FC2ブログ

「Hazel amd Gray」
猫の瞳は琥珀色

03 依頼事

 ←人物設定※本編後 →04 侵入

「……じ、冗談だろう?」

 彼は琥珀色の瞳を丸くして、目の前の建物を茫然と見ていた。

 広大な敷地にいくつも構えている豪華な邸宅が立ち並ぶ三番街で、一際異様な雰囲気を放つこの建物。
 固い飴細工の柵にビスケットの門。建物まで続く道には金平糖の砂が敷いてある。玄関の扉はチョコレートで、その壁はウェハースを積み重ねられて作られている。屋根に使われている瓦は市松模様のクッキーと言う、見ているだけでも胸焼けをおこしそうな“お菓子の家”だった。

「中はまともよ、慣れればなんてことないわ」
「こ、ここに住んでいると言うのか!?」

 仕事先だもの、とグレイは驚きを隠せない彼に答えて偽物の金平糖を踏みしめて玄関へと向かう。

 グレイとて始めは彼と同じような反応をしたが、住み込みで働いている今は嫌でも毎日見なければならないので慣れたようだ。
 無情にもその場に取り残された彼は、おっかなびっくりと言った様子でグレイを追い掛けた。

「待ってくれ。本当にここに紫色の魔女はいるのか?」
「信じられなかったら、帰ってもらってもいいのよ」
「そういうわけにはいかんのだ」

 やけに力強く否定した彼にまぁいいわ、とグレイが重い荷物を抱えながら器用に扉を開こうとした。
 どうせ魔女にはお見通しなのだ。グレイが判断を下すことではない。

『グレイ、ペットを連れ込んでいいと言った覚えはないわよ』
「ペットじゃなくて、迷子のお客さまみたい」
「ど、何処にいる!?」

 バッと飛び退いて毛を逆立てる彼に、グレイは小さく肩をすくめた。
 魔女なんだから魔法に決まっているじゃない、と呆れたように声だけが掛けられて、姿が見えないそのことに彼はしきりにあちこちを見回していた。

「姿を現せ」
『どうしてあんたに命令されなくちゃならないわけ? このあたしが、従う必要はないわ。帰って』
「そういうわけにはいかんのだ!」

 少し苛立ちながらあしらう魔女に、彼は噛み付くように叫んだ。

 グレイは自分はどうすべきか少し悩んだ後、とりあえずこの重い荷物を置いてしまいたいと思い、室内へと足を踏み入れたのだが……

「私は、今すぐにでもこの呪いを解かねばならんのだ!」
「呪い……?」

 ピタリと止まった。
 あまりにも突拍子のない言葉に、思わず聞き返してしまった。

 なんだそれは。
 猫が話すだけでもありえないと思っていたのだが、更に呪いだと?

 ふざけるのも大概にしてほしい、とため息を吐きたくなったのだが、それも次の魔女の一言でできなかった。

『見れば分かるわ。またあいつの気配がするんだし』
「またって……」
『本当に厄介なの連れ込んで……』

 また、と言う言葉にひっかかりを覚えたグレイは、嫌な予感がした。
 どう考えたとしても、“また”の対象はグレイが思い描く人物であって……。

『いいわ、入りなさい』
「うむ」

 茫然と固まったグレイのわきを、四本足で悠然と通り過ぎる彼。
 重い荷物を抱えたまま、グレイはそれを見送ることしかできなかった。

 あぁ、もう一回掃除しないと。

 彼に足を拭くように言うのを忘れた等と、ぼんやり考えてしまうくらいに頭は逃避してしまう。
 いや、逃避している場合ではない。
 この重い荷物を片付けて、床を拭いて、彼がお客さまと認められたのだからお茶を出さなければ。下働きとして、それくらいは当然の仕事だ。

「あ、グレイお帰りー」

 へらへらと笑う兄に重たい荷物を押しつけて、グレイは調理場でてきぱきとお茶の支度を始める。

「え、何? グレイどうしたの?」
「ゼルはそれ貯蔵庫にしまってきて。それが終わったら廊下の乾拭き」
「廊下のって、それ朝にやったじゃ……」
「家の管理が仕事よ。やらないなら減給、分かった?」

 カップを暖めて、茶葉を選ぶ。今日は冷え込むから暖かいダージリンにしよう。甘党な雇い主のためにミルクも温めて、ポットで蒸らしながら持っていく準備は万端だ。
 しぶしぶと動き出した兄の分のお茶菓子をシンクに置いて、グレイはトレンチを手に調理場を後にしようとした。

「何かあった?」
「……お客さま。お願いだから騒がしくしないでよね」
「やだなぁ、お兄ちゃんは可愛い妹が心配なだけなんだから」
「はいはい」

 そんな兄を軽くあしらって、グレイは魔女の部屋へと向かった。
 調理場を出て、目の前にある階段を慎重にのぼり、廊下を真っすぐ突き進む。突き当たりの部屋の前に着くと、待ち構えていたかのようにドアが開いた。

「ありがとう」

 ドアの側には誰もいないと言うのに、自然と開いたそれにグレイは驚かなかった。魔女の魔法だと、1ヶ月も働いていれば慣れるというものだ。

 物が散々としているテーブルに、無理矢理スペースを作り出してからトレンチを置く。慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐと、部屋中にその芳しい薫りが広がった。

「話が途中だったわね。始めに言ったように、今のあたしに呪いを解くことは不可能よ」
「なにやら引っ掛かるような言い方だな。……あぁ、ミルクも砂糖もいらんぞ」

 魔女のカップにミルクを入れていると、ちゃっかり注文を付けられた。

 猫だから、やっぱり猫舌なのかしら?

 いつものように魔女に手渡し、湯気がまだたちのぼるカップを悩みながらも彼へと渡した。彼はくるくるとティースプーンで紅茶をかき混ぜるが、口にしようとはしない。

「完全に解けとは言わん。1日、いや、数時間……なんなら数分でもいい。それすら名高い紫色の魔女にはできんのか?」
「……あたしがあんたの呪いに関わる義務も理由もないわ」
「だが、林檎の魔女に適う力を持つのは、他にいないと聞いた」

 熱い、と口をつけて冷めるまで待つことにしたらしい彼は、今なんと言ったであろうか。
 グレイの聞き間違いではなければ……

「グレイ、聞き間違えてなんかないわよ」

 ゆっくりと、寝台に上半身を起き上がらせている魔女が肯定した。

 嘘じゃない。
 彼女が彼に呪いを掛けたと言うのだ。
 グレイの義母であって、兄を閉じ込めたあの魔女が、また。

「皮肉ね、あいつ絡みのばっかあたしのとこにくるんだから」
「と言うと、そこのグレイとやらも、なのか?」
「過去の話よ。で? 話はそれだけ?」

 彼の言葉に固まったグレイを軽く流すかのようにして、魔女は面倒くさそうに話を切り上げようとした。

 カチャリと、カップがソーサーに乱暴に置かれる。
 彼が思わずと言ったように魔女の横たわる寝台に飛び乗り、二本足で立とうとしてバランスを崩した。
 それでもだんと前脚を突き出して、牙をむき出しながら吠えるようにして叫んだ。

「私はどうしても元の姿に戻らなければならないのだ!」

 猫の姿をしていても、どこか威圧感さえ与えるその雰囲気に、グレイは知らず息を止めていた。
 魔女が紫色の瞳を怯むことなどなく、真っすぐに向けている。

「我が兄のために、婚儀の日までに元の姿で会わねばならんのだ!」
「……あんた、一体何者?」

 彼の叫びに、魔女がゆっくりと口を開いた。
 心なしか鋭くなった紫色の瞳に、彼は真っ直ぐに名乗る。

「私の名はアンバー。アウトキリア国琥珀騎馬隊隊長であり、現国王の第二子でもある」

 猫の姿でも関係などなかった。
 恥じることなどどこにあるだろうか。
 隠すことなどどこにあるだろうか。
 臆することなどどこにあるだろうか。

 妙に威厳あるその言い方に、外見など関係なくそうなのかと思わせてしまうものがある。
 本来ならそのような高い身分の相手には、頭を下げて敬意を払わなければならないのだが、グレイはそうすることですら忘れ、灰色の双眸を大きくして彼を凝視していた。

「第二子……ね。それじゃ、婚約したあんたの兄って言うのは」
「キースと言う。王太子だ、名くらいは知っているであろう?」
「知ってるも何も……」

 言葉の続きはため息の中に消えていった。
 金色に輝く長い髪をかきあげて、前髪をくしゃりと握る。

 魔女が何も言わないため、部屋には沈黙が落ちた。

「あの……」
「なんだ?」
「ど、して……呪いなんか…」

 あの人に掛けられたのか。

 グレイには言葉を続けることができなかった。
 それでも彼は言下の意味をきちんと汲み取ったらしく、寝台から飛び降りてすっかり冷めた紅茶に口をつけながら答える。

「少し前に、侵略戦争が終戦を迎えたことは知っているか?」
「この国に攻め入ろうとした他の国を退けたって言う……」

 まだグレイの記憶にも新しい。
 六番街に住んでいた頃、父が徴兵により戦場へ連れていかれ、帰ってこなかった。
 それはとても悲しいことだったが、グレイには兄がいた。二人でなんとか生きていかなければと、まだ現実を見れただけまともだったのかもしれない。

 つい最近、五番街で一人のマッチ売りが亡くなった。
 彼女のような戦争遺族の傷は、癒えることなく胸に刻まれている。涙が止まることなんてないとでも言うように、国民の記憶に強く残されているのだ。

「退けたわけではない。正しくは、退けられたのだ」

 林檎の薫りを漂わせた魔女に。
 その強大な魔法により武器という武器を破壊され、敵味方は各陣営へと引き離された。

 強制的に終戦に持ち込まれたのだと言う。

「それだけならばよかったのだが、何せ魔女だ。私と敵陣の首謀者に呪いを掛けた」
「……猫になる、呪いを?」
「私は猫だが、相手は蛙になったと聞く」
「か、カエル……」

 ただ終戦させたと言うだけであれば、人々に誉め讃えられるべき存在になったのかもしれない。
 だが、魔女は自分の利になることしかしない。
 だから呪いと言う置土産を残した。

 人のためになることだけはしない。
 呪いを掛けた魔女にしても、目の前にいる、紫色の魔女にしても。

「……グレイにも、あたしにも、厄介なもの持ち込んでくれたわよね」

 魔女が深くため息を吐いて、ゆっくりと肩を落とした。

「それで、あんたは何がしたいわけ?」

 どうしたいか。
 それを魔女が問うのは、協力する気があると言うこと。
 己の経験から、グレイはそれを知っていた。

「私は城に行き、兄に会う。それが私の成さねばならないことなのだ」
「会うことが何になるって言うのよ」
「会うことに意義がある。私が直接会わねば意味がない」

 だからこそ、と彼は魔女を見上げた。
 凛と顔を上げ、琥珀色の瞳を真っすぐにぶつける。

「力を貸してくれないか。兄に会う数分だけ、私を元の姿に戻してくれ」

 頼む、と口にするが頭は決して下げない。
 そこに他の誰にも従うつもりはないと、そう言うような姿勢が映し出されていた。

 魔女はそれをじっと見据えていたが、やがて大きく息を吐いた。

「……グレイ、仕事よ」
「え?」
「たかだか猫一匹が、仮にも王太子のところに行けるわけないでしょ」

 それもそうだが、何故グレイに声が掛けられたのか。
 魔女が雇い主故にその指示に逆らうつもりはないが、ただの小娘が王太子の元に行けるとは思えない。
 そのことを魔女に伝えようとしたが、魔女は分かって言っているらしい。

「ゼルよりはあんたの方が機転が回りそうだし、女官の格好しとけば誤魔化せるわ」
「だからって、これ立派な犯罪じゃ」
「案ずるに及ばない。いざとなったら私がなんとかしよう」

 力強く言われたとしても、猫の彼に何ができると言うのだろうか。
 結局は自分でなんとかしなくちゃならないのよね、とグレイは深く深くため息を吐いた。

 ぱちん、と魔女が指を鳴らす。
 ふわりと二本の紐飾りがグレイの手元に落とされた。

「この“魔具”は? 一本は帰ってくるためのものよね?」
「そうよ。使い方は分かるでしょ」
「大丈夫」

 帰りたい場所を強く思い描いて、握る。
 それだけで魔法が働くらしい。そう言うものだと割り切って考えると、なかなか便利なものだと思う。
 本当に大丈夫だと判断した魔女は、寝台から身を乗り出して彼の鼻先に指先をあてた。

「いい? あんたのはついでよ」
「……何を企んでいる?」
「私事よ、あんたと同じ」

 そして、ぱちん、と彼の目の前で指をならした。

 その瞬間、彼の毛という毛が総毛立ったが、それも一瞬のこと。
 身体を走り抜けた奇妙な感覚に、彼は軽く瞬いた。

「魔法を掛けたわ」
「……だが、何も変わってない」
「あいつの、あんたの兄と目が合ったらほんの数分だけ呪いが解けるわ」
「それは本当か!?」
「魔女は嘘を吐かないわ。ただ、呪いが解けるのはその時だけよ」

 それから、とグレイに視線を向ける。
 紫色の瞳は、怖いくらいに真剣だった。

「いい? 呪いを数分とは言え無理矢理解くの。あいつには確実にバレるわ」
「義母さんに……、気付かれたら」
「出来る限りのことはするわよ、ゼルを連れ戻されたくないんでしょ?」

 頭にフラッシュバックされる光景。

 しなやかな枝に手足を縛られ、捕らえられていた兄。
 恍惚とした表情で兄の瞼に口付けていた義母。
 歪む鏡、はぜる暖炉、小さな林檎の木。
 そして、

『後悔すればいい……!!』

 炎に包まれながら吐き捨てられた言葉。
 許せないことをした魔女とは言え、義母をあのような目にあわせてしまった己の手を見つめて、グレイは小さく震えた。

「今のあんたたちはあいつのじゃないわ。あたしのよ。自分のものくらい守るわ」

 私はものじゃないわ、と返すこともできないグレイはゆるゆると顔を上げた。
 魔女の強い双眸とその言葉に、震える手を握り締める。

 大丈夫だ。そこまで弱い人間じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、忘れ去りたい記憶を押し退けた。

「ゼルのこと、お願い」
「当たり前よ。代わりにグレイ、あたしの用事を必ず成功させてきなさい」
「努力はするわ」

 そして魔女は、ぱちん、と指をならした。

関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【人物設定※本編後】へ
  • 【04 侵入】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【人物設定※本編後】へ
  • 【04 侵入】へ