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「Hazel amd Gray」
白き姫君

05 継母

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 ぱちんと、一つ指を鳴らす音が響いたのと同時に、魔女がお菓子の家のリビングに姿を現した。
 そして形のよい眉をひそめ、さも嫌そうに顔をしかめるのだ。

「誰か来たわね……」

 この魔女の家に、他の魔女の気配が残っている。
 あたしの領域であるこの場所に手を出すなんて、舐められたものだわ。
 小さく舌打ちをして、かつかつと音を立てながら気配が残る方向へと歩きだした。長い癖の付いた金髪が彼女の大きく開いた背中に揺れ、波打つ。

 気配が漂うのは玄関の方からだろうか?
 小さな家であるため、移動に時間が掛かることはない。それゆえに廊下に出たところで、それを見ることができた。

「っ!?」

 床に倒れ伏せている、マリアの姿を。

「ちょっと! あんた生きてる!?」

 蒼白の顔で瞳を閉じているマリアの肩は動いてはいない。床に広がる粗末なスカートと漆黒の髪が、その色の白さと異様さを際立たせている。
 魔女は慌ててマリアに駈け寄りその肩を揺さぶったが、反応はない。

「あぁもう、こんなところで死んでんじゃないわよ!」

 ぺしぺしと頬を叩いても気付く様子はない。口元に手をかざしても息が当たることもない。
 軽く混乱しながらもマリアの様子を確認していた魔女は、ふと視界に映った赤い色に気が付いた。

「……リボン?」

 その細い腰に食い込んでいる、鮮やかな赤いリボン。目を細めてそれを確認した魔女は、険しい顔つきのままぱちんと、一つ指を鳴らした。
 はらりと、リボンが解ける。

「……っけほ」
「なんとか、間に合ったみたいね」

 ほっと肩の力を抜いた魔女は、咳き込むマリアの背中をそっとさすってやった。荒い呼吸を繰り返すマリアの顔には徐々に血色が戻ってきており、なんとか一命をとりとめたようだ。

「ほら、しっかりしなさいよ」
「あぁ、ビックリしたわ……」
「それはあたしの台詞よ。一体何があったの?」

 ほぅ、と大きく息をついたマリアは、その場に座り込んだままきょとんと目を丸くした。
 呆れたように自分を見下ろす魔女を見上げて、不思議そうに首を傾げる。

「あら? お帰りなさい。もう用事は終わったのかしら?」
「お帰りなさいって、あんたねぇ……」

 そのマイペースさに額を押さえた魔女に向ってにこやかに微笑み、そして床に落ちた赤いリボンを見てから、マリアはきょろきょろと辺りを見渡した。
 そして軽く鼻をひくつかせると、なにやら納得したようにぽんと手をうった。

「さっきのお婆さんは、お義母様だったのね!」
「……あんたのその自由すぎる性格、なんとかならないのかしらね」
「自由なのはいいことだと思うわ! あぁ、でもどうしましょう! お義母様にはもうここにいることが知られてしまったのね」
「頼むから、あたしにも分かるように話してくれないかしら?」

 噛み合わない会話を続けることに疲れを覚えた魔女は、深く深く溜め息をついた。
 ……どうしてこんな面倒な小娘を受け入れたのかしら。
 数日前の自分の言葉を、今すぐ取り消したい気分だ。それももはや今更なのだが。

「さっき、腰紐売りのお婆さんが来たの。でもそのお婆さんは私のお義母様だったみたいで、危なく窒息死させられるところだったわ。助けてくれてありがとう!」

 にっこりと微笑みながら言うような内容ではないのだが、マリアはちっとも気にしてはいない。

「林檎の香りが残っているから、きっとそうよ。お義母様ったら、私を永遠に美しいままの姿でいさせるって、そう言って何回も危ないことをするの。今回のもきっとそうだわ」
「……あんたもなかなか、スリリングな人生を歩んでいるのね」
「だから言ったでしょう? 逃げてきたって。助けてとも頼んだのを、忘れてしまったのかしら?」

 小首を傾げるマリアの言葉に、魔女は悟った。危ない橋を渡り続けていたと言っていただけあって、ただの能天気で世間知らずのお姫様ではないと。
 魔女は少し悩むようにして髪をかき上げたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「あんたのお義母さまとやらは、魔女なのね?」
「えぇ、そうみたい。お義母様もあなたみたいに、パッと姿を消してしまうんですもの」
「なら話は早いわ」

 この家から一歩も出ては駄目よ。
 そう魔女はマリアに言い切った。マリアは意味が分からずきょとんと目を丸くしていたが、やがてこてんと小首を傾げた。

「どうして出てはいけないの?」
「ここがあたしの領域だからよ。魔女は他の魔女の領域を犯さない。だからあんたがこの家から出ない限りは手を出されないわ」
「そうだったの? 分かったわ、気をつけるようにするわね!」

 マリアが綺麗に微笑むと、魔女は本当に分かってるの? とでも言いたそうな顔をしていたが、やがて仕方がないわねとでも言うかのように苦笑を浮かべていた。



 ねぇお義母様、お義母様。
 私、永遠にこの姿でいたいだなんて、そんなこと一度も思ったことはないわ。

 自分が美しいだなんて、そう言われるたびに本当に? って思うの。
 だって、美しいものなんて人それぞれじゃない。
 私は人が美しいと思うよりは、雨あがりに掛かる虹や、キラキラと輝く雪の方が綺麗だと思うの。
 朝早く起きて、誰の足跡もついていない真っ白のお庭はね、白銀の絨毯を敷いているみたいでとっても綺麗なのよ。
 私は一度しか見たことがないけれど、このお城だってそう。お義母様も、お父様に嫁いで来る際、ご覧になられたかしら?

 だからね、お義母様。美しいものは、記憶の中にあってこそ美しいと思うの。
 可憐に咲く花がいずれ枯れるように。
 繊細な造りの彫刻が霞んでしまうように。
 人の心が移ろい行くように。
 手に入れられない儚いものだからこそ、美しいと感じるのだと思うの。

 ねぇ、お義母様。だからどうかお願い。
 これ以上私の国の美しいものを手に入れようとしないで。
 美しいと称されるこのスノーベルクを、貶めないで。お義母さまは私だけではなく、この国を自分のものにしたいと考えているのでしょう?

 私はそれだけは阻止しなくてはならないの。たとえ相手がお義母様でも、ううん、お義母様だからこそ止めないといけないの。
 どんな手段を使ったとしても、どんな被害を与えようと。
 だって私は、このスノーベルクのお姫様なんですもの。

 だからね、お義母様。
 どうか私の最後のお願いを聞き入れてちょうだい。

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