FC2ブログ

「零れ話」
幸運少女

そのよん。

 ←そのさん。 →そのご。

 パーンッ! と試験管が割れた音がしたと思ったら、耳をつんざく音。強く吹き飛ばされる衝撃。顔を背けても分かる熱量と光量。
 予想出来たとはいえ、咄嗟に顔の前に腕をクロスさせるくらいしか出来ないからね。それだけでもできたアタシ凄い。
 正面から車に衝突されて、背中で窓割って投げ出された感じ? あっついと思ったのも一瞬で、衝撃に息を詰まらせたのもほんの僅かな間。ビシビシと何かの破片が腕や身体にとんでくるけど、それよりも!
 きゅっと胃がひっくり返りそうになる心地、手足が地面に着かない不安定さ。全身をきる風の感触! ジェットコースターに乗ってるときと、フリーフォールに乗ってるときと同じ感じなこれってあの、信じたくないけど!
 落ちてるよね!?

「っ、い、やああぁあぁああぁあぁ!?」

 叫ぶことで恐怖心を紛らわせるとは言うけど! 言うけどもっ!
 くるくると身体の向きは定まらないし、落ちてる感覚はそのままだし、ねえ! 待って! 安全装置は! いやないけども!
 地面が思ったよりも遠い! なんでよ、一階とかじゃなかったの!? どん、ばっ、ごろごろあいたたた、くらいの近さを希望したいんだけども!
 待って待って待って! 長い! 滞空時間が長い! 地面が恋しいけど、地面が怖い!
 はやく、早く終われ! 目を覚まして!
 夢とは言え、こんなスリリングなのはいらないから! 下手するとおねしょ案件だから!

『ヨエタア ヲイクス』

 不意に、ふわりと何かに抱き留められるようにして、落下速度が急激に落ちた。

『ズレイチタ ハノモスナイガレワ
 イヨガルオト ミノノモルナクム
 ルエタアケワ ヲロココノヒジ』

 ふわりふわりと、羽根のようにゆっくりと宙を舞い降りる。その不思議な感覚に、乾燥してぱっさぱさになった目を瞬かせると、眦から涙が零れた。ひゅ、ひゅ、と喉から零れる吐息は、激しく鳴る心臓の音が煩すぎて聞こえない。

『ズラア ニキゲウショ ハレソ
 ズラア ニミタイ ハレソ』

 誰かの声が聞こえる。決して大きくはないのに、耳許で言われているかのようにハッキリと聞き取れる。何を言ってるかは分からないけど、不思議と心臓の音よりも大きく聞こえる。
 ヒリヒリと痛んでいた肌は、もう気にならなかった。

 さわさわと葉がある揺れる大きな木のてっぺんから、ゆっくりゆっくり降りていく。不思議な感覚だ。最高に意味分かんない。

『ヨエタア ヲイクス
 ルナハヒジノウオ バレサ』

 木の根元に座っている誰かの声。差し伸べられる手。
 キラキラと輝く長い金髪、優しく細められた切れ長の瞳。神様が整えたかのように完璧な顔のパーツはただただ綺麗だなと思わせて。ゆったりとした民族衣装のような服は、幾重にも布が重ねられていて、ひらひらとはためいている裾まで細やかな刺繍がいれられている。幹に沿うようにして広げられた烏色の翼は、強く存在感を主張しているかのように大きかった。
 手を差し伸べてなかったら、人形かと、芸術家が造った神像かと錯覚しそうな人だった。
 ふわりふわりと、その人のもとへと降りていく。震えた手は、出せなかった。
 固く胸元を握りしめたままのアタシに、その人は困ったように眉を下げて、伸ばした手でそっと迎え入れてくれる。宥めるように背中に回された手は、優しくぽんぽんと叩かれた。

「大丈夫だ」

 何が、と言葉にしようとした声は出なくて。ただ大丈夫と言われたその言葉が、思った以上に安心してしまって。
 ぽろりと、涙が零れた。
 堪えようとしたのに、堪えられなかった。くそぅ、そうやって宥めようとするのはやめてよ。

「うっ、ぐっ、ひっく……」
「翼無き者ならば、殊更に恐ろしかったであろう。大丈夫だ、もう落下の恐れはない。大丈夫だ」

 ボロボロと零れてくる涙を堪えようとしても、出来なかった。だって、まだ心臓がバクバクいってる。怖かった。地面に投げ出されるのが。自分が巻き起こしてしまった結果を認めるのが。夢だと思いたいのに、目覚めないことが。
 泣き叫ぶものか。耐えろ。耐えろっ!
 嗚咽なんか出るな、しゃくりあげたくもないんだ! 不細工な泣き顔なんか見せたくない。俯け、耐えろ。大丈夫だから、ほら。ほらっ!

『レドヤ ヨメスオトミ』

 不思議な言葉で、何か言ってる。袖で乱暴に涙を拭って大きく息をついた。

「……ラクディオルスの召喚が引き金か。シリウスが踏み込み……勇敢なものだ、抵抗として動いた結果が惨事を起こしたか」
「っ!」
「武を嗜む者故、シリウスは問題なかろう。ラクディオルスは……衰弱はしているものの、大事はない。其方は運が良かった。こうして、受け止められた」

 なんで。
 なんでそれを知っているの。ラクディオルスは、たぶん少年のことだ。シリウスは、あの眼鏡の男。だから、アタシがこうしてぶっ飛んできた理由も、何があったかも、なんでかバレてる。
 なんでよ、意味分かんない。さっきからそんなんばっかだ。いい加減目覚めてよ、目覚めてよ!

「そうだな。庇護は出来ぬが保護はしよう」
「な、んで……」
「涙は、止まったか?」

 知ってるの、と続けようとした言葉は止まった。ぽんぽんと頭を優しく叩かれて、そっと引き寄せられた。
 まるで顔を上げるなとでも言うかのように、胸元に額を付けさせられる。とくん、とくんと緩やかな心音がじんわりと触れたところから伝わってくる。

「その状態で良い。理解しなくても良い。ただ、黙って聞いていれば良い」

 その手は、宥めるかのようにして肩を叩く。心音と同じリズムで、ゆっくりとゆっくりと。

「其方は、この世界に喚ばれた。召喚された。理由は召喚者に問わねば分からぬが、大事なことはこれは夢ではないと言うこと」

 夢、じゃない、の……?
 だって、そんなのおかしい。羽が生えてる人がいるはずないし、日本人じゃないのに、言葉が通じるし、そもそも、アタシ自身意識しないうちにあの場所に居たんだ。夢じゃなければなんだって言うんだ。夢じゃなければ、どうやって、目覚めればいいの……!

「傷を負えば痛むだろう。高所から落ちれば衝突は免れない。夢のようにやり直しはきかない。なかったことにはならないのだ」

 でも、それなら、なんで。
 否定の言葉も疑問の言葉も、ぐるぐると浮かんでは消える。落ち着いたはずなのに、また心音が早くなる。嫌だなぁ、ごうごうと耳許で煩い。動揺してるんだ、分かる。でも、落ち着けるはずが……。

「これは、今は、夢ではない」

 宥めるように、ゆっくりと告げられる言葉。だから未だにアタシは目覚めないし、目覚める気配もないし、同様と恐怖心からくる動機の激しさだって引かない。
 分かってる。分かってるけど、理解は、したく、ない。
 理解した振りをして、思考を放棄して、何も考えずにいられたらいいのに。なんて。そんなこと、絶対にアタシはできないんだろうけど。

「不安だろうが、大丈夫だ。庇護はしないが保護はする。庇護すべきは私ではない、が翼無き者であれば保護は必要だろう。悪いようにはさせん。だから、大丈夫だ」

 大丈夫、なのかな。何が大丈夫で、何が大丈夫じゃないのかは分からないけど。
 顔を上げたくて、身動ぎをした。宥めるように叩かれていた手が止まる。ゆっくりと顔を見ようと視線をあげた。
 わーお。これはこれは。はー…、美男子ですわ。彫像ですわー…。飽きずにずっと見ていられるレベルの顔面ですわー…。ため息しか出ないですわー…。
 あ、イケメンに大丈夫って言われてるなら、これは大丈夫だな。夢じゃない? いや、やっぱりイケメンに抱かれてるって時点で夢みたいなもんだわ。ミーハー? 現金? でもイケメンは正義だから仕方ないよね! だって女の子だもん。

「大丈夫だな?」
「オールオッケー、問題ないです」
「それだけの軽口が言えるのなら、確かに問題はないようだ」

 おお、笑った。あかん。きゅ、と僅かに口元をあげただけなのに物凄く華がある笑い方だ。写真集とかの表紙に出来る笑い方だ。至近距離激写ありがとうございます心のカメラだけど。
 そっと肩を叩いていた手を外されたから、ゆっくりと身体を起こす。胸元が地味に湿ってるのはアタシのせいだねごめんなさい。さっきの少年と同じことしてるわ、笑えないね。

「ありがとう、ございます」
「何に対しての礼かは、問わないでおこうか」

 そうだね、いっぱいありすぎるもんね! この短時間で! 助けてくれたお礼、落ち着かせてくれたお礼等々全部ひっくるめてのお礼の言葉ということにしておいて欲しいな!
 そのイケメン面の前で不細工な顔を晒しているのは物凄い気が引けるから、あんまり見ないでね! って思いは伝わってないんだろうなぁ。いや、なんか、こう、視線が生暖かいというか。そうなるのは仕方ないって分かるような気もするけれども。
 イケメンさんは静かに身をよじって、背に生える大きな翼の根元に手をやった。ぷちり、と羽根をもぐ音がする。い、痛くないのそれ。生えてる……んだよね?

「手を」
「手?」

 くれるのかと手の平を上にして右手を出したら、くるりとひっくり返された。手の甲にさわりと羽根が触れるような感触がする。大きな手に覆われて、よく分からないけど。

『ヨエタア ヲゴホノウオ』

 その言葉、なんだろう。毎回違う単語のような同じ単語のような、ちょっとよく分からないけど。呪文、みたいな?
 一瞬だけ、ぽう、と淡い光が包まれた手に宿った気がした。そっと手を外されると、黒い一枚の羽根が甲に描かれて……え、待ってコレ何魔法?

「私が保護をしている証だ。……そう擦らなくとも落ちぬ」
「いや、ずっとこのまま残るのはマズいんですけど!?」
「魔素に反応して浮かび上がる。この場は特に豊潤だからな、他の場で常時浮かぶことはあるまいよ」

 あ、テーマパークとかの再入場スタンプ的な? それならいいんだけど、手の甲に入れ墨みたいに残ってるのは嫌だよアタシ。ずっと手袋着用になっちゃう人生とかゴメンだし。
 そういうもんか、とマジマジと見ていると、イケメンさんはそっと膝を立てようとして、困ったようにアタシを見つめた。
 あ、そっか。アタシが服の上に乗っかってるから立てないのか。スカートみたいに無駄に長い上着だと大変だよね。なんかこう、成り行きでそのままの距離で居たけど、近いしね! うん、意識すると滅茶苦茶近すぎるね! 離れます! ごめんあんまり見ないで毛穴が開いてるのバレるから!
 ワタワタと距離をとるようにして離れると、イケメンさんは緩慢な動作で立ち上がった。翼が大きいから身体も大きいんですね。二メートル近くあるんじゃないかな? 見上げるくらいに長身なイケメンさん。大ぶりな翼が一組と、腰ほどにそれよりも一回り小さな翼が一組。二組の翼があるって、なんかこれ、あれじゃない? 六枚あったら堕天使みたいな? 中二病が疼くね!

「翼無き者に合わせて歩もうか。四阿へ向かうぞ」
「あずまや……?」
「座れる場所だ」

 差し出された手を見る。掴めってか、手を繋げってか、この年になって!
 躊躇していると、手をとられて無理矢理横に並ばせられた。いや、イケメンの横にこの部屋着スタイルで立たされるとか、本当にどんな拷問ですか。ゴリゴリと何かが削られていくんですけど。

「手を繋ぐ必要は」
「後ろにつかれると、翼が邪魔で見えないのでな。歩くとなると、尚更距離感が分からん」
「あ、案外嵩張るんですねソレ」
「全くだ」

 翼とぶつかると悪いから手を繋ぐって、なんかこう、情緒無いな! とは思ったけど。

関連記事
スポンサーサイト





総もくじ 3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ 3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ 3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ 3kaku_s_L.png 零れ話
総もくじ  3kaku_s_L.png BLUE_LIGHT
総もくじ  3kaku_s_L.png ARUTOYU_MA
総もくじ  3kaku_s_L.png Hazel amd Gray
総もくじ  3kaku_s_L.png 零れ話
もくじ  3kaku_s_L.png 独り言
  • 【そのさん。】へ
  • 【そのご。】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【そのさん。】へ
  • 【そのご。】へ