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「BLUE_LIGHT」
Episode.0 不思議の国のアリス

38 不思議な世界に偽者アリス

 ←37 決断 →39 交差する思惑

 扉を開けた後は、初めてこの場所に来たときと同じ。
 ドーム状になっている室内に、わたしと帽子屋さんの足音がやけに大きく響き渡った。
 何もないがらんとした【神子の間】の中心に立って、胸元にある指輪を襟元から鎖を引き上げた。
 指輪がぼんやりと光だす。
 ドーム状になっている天井を見上げてわたしはあの子の名前を呼んだ。

「【神子】」

 パッと指輪から光がはじけて、天井へと吸い込まれていくように消えた光は、【神子】の背中の羽根の模様を天井全体に描きだした。
 天井に光で描かれた翼の付け根から、ゆっくりと【神子】の姿が現れる。
 ふわふわの髪をなびかせて、光で描かれた翼を淡く輝かせながらゆっくりと降りてくる【神子】に、わたしは“小さくなる飲み物”と“大きくなるケーキ”を差し出した。

「あなたのもの、でしょ……?」
「わたしの、たからもの」

 腕を広げて、わたしごと【神子の玩具】を抱き締める。
 おかえりと呟いた【神子】は、やっぱり赤い目をして泣いていたけど、でもこれは悲しいから泣いているんじゃないでしょ?

「わたしのたからもの、かえしてくれるの?」
「約束したでしょ? 返すって」
「これは、ほんとうにわたしのたからもの。やくそく、まもってくれたの?」

 白くて細い指で、確かめるようにガラスケースと小瓶を撫でる【神子】の頬に、新たな涙が流れ落ちた。

「約束守ったから、だから、もう泣かないで」

 そっとその跡を拭ってあげると、【神子】は溶けてしまいそうな儚い笑みを浮かべた。
 優しく瞳を細めると、零れそうになった涙が小さな雫となって目元に飛び散った。

「きみは、こうしゃくふじんにみとめられたんだね」

 そっと指輪をつまみあげた【神子】は、わたしの頬に甘えるように顔を寄せた。

「【証】もうれしそう」
「でも、わたしは偽者だから」
「にせもの?」

 不思議そうに離れて、ふわふわの髪を揺らして首を傾げた【神子】に、なんて言えばいいんだろう。
 【地下の国】号のアリスに言うのとはまた別で、言わなくちゃいけないのは分かっているんだけど、どう言えばいいのか分からない。
 ありのままを伝えればいいんだけど、それが複雑で、一言で説明なんかできない。



「きみが、にせものアリスでもいいよ」



 言葉にできないわたしの両頬に手を添えて、 【神子】は目を合わせるように覗き込んできた。
 少し赤く充血した金色の瞳が、視界一杯に広がった。
 金色しか見えなくなるくらいに近くで、【神子】は繰り返す。

「きみが、にせものアリスでもいいよ」
「本当に、いいの?」
「だってきみは、やくそく、まもってくれる。どの【娘】も【主人公】も、わたしのこえをきいてくれないのに。きみだけがきいてくれる」

 額をあわせて、わたしに言い聞かせるようにそう言ってくれる。

「だから、にせものアリスでもいいよ」

 その言葉が胸に染み込んでいって、不覚にも泣きそうになった。
 じわりと視界が歪む。
 泣くもんかってそう決めていたのに、【神子】に泣かないでって言ったのに、わたしが泣いてどうするんだって話だ。

「なかないで」

 ほら、さっきまで泣いていた【神子】にまで泣かないでって言われた。

「大丈夫、泣かないよ。【神子】が泣かないなら、泣かない」
「つよいこ」

 額をこすりつけて、【神子】はわたしから二つの【神子の玩具】を受け取った。
 それからそれらにそっと口付けて、愛しそうに胸に抱き締めた。

「ありがとう」
「……でも、それだけじゃないんだよね?」
「ほかのたからものも、かえしてくれるの?」

 きょとんとした【神子】に、ただ黙って頷くと、【神子】はくしゃりと顔を歪ませて泣きながら笑った。
 それから、“小さくなる飲み物”と“大きくなるケーキ”を掲げて、そこにそっと息を吹きかける。
 二つの【神子の玩具】は、光の粒子となって【神子】が現れた天井に吸い込まれて消えていった。

「きみに、わたしのたからもののちからを【主人公】とおなじように、わけてあげる」

 ゆっくりとわたしの首から下がっている【証】を持ち上げて、【神子】はそっとそこに口付けた。
 その瞬間、指輪がぱっと光を放って、何も見えなくなる。
 思わず目を閉じたわたしがそっと目を開けた頃には、【神子】の姿がもうそこにはなかった。

「やくそく、おねがい」

 耳に残る泣きそうな声。
 緩んだ涙腺で溢れ出しそうになる涙を堪えるために何度も瞬きを繰り返した。
 返すって約束したから。
 【神子の玩具】と呼ばれるそれを、返すって約束したから。
 お願いって、わたしに頼まれたことだから。
 わたしが偽者でもいいと言ってくれたから。
 不安定なわたしに目的を定めてくれるから。
 だからわたしはそれに応えたい。

「【神子の玩具】は、【証】を持つ【娘】にしか見つけられない」

 部屋の隅で静かに成り行きを見守ってくれていた帽子屋さんが、静かに呟いた。

「そして、【神子の玩具】の力は【主人公】に与えられる」

 それは、【主人公】と呼ばれる存在にしか手にすることができない、と。
 それは、【神子】が認めた【娘】にしか見つけられない、と。
 伝承にあった部分が明確にされたことに、どこか納得したような様子で歩み寄ってきた帽子屋さんは、相変わらず穏やかな微笑を浮かべていた。
 念入りに目元を擦って、帽子屋さんを見上げる。

「我らがアリスは公爵夫人だけでなく、【神子】にも偽者アリスと認められましたね」
「【不思議の国】号に、偽者アリスは必要ありませんか?」
「いいえ、我らがアリス。貴女は【不思議の国】号に必要な存在ですよ」

 お手をどうぞ、と差し出された左手に、右手を重ねる。左手は【神子】に口付けられた【証】を握り締めて、背筋をぴんと伸ばして。
 【神子】と【不思議の国】号のために【神子の玩具】を集める。
 そうした目的があれば、元の世界への帰り方に不安を覚えることなんかないから。
 帰れないんじゃないかって不安を隅っこに押しやれるから。

「帽子屋さん」
「はい」
「わたし、精一杯頑張りますから」

 誰かのためと理由をつけて自分を保とうとするなんて、自分勝手で自己保身で自己満足に過ぎないことだけど。

「そんな貴女の役に立てるよう、尽力いたしましょう」

 それでも、帽子屋さんはわたしの力になってくれるって、言ってくれる。
 ヤマネくんだって船長だってわたしを守ってくれるって、そう言ってくれた。
 チェシャだって、マーチだって……【不思議の国】号は、わたしの味方だって言ってくれているんだから。

「戻りましょう、我らが【不思議の国】号へ」
「はいっ」

 帽子屋さんがさっと手を振ると、わたしの視界は光に包まれた。
 瞬き一つする間に、床は揺れてしょっぱい臭いが鼻をくすぐる。
 それから駆け抜ける潮風に、頭上に広がるどこまでも青い空。見渡す限り蒼い海に囲まれているこの白い船。
 それから……

「やっぱり、海賊旗」

 ハートの黒い目と赤い薔薇の背景が描いてある、海賊旗がはためいている。

「あれ? 何、もう帰ってきたわけ?」
「……おかえり」

 上から身軽に飛び降りてきたチェシャと、ロープを肩にかけたマーチが迎え入れてくれたように感じて、わたしは思わず口元に笑みが浮かんだ。
 その優しさに甘えるような自分が情けないけど、でも、そうやってわたしの力になってくれる人たちの力になれるなら……。



「ただいま」



 わたしは、出来る限りのことをしたいと思う。
 優しく笑ってそう言ったとたん、緊張の糸が解けたのかぐらりと視界が揺れた。
 あれ? と思ったときには何も考えられなくなって、視界も思考も真っ白になった。

「ユキッ!?」
「アリス……!」
「大丈夫です」

 ふらりと倒れた彼女を、繋いでいた手を引き寄せて抱きとめた帽子屋に、チェシャとマーチは慌てて駆け寄った。
 腕の中の彼女は、その瞳を隠して安らかな寝息をたてている。

「何だ、寝てるだけ?」
「色々あって疲れているのでしょう、このままそっと寝かせて差し上げましょう」

 空から落ちて【不思議の国】号に乗せられ、公爵夫人と立ち向かい、【地下の国】号から【神子の玩具】を強奪して、【神子】に認められた。
 それだけのことをやりとげたのだ。
 この偽者アリスの名を与えられた少女は。

「尊んでください。我らが【不思議の国】号の偽者アリスを」

 今はもう夢の中にいる彼女を見つめて、彼らはどこかほっとしたような表情をしていた。
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