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「Hazel amd Gray」
親愛なる蒼姫へ

08 夢と現実

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『こんなこと、本当は王族たる私には許されないことなのに』

 いつだったか、ジークが戦場に行っている間、シャーロックが漏らしたことがあった。
 彼にしては珍しく、戸惑った様子で、ひどく落ち込んでいた。あたしはそんな顔をさせたくなくて、覚えたての人間の言葉で、どうやったら励ませるか考えていた。

『一人の願いを叶えるために、大勢の者を不幸にすることなど・……!』
『シャーロック』
『蒼の姫、貴方は決して私のようになってはならない。権力を持つモノほど、その使い道を誤ってはいけない。いけないはずなのに……』

 私は、誤ってしまった。
 震える手で顔を覆ってしまったシャーロックは、見ていていたたまれなくなるくらいに憔悴していた。
 まるで、陸にあげられて、呼吸ができない魚のように、肩で、弱弱しく息をしている。それだけで精一杯とでも言うかのように。

『それなのに、これほどまでに後悔しているのに、私はあの方の笑顔を得るためには、それさえも、そんな犠牲ですらいとわないと感じているんだ』

 じっと、震えている両の手を見つめている。
 ねぇ、シャーロック。どうしたら、あたしはあなたにそんな顔をさせなくても済むようになる?

『愚かだとののしってくれ。王太子失格だと、糾弾してくれても構わない。そうされても仕方がないことを、私はしてしまったのだ』

 どうすれば、そんなに自分を責めるような言葉を言わせないで済むの?

『償いをしても、しきれないだろう。保証をしても、それだけで許されないのだろう。私は、私は一体どうしてしまったのだろうか』

 どうしたら、あの白いお姫様のことを考えさせないで済む?

『蒼の姫、教えてほしい。貴方のその瞳に映っているのは、本当に私だろうか?』
『え?』
『これは、帝国の王太子なのだろうか?』

 あたしは……。あたしはなんて答えればいいのか分からなくて。
 分からないけど、シャーロックが答えを望んでいる。
 ずっと握りしめていた何かが、汗で滑り落ちてしまいそうになる。
 あたしは、あのお姫様のことで心を痛めるシャーロックの姿なんか見たくない。だけど、シャーロックは……!

「一つ綻んでしまったら、次々思い出してしまう。これは記憶の連鎖故に仕方がないことなのかもしれませんが……。非常に、よくない状態ですね」

 動こうとした体を拘束されて、これ以上彼の姿を見なくても済むようにと瞼を覆われて。後ろから誰かに囁かれた。
 誰か、じゃない。この声の主は知っている。

「ロッドバルト……」
「えぇ、その通りですよ蒼の姫」

 引き寄せられるように彼の腕に拘束されて、身動きが取れない。それと同時に、シャーロックの気配も遠くなる。

「どうして? どうして、ロッドバルトがここにいるの?」
「これは夢です。儚く散ってしまう、おぼろげな夢の欠片。そこに、不躾ながらも私がお邪魔しているだけですよ」
「そうなのね。でも、お願いだからこの腕を放してちょうだい。あたしはシャーロックに答えてあげないと」
「それはいけません」

 ぎゅっと、抱き寄せられる。痛いくらいに、腕に込められる力。
 ねぇ、お願いよロッドバルト。放して。あたしはシャーロックのそばにいかないと。

 イッテアゲナイト。

「これは夢。夢だからこそ、消え去ってしまう。貴女ももうご存知でしょう?彼はもういないのですよ、どこにも。貴女の目に映ることもない」
「嘘よ。だって、シャーロックは確かに目の前にいたもの。あたしの目の前に!」
「夢と現実が混同しているだけ。それはあいまいな境界線しかないため、仕方がないと言えばそこまでではありますが」

 もがくあたしに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。一つ一つの言葉を、ゆっくりと耳にしみこませていくように。

「貴女はもう現実に居場所をお持ちでしょう? どうして、幻を追いかける必要があるのです?」

 ……えぇ、そうね。あたしはあの子たちを笑顔にしたいの。あの子たちと一緒にいるんだもの。
 今は、そう。そこがあたしの居場所。
 あたしが居たいと思った場所はないの。何度も何度も、現実を突き付けられたじゃない。それが、どんなに苦しくとも、どんなに残酷だとしても。

「……ロッドバルト」

 それでも、それでもね。

「海が、見たいの」
「蒼の姫」
「あなたが現実を見させるとしたら、あたしの故郷に想いを馳せるくらいの夢くらいは見させて」

 お願いよ、と懇願してみると、一層強く抱きしめられた気がした。気がしただけ。
 すぐに放されたから、それが本当だったのかは分からない。分からないけれど、ロッドバルトは深く、深く息をついた。

「還ってしまわないと、海へ消えてしまわないと、私とお約束できますか?」
「えぇ、だってあなたも言ったじゃない。あたしの帰る場所は現実にあるのでしょう?」

 見上げる。戸惑ったように揺れた瞳に笑いかけると、ロッドバルトは静かに目を伏せた。

「分かりました、お連れいたしましょう」

 視界が白く塗りつぶされる。
 やがて、懐かしい潮の香りがした。
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