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「Hazel amd Gray」
紫色の娘

10 娘

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 泣き疲れて眠ってしまったラプンツェルの髪を撫でながら、ヴァイオレットは小さくため息を吐いた。

 魔女と呼ばれ恐れられているあたしが、何で母親真似してんのかしら?

 ラプンツェルはヴァイオレットの本当の娘ではない。
 ヴァイオレットが大切に育てていた、“魔力の源を秘めたラプンツェル”を勝手に持ち去り、食べてしまった愚かな人間の娘なのだ。
 そのため、ラプンツェルにヴァイオレットの魔力の源が移ってしまった。

 このラプンツェルこそ、ヴァイオレットの魔力の源なのだ。

「あたしが大切にしてるのは、あんたじゃなくて、あんたの中にあるあたしの魔力の源なのよ」

 分かってんの? と、安らかな寝息をたてて眠るラプンツェルの額を突いてみる。

 そう何度も言い聞かせても、ラプンツェルはニコニコと笑うだけで、本当に分かっているかは分からない。
 親愛の情がわかないようにと、わざとラプンツェル等と言う普通じゃ考えられないような名前を付けたと言うのに。

 訪れるたびに嬉しそうに駆け寄ってくるラプンツェルに、情が移らないはずないのだ。
 ヴァイオレットは、十何年もラプンツェルの面倒を見てきて、嫌でもそれを自覚していた。
 否定できないほど、情など移っている。

「どうしてかしらね」

 逆らったことも、約束を違えたことは一度もない。
 この場所に閉じ込めていたラプンツェルは、不思議なほど純粋だった。

「あんたはあたしが憎くないの?」

 こんな狭い場所に閉じ込めて、産みの親にも会うことさえさせず、不憫な思いしかさせていないのに、どうして元凶の魔女に笑いかけてくるのだろうか。
 憎いと、憎悪の瞳で見られるのが当然なのではないのだろうか。

 それが、魔女と言う存在なのだから。

「あたしに、何を求めているの?」

 余計なことは全部省いて、真実は幼いときに伝えた。

『あんたの産みの親は、あたしの大事なラプンツェルを勝手に食べたから、あんたはその代価としてあたしが貰い受けた』

 それを聞いたときでさえも、ラプンツェルはただ笑って頷いただけだった。
 そんな身勝手なことと怒るでも嘆くでもなく、いつもと同じように笑っていたのだ。

「あたしは、あんたの母親なんかじゃないのよ?」

 ラプンツェルがヴァイオレットの魔力の源であることも、“声を発することで本人の意思に関わらず魔法が発動してしまう”ことも伝えてはいない。

 余計なことを教えないでいるだけとは言え、これではまるで、秘密にすることで子どもを守る親のようではないか。
 皮肉にも、ヴァイオレットがしていることはそういうことになるのだ。

 ヴァイオレットよりも長く、鈍く光り輝くラプンツェルの長い髪を優しく手で梳いてやり、ヴァイオレットは再び深いため息を吐いた。

「ラプンツェルが本当に恋煩いとはね……。完全に誤算だわ」

 それも、食べることを忘れたり、泣き疲れて眠ってしまうほどののめり込みようだとは……。
 知らなかったとは言え、相当重症だ。

 長年魔女をしていると、それがどれほど厄介なことか酷く分かる。

 この前相手にした人魚の末妹も、愚かなことをしたものだと思う。
 人間に恋をしたから、魔法を発動させるための歌を捨て、報われない末路を辿りそうな末妹のために、姉たちは魔力の源である髪を捨てた。
 そこまでして恋にのめり込んでしまうなんて、なんと愚かな真似をしたのだろうか。

 だが、そんな愚かなことですらしてしまうのが恋なのだ。

「あんたも恋に狂わされた一人なのかしらね」

 どこか物寂しさを感じながら、ヴァイオレットは一つの予感がしていた。
 いや、予感というよりは確信に近いものなのかもしれない。

 ラプンツェルを失うことになるだろう、と。

「そろそろ、潮時かしらね」

 終わりにするなら、せめて自分の手で終わりを告げなくてはいけない。
 それが、魔女としての役目なのだから。

 ヴァイオレットは一つ指を鳴らして、塔の周りに張り巡らせていた結界を解いた。
 侵入を試みようと、何度も弾き飛ばされていた哀れな王子を迎え入れるために。

 ベッドに波打つラプンツェルの長い髪を優しく手で梳いてやりながら、ヴァイオレットは訪問者を待った。
 目眩ましの魔法をかけておいたのに、どうやってここを見つけたのか。それを知りたいと思ったのもある。

 だが、素直に迎え入れるのが気にくわなかった、と言う気持ちがあったのは否定できない。

 しばらく待って、ようやく窓辺に派手な赤毛が見えると、ヴァイオレットは寝台から立ち上がった。

「遅かったわね、三回も来てた割りにはこんなに手間取ってたわけ?」
「……言ってろ」

 少し憮然とした様子で、アウトキリア国の王太子、キースは吐き捨てた。
 結界を解いてもらった、と言うことが気に食わないらしい。

 なかなか面倒な男ね、とヴァイオレットは片眉をあげた。

「あんた、いつもどうやってここを見つけてたの? 入り口にはちゃんと幻術が掛かってたはずだけど?」
「お前にそれを教える義務はないだろう?」
「えぇそうね。だから交換条件でこの子のこと教えてやってもいいって言ってんのよ。魔女は約束を破らない、だから教えなさい」

 キースみたいな男には、下手から物を言うのがいいとヴァイオレットは知っていた。
 だが、巨大な魔力を持つ魔女が、自分の人生の半分も生きていないこんな男に媚へつらうなどと言う屈辱は、魔女としてのプライドが許さなかった。

 キースは少し探るようにヴァイオレットを見ていたが、ぽつりと髪だ、と呟いた。

「は?」
「そいつの髪が、幻術を越えて輝いてたからな。それを目印にしてただけだ」
「たった、それだけのことで?」
「あぁ。……おい、俺は話した。だからお前も話せ」

 思わぬ言葉に、ヴァイオレットは頭を抱えた。

 まさかそんなことで幻術が破られているとは。
 確かにラプンツェルの髪は長く美しく輝いているが、そんな藁をも掴むようなことをしているなど思いもよらなかった。

 恋とは、なんと常識破りなことをするのだろうか。

「おい、魔女は約束を破らないんだろ?」
「分かってるわよ。ったく、信じらんない」

 乱暴に髪をかきむしって、ヴァイオレットはため息を一つ吐いた。
 余計なことを言わないで、キースが予想したであろう状況をどう教えてやるか。
 頭をめぐらせて、ゆっくりと口を開いた。

「ラプンツェルは、巨大な魔力を持っているのよ」
「ラプンツェル?」
「この子の名前よ」

 言葉を発せないと、それすらも伝えられないのかと今更ながらに気付いた。
 それを強要しているのは、他でもないヴァイオレットなのだが。

「声を出すことでなんらかの魔法が発動してしまう不幸な体質。だから話さないわけ」
「声を出すだけで魔法が使えるなら便利だろうが。それの何処が不幸な体質なんだ?」
「あんたただの馬鹿? それは熟練者だから言えるだけでしょ。“生まれた時から”そうなのよ、この子は」

 言ってから、余計なことを教えてしまったと舌打ちした。

 ラプンツェルが産まれた時のことは今でも忘れられない。

 嫌な予感と言うべきか、魔女としての勘がヴァイオレットをラプンツェルが産まれる予定の家へと向かわせた。
 ラプンツェルが元気な産声をあげるごとに、物が破壊されたのだ。
 いや、物だけではない。そこにあった何もかもを。人も家も村も、全て。

 ヴァイオレットが魔法でラプンツェルを声ごと閉じ込めなかったら、被害はどこまで広がっていただろうか。

「だからこの子はずっと話さないでここにいる。ただいるだけじゃ何をしでかすか分からないから“魔具”を作ると言う仕事を与えた」

 色とりどりの紐で編まれたリストに玉が括り付けられたデザインの魔具を手に、ヴァイオレットはこれで満足? とでも言うかのように肩をすくめた。

 キースは予想外の出来事に少し唖然とした様子だったが、次第に憮然とした顔でヴァイオレットを見据えた。
 金色の瞳が鋭く射ぬいてくる。

「だからと言って、こいつがずっとここにいていいはずがない! お前がしているのはただの犯罪だ!!」
「最善策と言ってちょうだい。だったら、あんたならこの子をどうするのよ?」
「連れて帰るに決まっている。こいつは俺のものだ」

 あぁ、この王子も恋に惑わされた一人なのね。

 ヴァイオレットはキースの金色の瞳をはねのけるような鋭い眼光で見返し、片腕をあげた。

「あんたとはオハナシにならないわ」
「同感だな。まぁ、お前が何と言おうと、俺はこいつを連れて帰るだけだが」
「それはさせられないと言ってんのよ!」

 あのときのような被害は、もう起こしたくない。

 ヴァイオレットは、指を鳴らした。

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