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「Hazel amd Gray」
猫の瞳は琥珀色

07 解呪

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『久しぶりね、アウトキリア国の王太子殿下。できれば二度と会いたくはなかったわ』
「それは俺の台詞だ。魔女、お前ここに何しに来た?」

 紫色の水晶からゆらりと幻が揺らめき、魔女の姿を映し出した。
 ふと、魔女の用事がなんだったのかを聞き忘れていたが、こうして王太子に魔具を突き出すだけでよかったのだろうか。グレイは迷いながらも、その状態を保っていた。

『何しに、ねぇ。こうして出向かわせる理由を作ったのはあんたでしょ』
「……まさか、アンバーの呪いは」
『あたしじゃないわ』
「魔女は嘘を吐かない、と言っていたな。ならば誰が?」

 探るようなその言葉に、グレイの肩が震えた。
 アンバーに呪いを掛けたのは、林檎の魔女と呼ばれるグレイの義母だった人。そのことに申し訳なさばかりが立って、唇を噛み締めながら俯いた。

 必死で王太子と目を合わせないようにしていたアンバーが、気遣うようにしてこちらを見上げてくる。
何故直ぐに元の姿に戻ろうとしなかったか疑問に思っていたのだが、どうやらグレイを気遣ってくれていたらしい。
 琥珀色の瞳が大丈夫か、と問いかけてくるのにグレイは小さく頷いて返した。

『そんなことはどうでもいいのよ』
「そんなことと片付けていいものではないだろう!? これは王族に対する侮辱だ!」
『あたしにとってはそんなことよ。あんた、婚儀を執り行うってどういうつもり?』

 ゆらりと、不安定なもののように揺らめいた姿でも、魔女の紫色の双眸は射抜くように王太子を睨み付けている。

『あの子をこの腐った場所に取り込むなんて何考えてんの?』
「何も。ただ俺の傍に置くだけだ、悪いようにはしない。少なくとも、お前よりはな」
『これだから考えなしは嫌いよ。少しは頭を使ったらどう?』
「何が言いたい?」

 呆れたような紫色の魔女の言葉に、怒気を押し殺しながらも威圧する王太子。
 自分に向けられているものではないと分かってはいても、不穏な空気が漂うこの場で、グレイは沈黙を続けることしかできなかった。どれだけ怒気に怯えようと、足が竦もうと、部外者たるグレイには、それ以外許されないのだから。

『あんたは知っている。あの子が外の世界を知らなかったことを。あの子の立場になって考えようとはしなかったの?』
「その言葉、そのままお前に返してやる。少しでも、あいつの気持ちを考えたことがあるのか?」
『それをあんたに言われたくないわよ! わかってるのっ!? あの子は話せないのよ!?』
「だからなんだ。声を取り上げたのはお前だろう?」

 語気を荒げた魔女に、苛立ちを隠さない王太子。
 平行線を辿る反応をする二人の間に何があったのかは知らない。ぎゅっと唇を噛み締めて沈黙を続けるグレイとは対照的に、アンバーは目を白黒させながら目の前の応酬を見守っていた。

『そうよ、そうしてあたしはあの子を解放した。なのになんで過酷な道を歩かせようとすんのよ』
「俺を誰だと思っている? あいつを守るくらいの力はある」
『あんたにあの子のことが分かるはずがないわ。精神的に追い詰めて、今にダメになる』
「……精神的に追い詰めたのはむしろお前だ、紫色の魔女。あいつはお前に捨てられたと思っているんだぞ」
『……っ』

 魔女が息を呑んだ。
 あぁ、そうか。二人とも“あの子”と言われた人を大切に思うからこそ、こうして口論しているのか。
 それを理解したグレイは、ゆっくりと視線を上げた。
 王太子の金色の瞳が、幻のような魔女へと鋭く向けられている。
 深い事情は分からなくても、言わなくちゃいけないと思った。
 伝えないといけないと、自分のことを二の次にしてグレイは思わず口を挟んだ。

「本人のっ」
「グレイ?」
「本人の意見を、ちゃんと聞くべきだわっ!」

 アンバーの琥珀色の瞳が丸く見開かれた。
 アンバーだけではない。王太子も魔女も、グレイの言葉に呆気にとられていた。

「本人じゃないのに、その気持ちを勝手に決めつけないで。その思いを勝手に否定しないで! 正解なんて、当の本人じゃないと分かるわけないじゃない」

 互いを思っての行動が裏目に出ることだってあるのだ。
 林檎の魔女から兄を奪還した時のような、何も知らされないままなのは嫌だと強く思った。
 この二人はあの時の兄と一緒だ。
 勝手に全部決めて、苦しいのは全部自分達か背負おうとしている。
 それではダメなのだ。

「知らなかったまま、勝手に決められて……。そんなの後悔しか残らない。お願いだから、教えてよ……」

 目隠しされたままじゃ不安なんだと、グレイはぎゅっと瞳を閉じた。
 義母の元へ連れ戻される前に、兄に言いたかった言葉。伝えることができなかった、己の思い。
 あぁ、一人で興奮して何を言っているんだろう。
 それでも言わずにはいられなかったのだ。まるで自分がいないところで、兄が勝手に決めているように聞こえて。また、あんな思いをしなくてはならないのかと思えば、我慢などできるはずがないのだ。

「……グレイは、そう思ったことがあるんだな」

 沈黙が落ちた中、アンバーがゆっくりと言葉を紡いだ。

「言いたかったのだろう? こうして目の前で口論していた二人と同じような立場の相手に。言えなかったからこそ、こうして今、どうしても言ってしまいたかった。違うか?」
「……違わない、わ」
「なら大丈夫だ。後悔しか残らなかった者の言葉を受けて、何も考えない二人ではないだろうからな。この場では、きっと、グレイが言いたかったことも伝わるはずだ」

 グレイを見上げながらそう言葉を繋いだアンバーに、王太子と魔女は少し複雑そうに顔を伏せた。
 それから一つ間を置いて、王太子がグレイから魔女の幻影を映し出している魔具をそっと取り上げる。 どこか難しいようなしかめっ面だったが、それは魔女も同じで諦めたようにため息を吐く。

『……分かったわよ、会えばいいんでしょ。会えば』
「はじめからお前に拒否権はないがな」
『あたしに偉そうに命令しないでちょうだい。あんたみたいな義息子はいらないのに』
「俺だって、お前みたいな義母は願い下げだ」
『じゃあ婚儀なんかやめればいいじゃない』
「そうはいくか。あいつは俺のものだからな」

 悪態を吐き合いながら部屋を後にしようとする二人に、グレイはハッと思い出して、王太子の服の裾を控えめに引いた。

「お待ちください……!」
「なんだ?」

 慌てて呼び止めると、少し苛立ったように振り返られた。
 グレイはアンバーに向かってはっきりと頷いた。
 大丈夫だと。
 自分に気遣いなど不要だと。
 魔女とグレイが堅い表情をして成り行きを見守る中、アンバーは四つ足で王太子の元へ歩み寄った。

「……キース殿下」

 名を呼んで、王太子を見上げる。
 琥珀色の瞳と、金色の瞳が真っ直ぐにぶつかった。
 その瞬間、林檎の薫りが強く漂り、ビクリとアンバーの小さな体が痙攣したかのように跳ねた。

「っ、アンバー…!?」

 しなやかな猫の肢体が、薄紫色の粒子を振りまきながら形を変える。四足歩行で小さな体から、がっしりとした成人男性のそれへと変貌を遂げた。
 赤銅色の短髪に、土と血で汚れた軍服を身に付けている、先程まで猫だったはずの第二王子の佇まいは、確かにそれだけで人を従わせるような威圧感を感じさせる。王族の一員とした気品だけではなく、アウトキリア国琥珀騎馬隊隊長を名乗るだけの迫力があった。

「次期王になるものが、このようなことで取り乱してはなりません、我が王太子殿下」
「お前……、本物か?」
「私以外に殿下の左腕になれるものがおりますでしょうか?」

 動揺からか金色の瞳を揺らす王太子の前で、アンバーは片膝をついて頭を下げた。右手を左胸にあてたそれは、忠誠を捧ぐ姿勢。

「ご帰還が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。王太子殿下の忠実なる弟・アンバー、只今“無事に”馳せ参りました」

 バチン! と、最後のベルトが弾けとんだ。
 戒めが解け、王太子の左腕を縛るものは何もない。

「……馬鹿が。いつまで待たせるつもりだったんだ」
「殿下の婚儀前には必ずと」
「言い訳は無用だ。お前に与える言葉が“遅い”以外に見つからない」
「申し訳ありません」

 戦争が始まってから会っていないと言うのならば、何年の間この兄弟は別れていたのだろうか。主従関係が成り立っているようなその言葉には、確かに互いを思いやるような響きが含まれていた。
 音を立ててはち切れたそれを見て、どうしてアンバーがあんなにも会うことに固執していたのか分かったような気がした。
 婚礼を控えた王太子のために、鉄のベルトを外したかったのだろう。外すための鍵となるのが“無事な姿のアンバー”だとしたら、ほんの数秒でも元に戻ろうと必死になれる。
 私とゼルでも、きっと同じことをしそうだわ。
 自分たちがもし同じ立場であったとしても、同様に無茶をしそうだと彼らを見てグレイは思った。

「戻ったのならば、すぐに軍に戻れアンバー。隊員がお前の安否を心配していた」
『あぁ、それは無理そうね』
「何?」

 少し緊張した様子の声に、弾けるようにグレイは魔女を見上げた。
 紫の瞳が、視線だけで肯定する。
 やっぱり気付かれたのだ、あの人に。
 ここに来ようとしているのだ、林檎の魔女が。
 グレイたちの義母が!
 濃厚な蜜の薫りが部屋いっぱいに広がり、目に鮮やかな赤い果実が部屋の中央に出現する。

『今あんたには会いたくなかったわ……』
「散々人の邪魔をしておいて、何を言うの? ヴァイオレット」


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