FC2ブログ

「Hazel amd Gray」
淡褐色と灰色

10 源

 ←09 兄 →11 結末

 ゼルの部屋の前を駆け抜けて、グレイの部屋の前を通り過ぎ、元は父の部屋に飛び込んだ。
 たったこれだけのこと。
 普段何気なく歩いていた廊下が、こんなにも長く感じるとは思わなかった。歩数にしても五、六歩程である。

「ふぅー…」

 扉の内側で大きく息をついた。
 足音だってたてたと思う。
 こうしている間にも魔女が来てしまうかと思うと、ぐずぐずなどしてはいられない。

 父の部屋だったここは、すっかり魔女の使い勝手がいいように変えられていて、キラキラと輝く家具が父親の存在を消し去ってしまっているように感じてしまう。
 厳かな暖炉だけは今も使われているようで、パチパチと薪が音を立てながら燃えている。

「小さな、特別の、林檎の木……」

 それを手折ってしまおう。
 それが魔女の魔力の源だと言うのなら、それを壊してしまおう。
 ゼルをあんな風に捕らえてしまうなら、それ相応の対応をしてもいいだろう。

 窓辺に置かれた鉢植えに近寄る。
 目に映るは艶やかに輝く赤い林檎の実。

 実の重さにしなった枝に手を掛けて、

 グレイは力の限りそれを、


 折った。


「きゃぁあああああああっ!!」

 ばきりと、枝が折れたと同時にあがる悲鳴。
 魔女の声だ。悲痛に響き渡る甲高い声。

 ただ枝を折っただけで、グレイが魔女には触れたわけではないのに、どうしてそんな声をあげるのだろうか?
 これが魔力の源だからとでも言うのだろうか?

 グレイは茫然と手のなかにある枝を握り締めた。

「ぁ、あああ、ぁあ、ああぁああああっ!!」

 断絶的に聞こえてくる声に、グレイはぶるりと震えた。

 怖いのだ。
 魔女が?

 いや、違う。
 義母を傷付けてしまったことが。

 自分のこの手で。

 枝を手折っただけなのに。
 たかだかそれだけのことで、義母の悲痛な声があがった。

 そんな声をあげさせたのは誰だ?
 問うまでもない。グレイだ。

 カランと、折れた枝がグレイの手から滑り落ちた。

「グレイッ!!」

 バタンと扉を荒々しく開けて、ゼルが飛び込んできた。
 自由に動けている。救い出したかったゼルが目の前にいる。

 それを代償として、魔女に苦痛を与えたのは他でもないグレイだ。
 仮にも、義母さんと慕っていた相手だったのに、なんという親不孝者だろうか。

「わ、たし……」
「大丈夫、グレイは何も悪くなんかないよ」
「でもっ、私が……!」

 浅い息を繰り返すグレイの肩を、ゼルは優しく掴んだ。
 その手首に残る痛々しい跡を見ると、今まで胸を占めていた罪悪感と新たに沸き上がってきた安堵感がごちゃ混ぜになる。

 これは本当に良かったと言ってもいいの?
 ゼルを助けたくて行った行為は、正しかったの?

 疑問と後悔ばかりが募る気持ちで、グレイはゼルの袖を震えながら握り締めた。

「この、小娘がぁっ!! よくもっ、よくも……!!」
「っ!?」

 ゼルがグレイの前に立ちふさがるも、その激しい炎に燃える眼光は真っすぐにグレイを射ぬいてくる。

 おぼつかない足取りで壁によりかかりながら、何もかも取り乱している姿のなんと恐ろしいことか。

「お前など……、美しくないお前などっ!!」

 魔女が髪を振り乱して叫ぶ威圧感に、思わず後退った。
 とんと、グレイの肘に尖った何かが触れた。

「お前など消えてしまえばいいっ!!」

 魔女が髪を振り乱して叫ぶのと、それは同時だったのかもしれない。

 反射的な行動だった。
 触れたそれを、思わず振り払っただけのこと。

 ただそれが、先程手折った魔力の源である“特別な林檎の木”だったと言うこと。
 また、振り払った先が暖炉だったと言う、偶然と奇跡が重なった出来事だった。

「ああぁあ、ぁああ……!!」

 パチパチと、暖炉の火が小さな林檎の木へと移る。
 同時に、両目を見開いた魔女からも炎が噴き出した。

 林檎の木と同じように。
 まるで彼女自身が暖炉で燃えているかのように。

「ああぁあぁあああああああっ!!」
「かっ、義母さん……!!」
「グレイッ!!」

 思わず駆け寄ろうとしたグレイを、ゼルが強い力で引き止めた。

「離して!! 燃えちゃう!! このままだと死んでしまう!!」
「大丈夫だから。燃えたのはあの人じゃないよ? それに魔女はこんなことで死なない」
「なんで……っ」

 妙に冷静なゼルは、強く魔女を睨み付けていた。炎に照らされた淡褐色の瞳を、何色にも変えながら。
 そんなゼルを、否、この兄妹を、魔女は炎に包まれながら憎悪のこもった瞳で見ていた。

「後悔すればいい……!!」

 何にとも、誰にとも言わず、魔女はそう叫んで炎の中に溶けて消えた。
 髪の毛一本残さずに、そこに彼女がいたことすら幻と思わせるほど、何事もなかったのかとでも言うように部屋に静寂が落ちる。

 ぱちりと弾けた火種が、爽やかな林檎の薫りを暖炉から漂わせていることを除けば、本当に夢の出来事だったのかと錯覚してしまいそうだ。

 それくらい、終わりは唐突に訪れていた。
関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【09 兄】へ
  • 【11 結末】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【09 兄】へ
  • 【11 結末】へ