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「Hazel amd Gray」
白き姫君

07 林檎

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 紫色の魔女が言った、力とはなんなのか。
 それが分からないまま、月日は過ぎて行った。白く降り続く雪は溶け、暖かな春が訪れようとしている。
 王妃……林檎の魔女は、あれからなんの接触もしてこない。

「国は、どうなっているのかしら……?」

 のどかな日差しが差し込むリビングで、マリアはぽつりと呟いた。
 己が城を飛び出して早数ヶ月。城下町から遠く離れたこの森の中、母国の様子を知る手段など持ち合わせていなかった。
 自分の命の危険を感じて城を飛び出して来たが、それでも気に掛かるのは国のことばかり。
 王族あっての国ではない。国と国民がいての王族なのだから。
 マリアは窓辺で頬杖をつき、ほう、と息をついた。

「紫色の魔女さんにとって、私よりもラプンツェルと言う方が大切。それはそうよ、だって私はただの他人だもの」

 護ってもらっているだけでも、ありがたいと思わなくちゃ。
 そう自分に言い聞かせるも、胸に湧き上がる感情は羨望。
 母のように、無条件で護り、慈しみ、愛される相手が羨ましいと思うのだ。あんな風に、誰かのために怒ってくれる人など、マリアには今までいなかった。それが純粋に、羨ましい。
 マリアには実母の記憶はなく、母と呼ぶ相手からは命を狙われている。命、と言うよりはその美貌を、と言った方が正しいのだろうが。

「お父様は、ご存命かしら?」

 義母に陥落された父王は、果たして今も尚その威厳を貫いて国の頂点に立っているのだろうか?
 それとも……

「お義母様に、国を明け渡してしまったのかしら?」

 それを確認する事も、適わないのだけれど。
 マリアの呟きは、春のそよ風に乗せて静かに溶け消えた。
 悩ましげに瞳を伏せ、その雪のように白い肌を縁取る、緩く結われた黒檀のように黒い髪。粗末な村娘の服を着ていたとしても、マリアの美しさが損なわれることはなかった。

「知りたいのかしら?」
「……お義母様?」

 不意に、窓の外で爽やかな林檎の香りが弾けた。
 透明な粒子をその豊満な体にまとわせて佇むのは、先ほどまで考えていた相手。
 林檎の魔女と呼ばれる、マリアの義母。

「あの国が、貴女の父王がどうなっているか、知りたいのかしら?」
「知りたいわ」

 ……お義母様に愛情を求めることは、しちゃいけないのよ。
 なぜなら彼女は、マリアの容姿を永遠のものにしようとしている、魔女なのだから。

 スノーベルクを手に入れようとしている、悪しき魔女なのだから。

 それでも、一度もその腕に抱かれたことがないマリアは、きゅうと胸が痛んだ。寂しいと、心が叫ぶのだ。
 何故だろう、こんなにも寂しいと思ってしまうのは。
 どうしてだろう、自分はたった一人だとそう感じてしまうのは。

「知りたいのなら、これを食べなさい」

 マリアの胸のうちなど知らぬ林檎の魔女は、ことん、と窓辺に何かを置いた。
 真っ赤に輝く、大ぶりの果実。

「……毒林檎かしら?」
「さぁ、どう作用するかしらね?」
「否定はしないの?」
「魔女は嘘をつけないもの。私だってどうなるか分からない」

 もしもこれが毒林檎だったら、彼女は嬉々としてマリアの死体を持ち帰るだろう。そして毒の副作用が身体に出る前に氷漬けにでもして、この身体を永遠に年終えないようにするのだろう。
 そんなの、考えなくたって分かる。

「それは私の林檎。私が林檎の魔女と言われるのは、私の魔力がその林檎に詰まっているから」
「だから、どうなるかは分からないと、そう言うの?」
「えぇ、だって食べさせたことなんかないんですもの」

 妙に赤い林檎をじっと見つめる。見た目は何の変哲もない、ただの林檎。
 それを口にして、何になるのだろう?

「……」

 あぁ、そんなことよりも、これを食べれば一人ではなくなるかしら?
 お父様に会えるかしら?
 魔女は嘘をつかないと言う言葉を信じてもいいのなら、コレを一口齧っただけで国の様子が分かるのでしょう?
 そう、ほんの一口。
 それだけで、お義母様との関係も変わるかしら?
 マリアはそっとその林檎を持ち上げ、林檎の魔女を見上げた。

「食べるも食べないも、あなたの好きよ」

 私がどうなろうとも、お義母様は動じないのかしら?
 それは何故だかとても哀しくて、マリアはそっと林檎を齧った。
 シャリ、と。瑞々しい果汁を果肉より染み出させたそれはやがて……

「うっ!?」

 マリアの意識をたやすく奪った。
 苦しさに喉を押さえて、林檎を落とす。とん、とんと床を転がる音がやけに大きく聞こえた。
 薄れゆく視界に見えたのは、尚も艶やかに微笑む林檎の魔女の、優しげな表情だった。

 ―…あぁ、やっぱり。私はずっと一人なのね。

 心を深い悲しみに染めながら、マリアはそっと瞳を閉じた。

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