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「Hazel amd Gray」
橙色の灯火を

06 嘘つき

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 流れる涙を拭うことすらしないで、わたしは白くなった自分の息にぼやけた視界をさらに見にくくして、そっと道の隅に寄った。
 帰る気にもなれなくて、籠を抱えてズルズルと座り込んでしまう。

 寒い、なんて麻痺した頭じゃ感じれなくて、降り積もった雪を払うこともしなかった。

「はぁー…」

 赤くなった指先に息を吹き掛けると、じんじんとかじかむ。ひび割れした皮膚が痛い。

 通りを行き交う人たちは皆どこか足早で、個々の足音が石畳を踏みしめるのがはっきりと聞こえた。
 誰もわたしのことなんか気に止めやしない。

 そんなものなんだよね、きっと。
 裏路地とか歓楽街と言われる五五番街じゃよく見かけられる光景だって聞くし、わたしだって誰かに声を掛けてもらいたいわけじゃない。

 キミにだけ見つけてほしいのに、キミはそれを迷惑だと思うのかな。

「答えてくれないのは、なんで……?」

 そんなの、キミがここにいないからに決まってるじゃないか。

 自分でも導きだせる答えに、またじわりと涙が浮かんでくる。
 泣いたって何も変わらないのは分かっているのに、勝手に出てくるんだ。
 あぁ、キミのことで何回泣いたかなんて、もう分からないや。

 籠からマッチを一箱取り出して、籠を横の地面に置いた。
 かじかんだ指じゃうまく擦れなくて、いつもみたいに一回で火が点いてくれない。
 カシッ、カシッと何度も失敗する音が虚しく響いた。

「……っく……」

 しゃくりあげると、目尻に溜まっていた涙が頬を伝った。

「あ……っ!」

 擦りすぎて、パキリとマッチ棒が折れた。

 キミは、わたしに会いたいとは思ってくれないの? 会いたくなんてないの?

 真っ二つに折れたマッチ棒を捨てて、わたしは夢中で新しいマッチ棒を擦った。
 カシッ、カシッと、焦って強ばった指先じゃうまく点いてくれなくて、何本も音をたてて折れてしまう。

「なんで……っ!」

 一箱分折ってしまって、新しいマッチ箱を手に繰り返す。
 カシッ、カシッと絶えず聞こえる擦れる音。火が点く音は、いつまでたっても聞こえてきやしない。

「どうして……っ!」

 なんで火が点いてくれないの……!?
 どうしてキミが見えないの……!?

「迎えに、来てよ……!!」

 死んだなんて言わないで。
 帰ってこないだなんてやめてよ。

 嘘でしょ? 嘘なんでしょ?
 だからわたしにはキミの姿が見えないんでしょ?

「ねぇ……っ!!」

 また、マッチ棒がパキリと音をたてて折れた。
 新しいマッチに手をのばす気にはなれなくて、疲れたように腕を下ろした。

 いくら願ってもキミの姿を映す火は点かなくて。
 どれだけ泣き叫んでもキミの声が聞こえてくることだってなくて。

 冷たい冬の空気と静かに降り続いている雪に包まれて、わたしはがっくりと体から力を抜いた。
 泣いただけなのに、ひどく疲れたような気がする。

 指切りは、絶対の約束なんだよ。

 そう言ったのはキミだったっけ?

「指切り……げんまん…」

 嘘付いたら針を千本も飲ますだなんて。
 初めて聞いたときはなんて怖い歌なんだって思ったけど、それくらい重要で破れない約束をするものなんだって。

 全身が鉛にでもなったように重くて、自分の体なのに動かすのがやっとって感じだ。
 妙に重くて力も入らない腕をのろのろと動かして、右手を目の前に掲げる。
 あぁ、たかだかこれだけの動作なのにそれが辛い。

「……ゆび、きり……」

 キミと絡めた小指は、約束を守れないから切り落とさないといけないのかな。
 果たされなかった約束は、どうすればいいんだろう……?

 キミとかわした指切りは、守られない誓いは、どうしたらいいのかな?

 冷たい風が頬に流れた涙の跡を乾かして、何かが張りついているような感覚がする。
 腕をあげ続けるのも辛くて、ぱたんとそのまま力を抜いた。
 ほぅと吐いた息が白くなって消えてしまう。

「……こんなとこにいた」

 呆れたような声に、視線だけ持ち上げて声の主を確認する。

「……おか、えり」
「あぁもぅ、大丈夫? きみが待ってる人じゃなくて悪いけどさ」

 困ったようにわたしに積もった雪を払い落としてくれるあなた。
 薄手のコートを着た、ライトブラウンの少し跳ねた短髪の、キミ。

 帰ってきてくれたんだね、わたしのところに。
 約束を守って、迎えに来てくれたんでしょ?

 なかなか動いてくれないあちこちを必死で動かして、キミに“おかえり”と微笑んだ。

「おかえり……」
「だから違うって……、ねぇ、本当に大丈夫?」

 キミが帰ってきてくれたなら、体が重いのも苦しかったのも胸が痛いのも、全部どうだっていい。
 戦死とかじゃなくて、キミが帰って……生きてここにいるなら、それでいいから。

「……マッチ、相当擦ったね。ねぇ、僕の話、ちゃんと聞いて?」
「う、ん……?」

 わたしの肩を掴んで、あなたはまっすぐに見つめてきた。

「まず一つ。僕はきみの待ってる人じゃない。人違いだから、ちゃんと現実見て」

 くしゃりと視界が歪んだ。

「二つ目。魔女に聞いたんだけど、きみのマッチはきみの魔力の源なんだって」
「……え?」
「簡単に言うと、きみの命はそのマッチの残り本数分しかないってことだよ」

 コノ人ハ何ヲ言ッテルンダロウ……?

 ぼんやりとする頭じゃよく分からない。キミは一体、何が言いたいの?
 だって、キミはここにいる。キミじゃないなんて、そんなこと……。

「きみは、きみの命の炎を灯してたんだよ。マッチはあと何本?」

 そう言われて、ゆっくりと籠に視線を向けた。
 何本だろう、あと何本もないような気がする。地面に散らばった折れたマッチ棒は、雪の湿気に使えなくなってるだろうから。

 かさかさと、マッチ箱が風に動かされて地面を擦る。
 あぁ、でもそんなことはどうでもいいかな、なんて。

「キミが、いれば……、いいよ」
「だから、違うんだけど。僕はきみの待ってる人じゃない」

 否定しないで。

 キミじゃないか。
 目の前にいるのはキミじゃないか!
 キミ以外の人は誰もいらないから……!!

「やくそく、守ってくれたん、でしょ……?」

 迎えに来てくれたんでしょ?
 だから、わたしの元に帰ってきてくれたんでしょ?

 そんなんでしょ?
 そうだと言ってよ。頷いてよ……!!

「僕はきみと約束なんかしてない。人違いだよ」
「……うそつき」

 静かに首を横に振らないで。
 否定しないで。

 キミは約束したじゃないか!
 わたしと指切りしたじゃないか!

「うそつき…、うそつ、嘘吐き……!!」

 肩で息をしながら、キミに何度も嘘吐きと叫びつけた。
 どうしてか喉が擦れて、呂律がまわらない。それでも止まらない涙と同じように、わたしはキミに向かって叫び続けた。

 キミは何も言ってこない。
嘘 つきだって認めてるの? 約束を破ったって認めてるの?

 ……いやだよ。
 認めないでよ!
 わたしとの約束破らないでよ!
 絶対って言ったじゃないか!

「うそ……っ!!」

 げほっ、と激しくむせた。
 喉が痛い。このまま全てを吐き出してしまいたい。

 苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて!!

 こんな苦しみなんかいらない……!!

「何する気……?」

 重い腕を持ち上げて、震える指でマッチ箱を取り出した。
 否定してくれなかったキミは、マッチ棒を取り出そうとしたわたしの腕を掴み止める。

「僕さっき言ったよね?」
「……知らない」
「そのマッチは、きみの命の炎を灯しているって」
「知らない……!!」

 知らない。聞きたくなんかない!
 約束を破るようなキミの言葉なんか、聞きたくない!

「そのマッチを点けたら、きみは死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「離して……!!」
「こんな弱い力で、顔色だって悪いを通り越してる! 君が一番自分のこと分かってるんでしょ!?」

 そんなの分からないよ。
 わたしが分かるのは、ただただ苦しいだけ。
 痛いと心が悲鳴をあげ続けているだけ。

 痛くて、苦しいのは、誰のせいだと思ってるの……?

「離して……!」
「離したら、きみはそれに火を点けようとするじゃないか!!」
「離して……!!」

 止めないでよ!
 わたしがキミにできなかったことを、簡単にしないでよ!!

 わたしにはもぅ、キミのこと以外は何も分からないんだから。


「約束を守らない……、キミは、いらない……」


 わたしが欲しいのは、

 わたしが望んでいるのは、

 わたしが信じているのは、

 わたしが待っているのは、



 約束を守ってくれるキミ。




 ゆるゆると、キミが手を離してくれた。
 キミの手に支えられていたわたしの腕が、がくりと地面に落ちた。

 視界をちらつく雪が、マッチ棒がどれか分からせてくれない。

 マッチの箱はスカートの上に置いていて、それを持ち上げてマッチ棒を擦ると言う、たったそれだけのことがなかなかできないなんて。
 引きずるように持ち上げた腕は、マッチの箱でさえうまく掴んでくれない。

「……死んでもいいって、そう思ってるの?」

 どこか呆然としたような声でキミが呟いている。

 荒い息を繰り返すとあらわれる白い息も、わたしの邪魔をしてきてうまくいかない。
 感覚がない指先じゃ、マッチ箱に触っているかも分からない。

「きみと約束をした人のために、きみは死ぬって言うの?」

 あぁ、ようやくマッチ箱が開けられた。
 そしたら、マッチ棒を一本掴んで……どれが一本だろう?
 今箱の中にマッチ棒は何本あるんだろう……?

「死ぬなんて、言っちゃダメだよ……!」
「それはっ……!!」

 キミの顔は見れないで、わたしは強く言葉をかぶせた。

「それは、わたしがキミに言った……!!」

 どうして帰ってこないの?
 どうしてキミの名前に“戦死”なんて書かれていたの?
 どうして迎えに来てくれないの?
 どうして死んだと言われなくちゃいけないの?
 どうして約束を守ってくれないの?

「死なないでって……、いかないでって……、何度も、言った……!!」

 目の前がぼやけてマッチが見えない。
 マッチ棒をとらなきゃいけないのに、それすらできない。

 信じて待ってるときから、キミと約束したときから何度も何度もわたしはそう願ってきたのに。
 キミを引き止める言葉になってしまうから、心の中で叫び続けたのに。

 キミには、届かなかったんでしょ……!?

「……分かっ、た……」

 苦しそうな声で、キミは動いた。
 視界がうまくきかない代わりに、妙に音はよく聞こえる。

 かさかさとなるマッチ箱の音。
 カシッと鳴る、マッチ棒を擦る音。
 シュッと灯る、炎の音。

 わたしが毎日仕事でやる、馴れ親しんだ音だ。

「……あぁ」

 ぼんやりと、橙色の光に包まれていく気がした。
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