は、強い言葉で叫びだした。
 それがとても悲痛な響きを含んでいるように思えて、この人に会ったときから感じていたことが、本当にそうなのかもしれないって思った。
 公爵夫人は、ずっと苦しんで、悲しんでいるままなんだって。
 わたしが本物の【アリス】に劣等感のような気持ちを抱くのとはまた別のものだけど、それでも彼女も悲しくて、苦しいと思っているんだと思う。
 本物の【アリス】が何なのかわたしには分からないけど、公爵夫人はとっくに認めている事実を捻じ曲げてしまいたくて、でもそれが難しくてあがいているように見える。

「本物の【アリス】は」
「アリスはアリスよ! お前みたいな小娘ではないわ! わたくしのアリスは、また、わたくしの元に帰ってくるのよ!!」

 全部わたしの勝手な考えで、公爵夫人が本当にそんなこと考えているのかどうかなんか分からないけど。

「わたくしのアリスはっ!」

 それでも、公爵夫人は傷付いている。

「わたくしのアリスはいるのよ!」

 本物のアリスと、わたくしのアリスと言うたびに、傷付いている。

「本物のアリスはいないのでしょう!? でもわたくしのアリスは、いるのよ!! ちゃんと生きて、存在しているのよ!!」

 矛盾を抱えて、空しさを吐き出して、心の中では葛藤を繰り返して。そうして、ボロボロに傷付いているんだ。
 ヒステリックで癇癪もちなんかじゃない。この人はそうした役だと言うことに逃げて、自分をどんどん追い詰めている。
 わたしはそんな公爵夫人に、なんて言えばいいのか分からなくて……。
 言葉が、見つからなかった。

「公爵夫人」

 帽子屋さんが、ゆっくりと公爵夫人の名前を呼んだ。

「【不思議の国】号は、我らがクイーンは、彼女を認めました」
「っ!?」

 弾けるように顔をあげた公爵夫人は、その琥珀色の瞳を大きく見開いた。
 信じられてないとでも言うように。

「【不思議の国】号の、偽者アリスとして」
「……まさか、あの人が、本当にそう言ったの?」
「えぇ。我々は彼女を偽者アリスと、認めました」

 決して大きくない声で、帽子屋さんは言い聞かせるかのように繰り返した。
 公爵夫人の瞳が揺れる。

「夫人は、どうなさいますか?」
関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【35 女王の命令】へ
  • 【37 決断】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【35 女王の命令】へ
  • 【37 決断】へ