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「Hazel amd Gray」
白き姫君

06 二人の魔女

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 とんとん、と扉を叩かれた音がして、マリアはふと顔をあげた。

「はーい、今行くわ!」

 腰紐売りに扮した義母が訪れてから数週間。
 ようやくオムレツらしきものを作れるようになったマリアは、フライパンの上にあったそれを皿に移し、火を止めた。オムレツらしきものになってしまうのは、ひっくり返す際ぐちゃりと型崩れしてしまうからである。

「とりあえず食べれるもの! 少し不恰好でも構わないかしら?」

 綺麗な楕円形のオムレツになるはずのそれは、何故かスクランブルエッグになっているのだが、マリアはそんな些細なことを気にすることもなく、いそいそとエプロンを外し玄関へと急いだ。
 厚くてごわごわした生地の服にも慣れ、軽やかに裾を揺らしながら扉を開く。

「どちら様かしら?」
「あのっ、お願いです。櫛を買ってくださいませんか!」
「櫛を?」

 扉の前にいたのは、木製の背負い箪笥を持った、細身の少女だった。マリアと同じ高さに合わせられた瞳はどこか怯えているようで、必死の形相で一抱えもある箪笥を抱き締めている。

「一本でいいんです。お願いします、どうか櫛を買ってください!」
「櫛売りさんが、どうしてこんなところに?」
「街では他に、買ってくださる方がいなくて……。国外に行かなければ、櫛を売り切ることができないんじゃないかって……だから私……!」

 ぽろぽろと瞳から雫を零した少女を前に、マリアは戸惑った。
 肩を小さく揺らし、嗚咽を洩らす少女を慰めたいのだが、マリアはこの家から一歩も出てはいけない。そう魔女と約束したのだ。
 そのため、少女の華奢な肩を抱き寄せて、大丈夫よと落ち着かせてやることですらできない。

「どうして、そんなにも必死になって櫛を売らないといけないの?」
「だって、私は櫛売りなのですから。櫛が売れないと、明日から生きていく事ですらできなくなってしまいます……!」
「そうなの……それは大変だわ」

 なんとかしてやるには、やはり櫛を買ってやる他ないのだろうか?
 涙を流し続ける少女を前に、マリアはそっと瞳を伏せた。そしてゆっくりと瞬きをし、優しく微笑みながら少女へと歩み寄る。
 後一歩で家の外と言うところで、止まる。

「ねぇ、それなら私に一つ売ってはくれないかしら?」
「買ってくださるのですか……!」
「えぇ。だから、どうかこの国から出て行って下さらない?」
「え?」

 きょとんと涙が残る目をぱちくりと瞬かせ、少女はマリアを見返した。
 尚も優しく微笑むマリアを見ると、聞き間違いだろうかと思ってしまいそうになるのだが、マリアはもう一度、ゆっくりと同じ言葉を口にする。

「この国から、出て行って欲しいの」
「どうして、そのようなことを……」
「だって、貴女はこの国が欲しいのでしょう?」

 ねぇ、お義母様。違うかしら?
 マリアがそう口にすると、少女はゆっくりと口元に笑みを浮かべた。

「そうよ、だってこの国は美しいじゃない」
「お義母様……」
「こうして会うのは久しぶりだったかしら? よりにもよって、他の魔女のところに身を寄せるなんて思ってもみなかったわ」

 そっと赤い爪に口付けると、爽やかな林檎の香りを辺りに漂わせながらその姿を変えた。細身の少女から、妖艶な雰囲気をまとうこの国の王妃の姿へと。

「お義母様、どうかこの国を手にいれようとしないで」
「それなら、あなたがこの国の変わりに。私のものになるとでも、そう言ってくれるのかしら?」
「いいえ。私は世継ぎだもの。簡単に人のものになることなんてできないわ」
「それなら、そんな甘い戯言を吐くのはやめることね」

 あなたが何を言おうと、私は両方手に入れるだけだもの。
 そう怪しく微笑み、再び赤い爪に唇を寄せたそんな時。

「そこまでよ」

 ぱちんと、一つ指を鳴らす音が響いた。

「あたしの領域にいるうちは、あたしの所有物。魔女の決まりをそう簡単に破らないでもらいたいわ」

 長い髪を煩わしそうに背中へと流し、マリアを庇うように姿を現した、この家の主である魔女。紫色の瞳が細く王妃を睨んだ。

「初めまして、かしらね。私の義娘がお世話になっているわ。いい加減返してもらえるかしら?」
「所有物の管理がなってないのはそっちの責任だわ。同じ魔女なら分かるでしょ?」

 一度自分のものになったものを、手放すつもりなどないと。
 言葉にしなくても分かる。強欲なのは魔女の性。そして、狡猾で抜け目ないからこそ魔女になれたのだから。

「貴女とは気が合いそうにないわね」
「そりゃ良かったわ。あんたと馴れ合うつもりはないもの」
「それでも、その子は林檎の魔女と呼ばれる私のもの。貴女のものじゃないわ」
「なら覚えておきなさい。紫色の魔女は、あんたが簡単に相手をできるような、そんな生易しい存在じゃないってことを」

 二人の魔女の間で火花が散る。
 互いに逸らすことのない視線は力強く、マリアはただそれを見つめている事しかできなかった。

「あんたの噂は聞いているわよ。美しいものに目がなくて、それを手に入れるためならどんな手段もいとわない。林檎の香りを身にまとった魔女は、強欲すぎてあたしたちの掟ですら忘れてないでしょうね?」
「あんなもの、あってないようなものでしょう?」

 それは、以前に言っていた“魔女は他の魔女の領域を犯さない”とのことなのだろうか。
 林檎の魔女と呼ばれる王妃は、ゆっくりと口元に弧を描く。にやりと、それだけで妖艶な雰囲気を放っているかのように思える笑みを浮かべた。

「そもそも、貴女は自分の力を過信しているとは思わないのかしら? 本当に、私が貴女を簡単に相手ができないとでも?」
「その言葉、あんたにそっくりそのまま返してやりたいわよ」
「そう強がっていられるのも、いつまでになるかしら?」

 紫色の魔女が、眉を寄せた。

「あんた、何言ってんの?」
「ラプンツェル、だったかしら?」
「……」

 ラプンツェル。
 サラダ菜の名前が確かそうだったはずだ。それがどうして、紫色の魔女の視線を鋭くするのだろうか?
 何も言わない紫色の魔女に、嘲笑めいた笑みを浮かべたまま、林檎の魔女は続ける。

「間抜けな魔女は、魔力の源をその娘へと取り込まれてしまった。だからその娘を育てている。何の穢れもない、高い塔の上で」

 紡がれる言葉一つ一つが、ゆっくりと頭に染み込んでいくように語られた。
 どういうことだろう? 林檎の魔女は何を言っているのだろう?
 マリアには分からなかった。

「ねぇ、その子。とても美しいらしいわね」
「何が言いたいの?」
「何か一つを手に入れるためには、何か一つを手放さなければならない。たったそれだけのことよ」
「あの子に手を出したら、それこそただじゃおかないわよっ!」

 声を荒げた紫色の魔女は、ぱちんと大きく指を鳴らした。
 その瞬間、ごうと大きな音を立てて、風が荒々しく吹き荒れた。林檎の魔女に向かって大きくうねりながら集束する風に、マリアは悲鳴をあげたが、それも荒々しい風の音にかき消されて聞こえない。
 針葉樹を白く染めていた粉雪が舞い、視界が白く覆われた。

「よく考えなさい。先に掟を破ろうとしているのは、どちらか」

 必死に柱に捕まっていたマリアの耳に、風の音と共にハッキリと聞こえてきた言葉。

「紫色の魔女、貴女が護りたいものはどちらか」

 そして僅かに香った、爽やかな林檎の香り。

「よく、考えなさい」

 粉雪を盛大に舞わせた風が収まったときには、林檎の魔女の姿は消えていた。そこに誰かがいたことですら信じられないくらいに、足跡一つ残さず。
 肩を震わせてその光景を見つめていた紫色の魔女に、マリアは声を掛けてもいいものかと悩んだ。

「……そんなの、考えるまでもないじゃない」

 感情を抑えた声でぽつりと呟き、やがてかつかつと足音を高らかに響かせながら、くるりと振り返る。
 紫色の瞳が、妖しく揺らめいていた。

「あ、あの……?」
「魔女は強欲で、狡猾よ。あいつに一泡吹かせてやらないと、気がすまないわ」
「え?」

 戸惑うマリアの前でぴたりと止まり、見下される。

「あんた、あいつには捕まりたくないんでしょ?」
「え、えぇ。そうよ」
「それでもって、スノーベルクの姫でもあるんでしょ?」
「そうよ、私はスノーベルクの姫。だからこそ、あの国を護らなくてはならないの」
「そんなことはどうでもいいわ。あんたが王族か、貴族であればそれでいいの」
「どういうことかしら?」

 マリアが不思議そうに首を傾げると、紫色の魔女は薄く微笑んだ、

「魔女の掟でも力でも、適わないような力を利用すればいいのよ」

 そう言われても、やっぱり、マリアには分からなかった。
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