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「Hazel amd Gray」
虹色の笛の音は

06 パレード

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 ヴァイオレットに渡された魔具を身に付け、寒い夜風のなか二人はパレードを待った。
 今日来るとは限らない。また、この場所に来るのかも分からないが、それでも何かがしたくて寒さに身を震わせながらも堪え忍ぶ。

「結局、ヴァイオレットは教えてくれなかったし、分からないのは分からないままなんだよね……」
「そうでもないぞ。相手が紫色の魔女よりも巨大な力を持つ相手だと分かった」
「そんなことが分かったとしても、グレイを取り戻すための役になんかたたないよ。それとも何? アンバーは悪魔とか本気で信じてるの?」

 白い息とともに失笑を漏らしたゼルに、アンバーは不快そうに鼻をならした。

「魔女と言う存在がいるのであれば、悪魔だっているのかもしれん。己の価値観の狭さで、戦略の幅を狭めたくはない」
「戦略って……たかが猫の分際で何言ってるの?」
「今は猫の姿をしているが、私は元はと言えばこのく」
「しっ」

 ゼルは素早くアンバーの口を塞いだ。塞いだ、と表現するよりは、掴み閉じさせたと言ったほうが正しいのかもしれない。
 そんなゼルの行為に抗議しようとしたアンバーだったが、ゼルが真面目な顔をして路地を見据えているのを見て、己もそれに習った。淡褐色と琥珀色が、暗影からじっとそれを待つ。

―…来る、か?

 どちらかがごくりと喉を鳴らしたようで、それだけのことがやけに大きく聞こえる。

「……パレードが、来たようだ」

 軽快な笛の音が、近付いてきているのが聞こえた。

 軽快な笛の音。笑い声、弾むような足音。
 幾重にも重なる音の嵐に惹かれるように、一人、また一人とその行進に加わっていく。
 手拍子を叩いて、陽気な掛け声を合わせて、息継ぎをしているのか定かではない男の奏でる笛の音に合わせて踊る。

「……グレイは?」

 そんな光景を見つめる、一対の淡褐色の瞳。苦しむでも怖がるでも、楽しそうにもしない彼は、ただ捜していた。
 パレードに加わっているであろう妹の姿を。

「グレイは、どこ?」

 ゼルの手首に括り付けられた紐飾りが、ぼんやりと輝いている。
 少年と言うには難しい年齢だからこそ、笛の音に嫌われるかのように目眩を起こしかけてしまうのだろう。その対策として、紫色の魔女はこの魔具を渡したのかもしれない。

「む……近づくと、さすがに耳鳴りがするな」

 わずらわしそうに耳の後ろをかくアンバーを見ることもせず、ゼルはパレードを見続けている。

「アンバー」
「なんだ?」
「グレイがいない」

 ぽつりと呟くように放たれた声に、感情は一切こめられていなかった。

「グレイが、あのパレードの中にはいないんだ」
「私には判断がつかない。人数が多すぎる」
「でもパレードの中に、グレイの姿が見えない」
「……ゼル、頭はまともか?」
「まともに見える?」

 アンバーはゼルを見上げた。暗がりに隠れながらも分かるほどに、ゼルの顔は血の気を失っていた。

「全くと言ってもいいほどに見えんな」

 おそらくは、頭の中で酷く狼狽しているのだろう。
 これがもし自分と王太子殿下だったらと考えても、きっと冷静に努めようとして、ゼルと同じようになっていたのかもしれない。
 アンバーは一人心の中で頷いて、それならばと再びパレードの方へと目を向けた。
 猫の姿では視線が低い。見えるのは手前の子どもたちと、たくさんの足。誰が誰だかはさっぱり見分けが付けられないが、それでも人間の目よりは夜目が利く。

「人の波の中にいるのではないか? もう少し近づいてみるとしよう」
「……それでグレイが見つかることを祈ってるよ」
「ちなみに、発見したら」
「迷わず連れて帰るに決まってるじゃんか」
「うむ、その言葉は予測済みだ」

 そうして二人は……いや、一人と一匹はそろりと暗がりから薄明かりが照らし出す通りへと出た。
 その瞬間だった。

「!」

 ぴたりと、笛の音が止まる。音色だけではない、パレードも。
 ぴたりと動きを止めてしまった。

「色々な気配を漂わせている……君たちは何者かね?」

 子どもたちの二倍ほどの高さの男が、笛から唇を離してそう言った。
 低い声。ただ低いだけではない。艶やかで、よく伸びる声だった。
 決して聞き苦しいわけではない。だが、一音一音を発するたびに、背筋に寒気が走る。
 誰だこの男は。何なんだ、何者なんだ?
 ……いや、そんなこと愚問じゃないか。

「あんたが、子どもたちを連れ去ってる犯人?」

 奇妙な笛を吹いて、パレードの先頭を突き進んでいた男。
 この男が子どもたちを、いや、グレイを連れ去った犯人?

「犯人などと、大変無礼なことを仰る。私が先に質問をしたのだが、その質問には答えられないと?」

 一歩、歩み寄られる。
 思わず後退しかけた足を踏みとどめて、睨み上げた。仮面舞踏会に付けていくような仮面を被った、男の顔を。

「紫色の気配と林檎の気配を漂わせる人間と……元、人間」
「お前は何者だ?」

 アンバーが喉で低くうなりながら鋭く誰何した。

「やれやれ、質問が多いことだ。問うたからと言って、答えが得られるわけでもないと言うのに」

 ひょいと肩をすくめると、クスクスと小さな笑い声がさざ波のように広がった。後ろに続いていた子どもたちが、口元を手で覆いながら肩を揺らして笑っている。

「非常に残念だ。アウトキリア国第二王子アンバー閣下」
「!?」

 己の正体を言い当てられて、アンバーは息を呑んだ。
 すっと、男が仮面を外して深々と礼をした。
 にやりと弧を描いた口元。何を考えているのだろうか、この男は。

「貴様、いや、お前は」
「なんとつれない方なのだろうか。城にいたときは、あんなにも気に掛けてくださったと言うのに」

 あぁ、そうだ。知っている。
 知っていたさ、彼のことは。
 何度も何度も、その口の上手さと度胸を褒め称えて、琥珀騎馬隊へと勧誘した相手ではないか。
 その世渡り術も、立ち向かう力も、堂々としたそのいでたちも、そのどれもが城内で誰よりも特出していた相手ではないか。
 この城で、彼に敬意を払わない者は、それこそ陛下と殿下くらいなのではないかと、そう思えるくらいの相手だったのに。
 どうして自分は今の今まで気付けなかったのだろう。

「カラバ公爵……!」

 顔をあげた男……カラバ公爵は、さも愉快だとでも言うかのように、笑みを深めた。

「その名前には語弊があるのだが、よろしい。お久ぶりです、隊長閣下」
「何? アンバーの知り合い?」

 猫の姿しか知らないゼルには、さっぱり分からなかった。それが少々不快だった。
 知り合いなら、何故このように子どもたちを引き連れ、連れ去ろうとしているのか。グレイでさえも、連れ去ってしまおうとしているのか。

「別に何でもいいけど。ねぇ、カラバ公爵だっけ? グレイを返してよ」
「それは難しい相談だ。我がパレードに加わった参加者は、既に我が新しい国の住人となったのだから」
「はぁ? 何だよそれ……!」

 いきり立つゼルを軽く流し、カラバはゆっくりとアンバーを見下ろした。同じように、後ろに続いていた子どもたちも見下ろす。
 幾つもの瞳が向けられて、アンバーは思わず後ずさりそうになった足を踏ん張らせた。

「私はあの時、貴方を止めたのに、貴方はそれでも行くと仰った。それがこの結果。どうぞ、お受けとめ下さいませ」
「……私が帝国に立ち向かったことが原因だとでも、そう言いたいのか?」
「違うのですか? では、貴方は何故この子たちが行き場をなくしているのでしょうか? 他に何か明確な理由でも?」

 この子たち、と後ろに続いている彼らが見えるように半身を引く。
 薄汚れて生地が伸びきった服を着ている子。普通の寝巻きを着ているもその手足があかぎれで痛ましい事になっている子。煤けて、やせこけてしまっている子。
 健康に守られて育つべき子どもらが、このような姿になっているのは、戦争を迎え撃ったせいだとでも言うのだろうか。

「……意味わかんない。そんなのただの、責任のなすりつけじゃないか」

 瞳を揺らしたアンバーの隣で、ゼルはぽつりと呟いた。

「言葉通りのことだと言うのに、理解出来ないとは不思議なことだ。二人の魔女に魅入られているならば、少しは聡い人間かと思ったのだが……非常に残念だ」
「あんたの言ってることが突拍子もなさすぎるんだよ」
「そんなはずはないだろう。きみの理解を越えたとしても、これは現実に起こっていること」
「あんたが引き起こしてるんじゃないか。公爵って言う爵位があるなら、止めるよう王様に言うことだってできたはずだろっ!? 自分が止められなかったからって、今こうして子どもたちを……グレイを攫っていいなんて理由にはならない!」

 睨み上げながらの言葉に、男は少しの間沈黙をした。
 それから不意に肩を小刻みに揺らし、次第に体を仰け反らせながら笑いだした。始めは耐えるように喉で低く笑っていたが、それも耐えきれなくなったのか、声に出して笑い声をあげている。

「なっ、何が可笑しいんだよ!? だってそうじゃないか! グレイを返せよ!」

 そう噛み付くように主張するも、男は苦しそうに笑い続けるばかり。それもやがて笑いの発作がおさまり始めると、カラバはゆっくりと笛を構えた。

「パレード参加者の諸君! パレードの歌は覚えているだろうか?」

 そしてピッコロに息を吹き込み、テンポのよい行進曲を奏で始める。そのメロディに合わせて、子どもたちが口ずさむ。

「さぁさ元気に勇ましく」
「よい子もわるい子も泣き虫も」
「みんな集まれ パレードに」

 子ども特有の高い声。無邪気な抑揚。
 誰一人としてズレることなく唱和される。歌っていると表現するよりは、唱えているとした方が的確なのだろう。

「進めや進め パレードと」

 男がピッコロから唇を放して朗々と言葉を紡ぐ。
 そして子どもたちは、顔いっぱいに口端を引き上げて……

「いちにのさんで突撃だ!」

 わっと、ゼルに向かって駆け出した。

「う、うわああああああああぁっ!!」

 伸ばされる手に、思わず怯んだ。
 迫りくる足音。甲高い笑い声。伸ばされた腕。そして笛の音色。
 鼓膜を突き破り、頭の中でくるくると回るそれらは反響し、音が大きくなる。
 ぎょっとしたゼルは、己の身を守るためにぎゅっと瞳を閉じ腕を前に交差した。

「あああああ……ぁ、あ……あ?」

 だが、いつになっても覚悟した衝撃はこない。
 しいて言うならば、傍を一陣の風が駆け抜けたのを感じたくらいだ。

「あれ?」

 不思議に思って恐る恐る目蓋を押し上げる。
 飛び込んできたのは何一つ変わらない光景。静かな夜の帳が下りた、四番街だ。彼と彼らがいないこと以外は、何も変わらない。

「消えた……?」

 パレードは、跡形もなく消えうせていた。
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