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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

37 決断

 ←36 公爵夫人との再対峙 →38 不思議な世界に偽者アリス

「わたくしに、この子を認めろと言うの?」
「何を仰います、夫人はすでに認めていらっしゃっているではありませんか」

 偽者だと。
 羽根つき帽子をそっと胸に当てて、帽子屋さんはそう呟いた。
 確かに、公爵夫人はわたしを偽者だと何度も叫んでいた。初対面で開口一番に偽者だって言われたのも、そう。

「この子が偽者なのは事実よ」
「えぇ、ですから少し変えて認めてくださればいいのです」
「【娘】でも【主人公】でも、【アリス】でもないなら、わたくしが認める必要はないわ」
「いいえ、公爵夫人。貴女に認めていただかなくては困ります」

 【不思議の国】号の偽者アリスと。
 【娘】でも【主人公】でもなくとも、【証】に認められてその力を持つ不思議な少女と。
 あくまでも本物ではなく、全てにおいて偽者だと。
 そう認めて頂かないと困ります。
 帽子屋さんはゆっくり、一つ一つを刻み込むようにそう言った。

「……それで、わたくしにそれを認めさせて何をしようとするの?」
「私たち海賊がすることと言えば一つでしょう?」

 宝探し。【神子の玩具】を探すこと。
 本物のアリスがいなくとも、【不思議の国】号の物語を進めるには、【主人公】が必要だと、そう言いたいらしい。

「わたくしがこの子を認めることが、どういうことか分かっているのかしら?」
「もちろんですとも。公爵夫人に認められるということは、【主人公】の名を名乗ることを認められると言うこと」
「えぇ、それがわたくしの役目。だからアリスの名は名乗らせないわ! アリスの名は、わたくしのアリスにしか認めない!」

 話が堂々巡りになりそうで、平行線を辿っているような気がする。
 どうして互いに一歩も譲らないんだろう。帽子屋さんは一歩も譲らないんだろう。
 わたしなんかのために? 偽者のわたしなんかのために?

「公爵夫人。彼女は貴女のアリスではありません」
「何を言うの? この子はアリスなんかじゃないわ!」
「いいえ。彼女は私たち【不思議の国】号のアリスです。貴女のアリスではありません」
「わたくしのアリス以外のアリスは必要ないわ」
「夫人、彼女の方がよっぽど分かっています。頭で分かっていても、動かないと意味がない」

 それは、わたしが公爵夫人に最後に投げ捨てた言葉。
 自分に言い聞かせるように、そうでもしないと何も始まらなくて、せっかく掴んだ目的を達成させることだけを考えて、言った言葉を、帽子屋さんが繰り返した。
 改めて言われると、なんだか気恥ずかしいけど。

「公爵夫人は、変わろうとしないのですか?」
「あ、あなたに……!」
「私もクイーンも、変わろうとしています。夫人は、あの男と同じように“アリス”に縛られたままでいらっしゃるおつもりですか?」
「わたくしは、わたくしは……!!」

 苦しそうに胸元を握り締めて、あえぐように言葉を搾り出す公爵夫人に、下手な言葉を掛けられなかった。
 言葉をかけるだけでも、ますます彼女を追い詰めてしまうような気がしたし、変な慰めの言葉も気休めも跳ね除けられてしまいそうな気がした。
 泣きそうに眉を寄せた公爵夫人の琥珀色の瞳と、目が合ってただ真っ直ぐに見返す。
 何も考えないで、ただ見返すだけ。
 揺れる瞳を静かに閉じた公爵夫人は、やがて深く息をついて肩を落とした。

「……貴方もあの人も、全てを変わったわけではないのでしょう?」
「えぇ、ですから偽者と」
「わたくしもそこまでしか認められないわ。それが今の限界よ」
「構いませんとも。公爵夫人の英断に感謝いたします」

 帽子屋さんが深く頭を下げると、公爵夫人はそれを一瞥して、執務机から離れてわたしの方へと歩いてきた。
 しゃんと背筋を伸ばして、真っ直ぐにわたしを射抜いてくるような瞳を向けて。
 そして、さっきまで取り乱していたのが嘘のような堂々とした態度で、わたしの前に立つ。

「貴方は分かっているのかしら? 彼等がどのような存在で、貴方がこれからどんな立場になるのか」

 やけに落ち着いた声で、静かに紡がれる言葉をわたしはただ黙って聞いていた。

「何故彼らが海賊と言われるか分かっているのかしら? 【神子の玩具】を手に入れるだけでは、海賊とは呼ばれない」

 一つ息をついて、公爵夫人はハッキリと言い切った。

「【神子の玩具】と【娘】と【主人公】を強奪するから、海賊と呼ばれているのよ」

 【神子の玩具】と【娘】と【主人公】を強奪するから、海賊と呼ばれている。そんな危険だってある。
 そう言いたいのかな、公爵夫人は。

「貴方はそんな彼らを信頼できるのかしら? そんな行為をもする海賊たちを」

 それから、わたしが握り締めている“大きくなるケーキ”を見て、体験したなら分かるでしょう? と。

「どんなに恐ろしい目に遭うかも分からない。平穏なんかどこにもないのよ。そんな状況に貴方は耐えられるのかしら?」
「公爵夫人」
「何かしら? わたくしは事実しか述べていないわ」

 ずっと成り行きを見守っていたわたしは、ゆっくりと口を開いた。
 公爵夫人がやけに落ち着いた声と態度で言ってくれたからか、怯まないで言えた。

「どれだけ事実を言われたって、わたしには【不思議の国】号にしか帰る場所がないんです」
「いいえ、貴方にだって帰る場所はあるわ」
「……帰る場所はあるけど、でも、この世界にはないんです」

 視線が地面に向かってしまうのは仕方ないことって、許してほしい。
 大きな穴に落ちたわたしは、どうやって帰ればいいのかな。
 いつもの日常に。わたしの家に。わたしがいた世界に。

「帰り方が分からないから、わたしはどうしたって、【不思議の国】号に頼るしかないんです」
「あなたが伝承の中の【主人公】だったら、目が覚めるのを待つしかないわね。でも、あなたは偽者よ?」
「そうですね。でも、偽者でも【不思議の国】号の役に立つのなら、元の世界に帰れるまで」

 力になりたい。
 優しい船員がいる【不思議の国】号と言う海賊船の、力になりたい。
 本物にはなれないけれど、でも偽者でも必要としてもらえるなら、わたしは彼らの優しさに報いたい。
 そう強く思うからこそ、わたしは下がっていた視線を上げて、公爵夫人の目を見てハッキリと言った。

「わたしを、【不思議の国】号の偽者アリスとして、認めてくださいませんか?」

 偽者でいいから。
 それで誰かの役に立つなら。
 それがわたしの目的になるなら。
 わたしを認めてほしい。
 否定しないでほしい。
 不安定なわたしを、定めてほしい。

「貴方は、アリスのようでアリスじゃないわ」

 苦笑したように呟いた公爵夫人は、わたしの前に手をかざした。
 突き出された指先に、ぽうと、青白い光が灯る。
 それが急速に大きな光に変わって、わたしの目の前に一つの魔法陣が現れた。
 複雑な記号と文字が並ぶ魔法陣は、船長が【地下の国】号を足止めするときに使ったものと同じだけど、不思議と危機感を覚えなかった。

「公爵夫人として認めるわ。貴女は、【不思議の国】号の偽者アリスよ」

 すいと魔法陣を振り払うように腕を振ると、胸元に下げている指輪へとその光が吸い込まれて消えた。
 たったそれだけのこと。
 それだけのことなのに、指輪がしっかりとその存在を主張するかのように感じた。
 認められたって、偽者でもわたしがアリスでいいと認められたから嬉しいと思ってくれているの?
 【証】も、わたしを必要としてくれているの?
 そっと服越しに指輪に触れると、無機質なはずのソレが少し暖かく感じた。

「カエル!」
「ケ、ケロッ!」
「わたくしの情報網を使って、各船と国に知らせを出しなさい!」
「か、かしこまりましたですケロッ!」
「サカナは砲撃の中止を。【不思議の国】号を傷つけたりでもしなさい、その場で罰を与えるわよ!」
「かしこまりましたですギョ!」

 部屋の隅にいた哀れな召使たちは、変な語尾を付けて慌てて飛び出して行った。
 ……み、見るくらいなら平気かな。
 サカナとかカエルって言っても……、いや、やっぱまだ無理。

「偽者、何ぼんやりとしているの!?」
「うわ、あ、はい!」

 公爵夫人の鋭い声に反射的に返事をすると、後ろから帽子屋さんに腕を引かれた。

「貴女の目的を達成するのでしょう?」
「あ、そう! 公爵夫人、【神子】に会わせて」
「もうそこの扉を【神子の間】へと繋いだわ。勝手になさい。わたくしは忙しいの」
「ありがとうございます」

 これで、ようやくあの子に返してあげれる。
 そのことにひどく安心した。
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