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「Hazel amd Gray」
猫の瞳は琥珀色

04 侵入

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 この感覚は何度目だろうか。
 グレイは眩暈に頭を押さえながらも、ゆっくり目を開けた。
 頭の先から引っ張られる感覚がしたかと思えば、それも一瞬で、昼間の陽射しが降り注ぐ室内に居たはずが、いつの間にか光の当たらない薄暗い石廊に居た。
 魔女の魔法で、ここにとばされたらしい。

「ここはっ、王家の裏通路ではないか……!?」
「裏、通路?」
「……そなたいつの間に着替えたのだ?」
「え?」

 どこを見ても石が詰まれた壁が続いていて、冬の冷たい空気がしんと留まっているように感じる。
 薄暗いこの場所で、分かるのは自分の存在と、石の壁。それから、呪いを掛けられた猫の存在だけだ。姿をはっきりと見ることなどできない。

「私今、どんな格好をしてます?」
「王城の女官の格好だ。これも魔法か?」
「そうかもしれません」

 着慣れたいつもの服にしては動きにくいと思ったが、魔女の気づかいであろう魔法を余計なお世話だと思いはしない。
 むしろこの服を汚さないように、王太子のもとまで辿り着かねばと思うと、少々気が重い。
 汚さないように、でふと思い立ったグレイは、彼をひょいと持ち上げた。

「なっ、何をする!?」
「ちょっ、暴れないで。足の裏汚れると跡がつんですよ」
「……確かに埃っぽいが、だが、しかし……」

 抵抗は止めたものの、グレイの腕の中で言い訳がましく呟いている彼に、グレイは小さくため息を吐いた。

「私みたいな一介の小娘がこんなことしていいはずないですけど、互いの目的のために妥協してください」
「そう言うわけではないのだが……あ、こら、やめんか! 喉の下を撫でるな!」

 尚も不満そうな彼の顎の下を撫でてやりながら、グレイは慎重に歩きだした。ゴロゴロと喉をならすこの猫の正体が王子だと分かっていても、何故か敬う気にはなれない。
 猫だからかしら?
 不敬罪だと言われよう態度だが、高慢的な姿勢で王家の威厳を目の当たりにしても、やはり姿が猫だからか扱いが適当になってしまう。
 当の本人もあまり気にはしていないようなので、深く考えないようにしようとグレイは自分の中で区切りを付けた。

「……全く、やめんかと言っているのに」
「猫って暖かいんですね」
「ん? 自分では分からんが、そうなのか?」

 十分暖かいと思う。
 冷気が漂う石廊を進むと、淀んだ埃っぽい空気がうごめく。肌に刺さるような空気を切って進んでいると、腕の中の暖かさがとても心地よい。
 ぎゅうと、苦しくないだろうと思われる強さで抱き締めると、どこか慌てたような声が上げられた。

「わっ、わっ!? そんなに力を込めるでない!」
「すみません、暖かくて」
「だからと言ってだな、若い娘がはしたなくも」
「猫にはしたないとかないですよね?」

 それもそうだが、いやしかし、と呟いていた彼であったが、ふと思い立ったことがあるらしく少し態度を改めた。

「そなた、名はグレイでよかったか?」
「はい。それが何か?」
「改めて名乗ろう、私はアンバーだ。この度はよろしく頼むぞ」
「上手くできるかの確証はありませんけど、善処します」
「うむ、良い心がけだ」

 腕の中から偉そうに掛けられた声に、グレイは小さく笑って薄暗い石廊を歩き続けた。

「ここは本来脱出用経路でな、変わっていなければ謁見室に繋がっているはずだ」
「変わっていなければって……」
「脱出時には仕掛けが動いて迷路になるからな」

 まぁ、そんな非常事態には陥らせんがな。
 グレイの腕の中で断言するアンバーは、猫の姿であってもやはり騎馬隊隊長なのだろう。
 国に仕えるものとはそういうものなのかしら? やっぱり、私たちみたいなただの国民とは違うのね、と冷たい石廊を歩きながら、グレイはそんなことをぼんやりと思った。

「そこの三本道は右だ」

 アンバーに促されるまま十字になった石廊を右に曲がる。
 歩いても歩いても景色が変わることのないこの場所は、妙な圧迫感を覚えてしまう。知らず息をつめていたグレイは、ぺし、とアンバーに肉球で叩かれた。

「案ずるな、何も襲っては来ない。ちゃんと息をしろ」
「そ、うですね」

 ふぅ、と息をゆっくりと吐きだしたグレイの頬を、尚もぺしぺしと叩くアンバーの表情はよく分からないが、それでも気遣ってくれているような声だった。

「そなたのような娘に、こんなところを歩かせるのは申し訳なく思うが……」
「仕事ですから」
「……そなたは、仕事ならなんでもやるのか?」

 少し険しくなった声色に、言葉が足りなかったかとグレイは慌てて言葉を付け足した。

「生きるために仕事は必要。でも、私の雇用主は比較的良心的な仕事しか与えないので」
「だがこれは、そなたが言い掛けていた通り不法行為でもあるぞ?」

 不法侵入をした上、不敬を承知で王太子へ秘密理に謁見しようとしているのだから、間違いなく不法行為である。
 だが時に、人は法を破ってでも成し遂げなくてはならないことだってあるのだ。

「……あなたに呪いを掛けた魔女は、少し前まで私の義母さんだったんです」
「何?」
「そして私は、義母さんの命と同じくらい大切なものを、壊した」

 兄を、魔女の手から救い出すために。
 命と同等の価値がある彼女の魔力の源をへし折り、燃やした。
 己の手で義母さんと慕っていた者に苦痛を与えてしまったことは、未だにグレイに罪の意識を覚えさせている。グレイの耳には、魔女の絶叫と最後の言葉が生々しくこびりついているのだ。

「だから、私は義母さんに関することにはちゃんとケリをつけなくちゃいけないんです」
「それは……」
「私だけの問題じゃないし、それで兄を心配させるかもしれないけど」

 紫色の魔女はそんなグレイの意志を汲み取ってくれた。ならばそれに報いるような働きはしたい。それがたとえ、法を犯すようなものだとしても。
 言下に秘められたグレイの意志に、アンバーはしばらく何も言わなかったが、不意に小さく息をついた。

「その意志の強さ、我が騎馬隊員に見習わせたいほどだ」
「こんなに我が強いと、まとまるものもまとまらなくなりますよ?」
「それくらいを統率できんほど落ちぶれてはいない。こんな状況でなければ、我が隊に勧誘してしまいたいぞ」
「それって褒めてます?」

 もちろんだ、と強く言い切ったアンバーに喜ぶべきか嘆くべきか。
 曖昧な反応を返したグレイは、ふと前方に一筋の光が射しているのに気が付いた。

「人の気配はなさそうだな」

 アンバーもそれに気付いたようで、ひらりとグレイの腕から飛び降りた。
 光がある方へ駆け出したグレイは、そこが仕掛けがあるような行き止まりになっていることにひどく安心した。ようやく、この暗い石廊から出られるのだから。
 アンバーに指示されるまま、グレイが壁にある何かを引っ張ったり動かしたりしていると、不意にがこん、と重い音が響いた。それから、ずず、と何かを引きずるような音がしたかと思えば、薄らと一線の隙間ができているのに気付く。
 肩を壁に押しあてて、全身で力を込めて押すと、やがてゆっくりと壁が開き始めた。

「うむっ、誰もいない……控えの間だな」

 先にするりと石廊から脱出したアンバーが、キョロキョロと室内を見渡して満足そうに頷いていた。
 グレイは少し乱れた呼吸を整えながら、ようやく通れるほどの大きさに開いた隙間から室内へと足を踏み入れた。開いたはずの出口は、グレイの手が離れた途端に勝手にゆっくりと閉まりつつある。

「……便利なのね」
「誰かくるぞ」

 思わずと言ったように呟いたグレイの言葉に、アンバーは鋭く言葉を被せてくる。
 ピクリと耳を動かし、ピンと伸ばした姿勢で重厚な扉を見上げた。グレイには何も聞こえないが、猫のアンバーにはそれが分かるのだろう。

「軍事大臣と執務官だろうか……」
「隠れた方がいいですか?」
「いや、下手に隠れてもバレる。向かい討つぞ」

 ひらりとグレイの肩にしがみつくようにして乗っかってきたアンバーを抱き締めて、グレイは顔をしかめた。
 戦いじゃないんだから。
 そうは思えど、ここは彼の方が詳しいのだから、素直に従った方がいい。仕方なしに覚悟を決めたグレイの耳元で、アンバーはどこかおもしろそうに囁いた。

「案ずるでない。あやつはよく知っている」

 アンバーが呟いたと同時に、重厚な扉が荒々しく開いた。
 カツカツと響く足音に、何事か話し合う低い声が二つ。アンバーを抱き抱えたまま部屋の隅に寄り、グレイは静かに頭を下げていた。

「王の名代としての自覚が足りないな。私情だけで判断するとは……」
「ご婚礼を控えておいででしょうから、多少私情も含まれてしまうのでしょう」
「浮かれたお気持ちでいられても……おい、何故お前はそこにいる?」

 そのまま通り過ぎればいいものを。軍事大臣の一言で、グレイはちろりと乾いた唇を舐めた。
 さぁ、どう切り抜けるべきか。頭を冷静にして、考えろ。

「ここをどこだか分かっているのか? そんな下等な生き物を連れて来てもよい場所ではない」
「恐れ多くも、口を開くことをお許しください」

 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
 顔は伏せたまま。下手に顔を覚えられてはいけない。
 二人分の視線が痛いくらいに突き刺さってくるが、怯んではいけない。冷静に、冷静に。

「何が言いたい?」
「さる御方から、この猫を必ずや王太子陛下にお目通しするようお申し付けられております」
「だから貴様のような女官がここにいると?」
「はい。先触れに案内された方より、こちらで待機するよう命じられております」

 全て嘘八百であるが、即興にしてはそれらしい理由になったとは思う。疑うような視線に内心は冷や汗ものだが、それに怯んでいると思われたくはない。
 グレイは尚も同じように姿勢を正しながら頭を下げ続けていた。

「……して、その送り主は誰だ?」
「名を明かすなと、強く念を押されています。ご容赦を」
「まさか、王太子陛下に」
「決して害を成すような方ではありません」

 言葉を被せるようにして、グレイは少し強く言い切った。
 金属が擦れるような音がする。す、と何かが目の前に突き付けられた。

「面を上げよ」

 まさかとは思わない。思ったのは、やっぱり、だ。
 剣を、突き付けられていた。

「どうした、早く面を上げんか」

 苛立ったような声に、どうすべきかしばし悩んだグレイであったが、やがてゆっくりと顔を上げた。上背のある初老の男性と、冴えないような顔をした中年の男を、灰色の双眸で真っ直ぐに見上げる。
 ほぅ、とどこか感心したような声を漏らした初老の男性が軍事大臣と言ったところだろう。揺らぐことない切っ先を、グレイの喉元に突き付けている。

「いい瞳だ」

 皺を刻みながら微笑んだその顔は、やはり軍人のような鋭さが感じられる。ここは恐がって震えてみせたほうがよかったのかもしれない。だが、怯みでもしたらこの先に行かせてはもらえなさそうだ。
 どうする、と必死で頭を巡らせているグレイは小さく抱き締める腕に力をこめた。

「……大臣、その猫」
「あぁ、アンバー閣下と同じだな。毛並みの色も、瞳の色も、傷の位置でさえも」

 本人だから同じに決まってるでしょ、とか言えないけど。
 下手に言葉を紡ぐと、妙な勘繰りをされそうだ。剣先を突き付けられながらも、グレイは必死で打開策を考えていた。

「答えよ、誰からのものだ?」
「……」
「答えんと、切る」

 切られても困る。ここで死にたくはない。
 だが、並べ立てた嘘に挙げる名前など浮かんでこない。どうすればいい、と必死で頭を巡らせながらも瞳は逸らさない。逸らしてはいけない。

―…カラバ侯爵だ。

 ボソリと呟かれた声に、グレイは乾いた唇をゆっくりと開きながら声を押し出した。

「……か、……カラバ、侯爵、様」
「なんだと!?」
「それは本当ですか!?」

 目の前の二人がぎょっとしたように目を見開いたその時、アンバーがグレイの腕から飛び出した。

「あっ!?」
「カラバ侯爵の猫だ! おい、何をしてる早く捕まえろ!」
「はっ、はいぃっ!!」

 見ているこちらが可哀想に思えるくらい情けない声で返事をした中年の男は、衣裳棚の上のアンバーに手を伸ばすもひらりと避けられる。素早く動き回るアンバーに翻弄されているのを見ていられなくなったのか、大臣もやっきになって掴もうと追い掛け回す。
 その光景はどこか滑稽で、グレイはぽかんと見守っていた。
 どこか楽しそうに輝く琥珀色の瞳と目が合った。
 アンバーは一声鳴いて、再びグレイ目がけて飛び込んだ。それを抱き留めると、グレイは肩で息をする二人を静かに見据えた。

「王太子陛下に、お目通りしても?」
「……あ、あぁ。行くがいい。カラバ侯爵ならば、仕方あるまい」
「では、失礼します」

 グレイは疲れたように肩を落とす二人に向かって丁寧に礼をし、重厚な扉を開いた。
 どこか満足そうなアンバーを視線で戒めながら、ではあったが。
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