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「Hazel amd Gray」
白き姫君

04 襲来

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 それからのマリアの生活は一変した。

「ちょっと、あんた朝飯を作るのに何時間掛かっているわけ?」
「だって、卵が上手く割れないのよ。これじゃあオムレツですら作れないわ」
「つく……何個卵を無駄にしてんのよあんたはっ!」
「何個かしら? あら? もう卵がなくなるわ」
「そりゃ、山のように失敗していればなくなるわよ……!」

 まともに卵の一つも割れないマリアに、朝食を作らせることをあきらめた彼女は頭を抱えた。
 そして、朝食作りはいいから洗濯をしてきなさいと、そう命じた十分後。

「きゃあっ!」
「今度は何?」
「洗濯機から泡がたくさん出てくるわっ! どうしましょう、止まらないのっ! あぁ、でもこれは放っておくべきなのかしらっ?」
「そんなはずないでしょ? あんたどれほど洗剤を入れたの!?」
「たくさん入れたわ。そうじゃないと、汚れが落ちないでしょ?」

 スプーン一杯分で十分だと言うのに、なんてことだ。
 泡だらけになっているマリアに、彼女は大きくため息をつきながらうなだれた。マリアに仕事を頼めば頼むだけ、自分の手間が掛かって仕方がない。

「……分かったわ、あんたに家事をさせようとしたあたしが悪かったのよ」

 淡い金髪をかきあげて眉間に皺を刻み込んだ彼女は、とんとんとこめかみを叩く。そして、ゆっくりと指を鳴らした。
 ぱちん、と家の中に音が響いたかと思えば、さっと洗濯機からあふれ出る泡が消え、卵の殻が散らばる台所が綺麗に片付いた。
 たった一瞬で。瞬きを一つした間に起こった出来事に、マリアは手を叩いて喜んだ。

「なんて素敵なのかしらっ! まるで絵本の中に出てくる魔法みたいねっ!」
「みたいじゃなくて、立派な魔法よ」
「本当っ!? それじゃ、もしかしてあなたは魔女なのかしらっ?」
「今更気付くなんてバカね、あんたも」

 すごいわ! とひたすら繰り返すマリアの額を軽く小突き、彼女…―魔女は薄っすらと口許に笑みを浮かべた。
 そして肩に掛かる髪を背中へを流すと、ふと窓の外を見上げた。
 抜けるような晴天。降り注ぐ日差しは、細い針葉樹の葉に遮られてここまであまり届かないが、その分爽やかに吹き抜ける風が心地よい。
 冬になればここも一面の雪景色に変わるのだが、今だけは青々とした姿をみせている。

「……出かけてくるわ」
「おでかけ? やっぱり箒で空を飛ぶのかしら?」
「そんな面倒くさいことを、あたしがするわけじゃないでしょ」

 残念とだけ呟いたマリアに、魔女は視線を戻した。

「いい? 決して余計なことはしないで。家事をやろうなんて変な気まぐれを起こして、さっきの二の舞を踏まないこと」
「大丈夫よ、今度はもっとうまくやるわ!」
「あんたの大丈夫ほど信用ならないものはないわよ」

 だから、あたしが帰ってくるまでに家を壊さないでちょうだい。
 そう強く念を押す魔女に、マリアはしぶしぶ頷いた。

「出て行く気になったら勝手に出て行きなさい。別に引止めやしないから」

 そして魔女は再びぱちんと、指を鳴らした。
 その姿が、音が鳴ると共にぱっと消える。

「魔法って、やっぱり一瞬で起こってしまうのね。とっても不思議!」

 部屋の惨事が一瞬で片付いてしまったのと同じように、魔女も一瞬で消えてしまった。
 手を叩いて喜んではいたものの、反応してくれる相手が誰もいない虚しさからマリアはそっと手を下ろした。ぽつんと、部屋の中に取り残される。

「こんなに、静かなのも初めてね」

 お城ではいつも誰かがいたのに、どうしてここには誰もいないのかしら?
 あぁ、そうよ。だってここはお城じゃないもの。私は逃げてきたんだもの。当たり前じゃない。
 でも、どうしてこんなにも空しいと感じてしまうのかしら?

「どうしようかしら? お腹が空いたわ。でも、オムレツの一つもできなかったし……」

 朝ごはんの一つもできないまま昼ご飯の時間になった今、マリアのお腹は空腹を訴えて盛大に鳴った。
 ぽんと、大きな音を立てたお腹を叩いて、マリアはどこか悲しそうに俯いた。

「ごめんね、お腹さん。からっぽのままだけれども、少しの間我慢して……」

 マリアが自分のお腹に向って声を掛けていた、そんなとき。

 とんとん。

「あら?」

 チョコレートの形をした扉が叩かれた。

「誰かいらしたみたい。今行くわ!」

 こんな森の奥深く、それもこんなにも怪しいお菓子の家への来客に、マリアは何の疑問も持たずに扉を開けに駈け寄った。
 そっと扉を開けた先にいたのは、色とりどりのリボンが入った籠を持った、腰の曲がった老婆だった。人のよさそうなふっくらとした顔立ちの老婆は、皺くちゃの顔に更に深い皺を刻みながら微笑んだ。

「腰結いのリボンはいらんかね?」

 さまざまなリボンが束ねられている籠を持ち上げて、マリアに中が見えるようにそっと傾ける。
 赤に黄色に青に緑。チェックに縞々、シンプルに一色のものからグラデーションが掛かっているものまで、それこそ様々な種類のリボンに、マリアは瞳を輝かせた。

「わぁ! とっても綺麗ね!」
「お嬢さんにも一つ、いかがかね?」
「私に?」

 お城から逃げてきた時のままの格好をしているマリアは、己の姿を見下ろした。
 城にいたときよりも質素な服。動きやすいように、膝下までしか丈がない、短いスカート。走り続けて汚れてしまった皮のブーツ。
 そのどれもは城にいた女官のお古だが、あまりにも飾りっけがない。

 そう、お城にいた頃のドレスはもっと布をたくさん使っていて、複雑な模様の刺繍が入れられていて、繊細な透かしが入ったレースがふんだんに使われていて、それでいて、宝石できらびやかに飾ってあった。装飾品を増やせばずっしりと重さを感じたが、ドレスを身にまとったときは、まるで羽に包まれているかのような感触で、重さなど全く感じなかった。
 それが今はどうか。ごわごわとした着心地で、厚手の布は何枚も布を重ねているわけではないのに、鎧を着込んだように重い。

「素敵な考えだと思うわ! でも、このお洋服に似合うものがあるかしら?」
「大丈夫さね。このばぁばに任せておけば、きっとお嬢さんにも似合う腰結いのリボンを見繕ってあげよう」
「本当! それじゃあお願いしてもいいかしら?」
「あぁ、ばぁばに任せておきなさい。さぁさ、後ろをお向き」
「分かったわ! お願いね!」

 無邪気に微笑んだマリアがくるりと後ろを向くと、老婆は籠の中にあった長い赤のリボンを取り出して、マリアの腰に回した。
 そして老婆は、結び始めたその赤いリボンを、思いっきり引っ張った。

「っく!? お、お婆さん? と、とても苦しいわ……?」
「それくらいキツく締めるのが普通なのさ」

 ぎゅうぎゅうとお腹を圧迫してくる細いリボンに、息がつまった。
 上手く呼吸が出来ないマリアは喘ぐようにして言葉を続ける。

「でも、これ、じゃ……息が」
「大丈夫さね。直に慣れるだろうからね」

 そう言った老婆の声が、最後まで聞こえたか聞こえないか。マリアは視界が真っ白になるのを感じながら、くたりと床に倒れ伏せた。
 床に倒れたマリアを見下ろして、老婆はそっとリボンから手を放した。

「ほら、だから直に慣れるって、そう言ったでしょう?」

 声が変わった。しゃがれ声ではなく、どこか甘い吐息で囁かれているような心地に陥る、若い女の声。
 老婆はそっと己の赤い爪に口付けた。
 軽いリップ音の直後、爽やかな林檎の香りがはじけたかと思えば、そこには老婆ではなく、妖艶な雰囲気を放つこの国の王妃がマリアを見下ろしていた。

「さぁ、美しい姿のまま、私にコレクションされてしまいなさい」

 ただ、残念ながらマリアが倒れているのはこの奇妙なお菓子の家の中。

「よりにもよって、他の魔女の元に身を寄せているなんて……」

 手出しが出来ないわ。
 そう呟いた王妃は、仕方なしに己の赤い爪に再び口付けて、林檎の香りだけをその場に残して、姿を消した。
 床に倒れ伏せた、マリアを残して。
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