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「Hazel amd Gray」
白き姫君

08 口付け

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 倒れ行くマリアを見下ろし、林檎の魔女は満足そうに微笑んだ。
 どう作用するかは知らない。と言う言葉は嘘ではない。嘘ではないが、どう言った効果を出すかくらいは予想している。
 そしてその予想は間違っていなかった。それだけのこと。

「毒林檎だと、自分で疑っておいて食べるなんて、なんて愚かな子なの?」

 だが、愚かな思考の持ち主でも、その外見は美しい。その美貌は城にいた頃よりも美しさに磨きが掛かっており、少女から一人の女になろうとしている不安定さが、より儚げに見せている。
 雪のように白い肌。黒檀のように黒い髪。血のように赤い唇の、美しい容姿をした姫君。
 粗末な服に身を包んでいても、その気品さは隠し切れてはおらず、まるで宝石の原石を眺めているかのような心地に陥らされる。

「美しい白雪姫。スノーベルクのマリア」

 そう、だからこそこの美しい姫君を手に入れたいと思ったのだ。
 儚く、消えてしまいそうな美しさだからこそ、形にして留めておきたい。美しさが一瞬で消えてしまうことなど、あってはならない。美しければ美しいほど、ずっとずっと愛でていたいものなのだから。
 林檎の魔女はそっとマリアの頬に手を伸ばして……止まった。

「……私に、何の用かしら?」
「その娘に触るな」

 ゆっくりと姿勢を正し、林檎の魔女は振り返った。
 向けられるいくつもの剣先。標準を合わせられていた弓矢。
 その鋭利な刃先にぐるりと囲まれていても、林檎の魔女は余裕の姿勢を崩さなかった。
 一人の男が、前へ進み出てくる。

「悪しき魔女が、スノーベルクを飲み込んだと言う情報を手に入れた。それは貴様で間違いないな」
「酷い言いようね。悪しき魔女だなんて」
「事実であろう? そしてそこに倒れている者は、スノーベルクのマリア姫。貴様彼女に一体何をした?」

 鋭い詰問の言葉に、林檎の魔女は眉をひそめた。
 前に進み出たのは、まだ青臭さが残っている青年。身なりは他の者よりも格段によい。そして側にぴたりとついているのは彼の護衛だろう。
 その鎧につけられた紋章を見て、林檎の魔女は面倒臭そうに息をついた。

「……帝国ね」
「逆らわない方が、身のためだと思え」
「そして貴方は王太子かしら? その顔、城で見たことあるわね」
「分かりきっているのなら、身の程を弁えよ。例えそなたがスノーベルクの王妃だとしても、罪人は罪人。その身分は剥奪されたものと知れ」
「……坊やが偉そうに」

 まとめて消し去ってみせようか。そうするだけの力はある。
 この態度だけは偉そうな帝国の王太子も、自分を囲う兵士たちも、取るに足らない相手だと言うことを思い知らせてみせようか。
 ……いや。

「一ついいかしら?」
「……なんだ?」
「その情報、どこから聞いたの?」

 帝国の王太子は軽く後ろを振り返り、隊列の前で不遜な笑みを浮かべていた男を促す。
 少なからず彼が関わっている気がしていた林檎の魔女は、忌々しそうに眉をひそめた。

「話してやれ」
「それでは、殿下のお望みの通りにお話し致しましょう。何、至極簡潔なことですがね」

 どこか芝居がかった語り口調で、彼はゆっくりと近付いてくる。

「魔女は嘘がつけないと言うのは、殿下もご存知の通り。その魔女が私に姫が危ないと、かの国が危険だと進言してきたのですよ」

 そして、林檎の魔女へと視線を落とすと、にやりと、嘲笑うかのように口角をあげるのだ。

「貴女も良くご存知でしょう? 紫色の瞳をした、魔女の事を」
「……えぇ、よく、知っているわ」

 林檎の魔女は唇を噛み締めて、押し殺した声を喉から絞り出した。
 紫色の魔女に、してやられたのだ。魔女が適わない相手を引っ張り出して、この自分の目的を、叩き潰したのだ!
 あの忌々しい紫色の瞳をした、魔女にっ!

「賢明なる貴女なら、この後どうすべきか、それくらいは判断できるでしょう?」

 ニヤニヤと、どこかこの状況を楽しんでいるかのように笑みを浮かべるその男が忌々しくて、だが逆らえなくて。
 林檎の魔女はそっと倒れているマリアに視線をやり、そして……

「ここは、引くわ」

 己の赤い爪に口付けて、姿をくらました。

「なっ!? 全隊彼女を探せ!」
「無駄でしょう、殿下。なぜなら彼女は、魔女なのですから」
「ちっ」
「おや、舌打ちなど口の悪い」
「……お前は私の教育係か?」

 剣呑な視線を向けてきた王太子に向かって、彼はどこか仰々しく胸に手をあてて軽く頭を下げた。

「いいえ、殿下。私はただのロッドバルドですよ?」

 そのようなもののはずがありません。
 にやりと口元の笑みを残したまま、ロッドバルドは片手を差し出した。

「さぁ、姫君のご機嫌をお伺いに参りましょう」
「ああ、そうだな」

 異様な雰囲気を放つお菓子の家。その周りに見張りを立たせ、帝国の王太子はどこか恐る恐ると言うような足取りでその中へと突き進んだ。

「ジーク殿。殿下の側を決して離れるなと申しましたが、それでは近付きすぎでは?」
「そうか? だが、ロッドバルドは遠すぎる」
「私はこの家の中に入らない方が良いみたいでしてね、残念ながら外から様子をお伺いすることの他、何もできないようです」
「ただ入りたくないだけではないのか? この可笑しなお菓子の家に」
「おや、ジーク殿。そのようなことを仰っていると、距離が」
「あ、お待ちを殿下!」

 慌てて後を追ってくる付き人のことなど気にもせず、王太子は家の中を突き進んだ。
 あまり広くはない室内。王太子はすぐにマリアの姿を見つけ、息を呑んだ。

「……これは美しい」

 床に倒れ伏せた、儚げな容姿の姫君。
 床に波打つ、艶やかな黒檀のように黒い髪。血の気を失った雪のように白い肌。ほっそりとした小さな手は、胸元を握り締めている。
 決して華やかではないが、目が離せないような、そんな魅力を放つマリアの側に、王太子はそっと膝をついた。
 手袋を外し、そっと頬に触れる。

「まだ、暖かい」

 閉じられた長い睫毛の下には、どのような光を放つ瞳が見えるのだろうか?
 動かない肢体は、抱き上げればきっと羽のように軽いに違いない。
 それならば、この美しい姫君は、どれほど美しい笑みを浮かべるのだろうか?

 ……知りたい。

 この姫を、知りたい。言葉を交わしてみたい。見ているだけでは足りないのだ。もっともっと、彼女を身近に感じたい。
 頬を撫でる。さらりと髪を避けるだけでは物足りない。もっと、触れていたい。

「殿下、不用意に触れるのは……」
「ジーク殿、残念ながら陛下のお耳には届いていないようですよ」

 付きの者が何かを言っている。そうだ、ここには自分だけがいるわけではないのだ。
 自分だけがこの姫を独占できるわけではないのだ。

「ジーク、ロッドバルド」
「はっ!」
「下がってろ」
「しかし殿下」
「下がっていろと言ったんだ。聞こえなかったか?」

 他の誰にも、この美しい姫を見せたくない。
 自分だけが。自分だけが姫を独占できなければ。たとえ姫が動かないのだとしても、自分以外の誰かの視線にさらされてしまうのが酷く嫌だった。

「ご命令の通りに致しましょう。ジーク殿」
「だが、殿下一人になど!」
「コレだから嫌ですね、空気の読めない男は。もっとこう情緒豊かに、他人の感情をも汲み取れるようにならねば、立派な男として名を馳せるなど夢のまた夢。あぁ、情けないかなジーク坊や」
「ロッドバルド貴様! そこで待っていろ、今すぐその言葉を撤回させてみせる!」

 なにやらジークが小煩いが、それもいつものことだろう。放っておけばいい。この場から誰かがいなくなることが、この姫を独占できることが、なによりも大切なのだから。

「哀れな恋の奴隷と化した殿下へ、御節介ながらも、一つ助言をして差し上げましょう」
「ロッドバルド、私は下がれと言ったはずだが?」
「えぇ。最後に一つだけ。姫君を目覚めさせる方法を告げさせて頂いたら、喜んで下がりましょう」
「何?」

 ひと時も離したくないと、姫以外を見つめる事を拒否していた瞳が、ゆっくりと持ち上がった。
 窓の外で不遜な笑みを浮かべているロッドバルドは、視線を合わせるとそっと唇を動かした。

 口付けなさい、と。

「信じるも信じないも殿下次第。さぁ、あとはご存分にどうぞ。私はご命令の通りに下がりましょう」

 ジークが喚いている方向へと踵を返したロッドバルドの背を呆然と見送った王太子は、再び床に眠る姫に視線を戻した。
 本当に?
 本当にそんなことでこの姫は目覚めるのだろうか?
 その伏せられた瞳に自分の姿を映し、言葉を交わしてくれるのだろうか?
 彼女はどのような声で話すのだろう?
 知りたい。知りたくて、知りたくて仕方がない。

「口付け、か」

 意識のない貴婦人にそのようなことをしてもよいのだろうか?
 そう思いはすれど、その血のように赤い唇に吸い寄せられるように王太子はゆっくりと顔を寄せ、そっと、唇を重ねた。
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